上 下
18 / 26

婚約者が語る真実③

しおりを挟む
 さて、ルシータが今日何度目かわからない他の事で心を揺れ動かしていても、見た目の状況はなんら変わらない。

 レオナードは射貫くようにアスティリアを見つめている。答えなければ、お前の家、即刻潰すぞと、眼力で訴えている。それは脅しではなく本気で。

 だからここはどう考えても、アスティリアは土下座の一つでもして、謝罪をするべきだった。

 ルシータに過去の非礼を詫び、今の失言もすぐに撤回して「二度とこのようなことは、しません。言いません。企てません」と誓わなければならなかった。

 けれどアスティリアは、自分の非を潔く認め、素直に謝る事ができない人種だった。特に自分より身分が低い人間に対して頭を下げるくらいなら、いっそ────

 そう。いっそ、全てを滅茶苦茶にしてしまおうと思うハチャメチャな性格で、筋金入りの癇癪持ちだった。

「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ」

 いや、うるさいのはお前だ。
 そんなツッコミを思わず躊躇ってしまう程、アスティリアは全身全霊で、そう叫んだ。

 もうアスティリアは、自分でも訳が分からない状態だった。

 とにかく思い通りにいかなくて悔しかった。
 どうしてこんなことになってしまったのだと、悲劇のヒロイン思考で己を憐れんだ。
 他人の目に映る自分を想像したら、耐えられなかった。そうした相手に押さえきれない憎しみを覚えた。

 許せなかった。目の前にいる、男爵令嬢ルシータが。

 そしてこう思った。
 婚約者に大切に護られているけれど、それは所詮、今だけの事。醜い姿になったら、愛想をつかされるだろうと。
 
 アスティリアにとって、美しさが全てだった。
 ちょっと頭が悪くて単位が厳しくても、媚を売れば誰かが何とかしてくれた。
 ちょっと嘘を言っても、綺麗に涙を流せば皆がアホのように信じてくれた。
 ちょっと性格が悪くても、綺麗に着飾って夜会に出れば、沢山の男性に声を掛けてもらえた。
 
 だから、醜い姿になったら、侯爵家の美しい当主は、婚約者をゴミのように捨てるだろう。

 アスティリアは、そう思った。なんの迷いもなく。

「私は悪くないわっ。全部、ルシータが悪いのよっ。私のせいにしないでよねっ」
「まだ、そんなことを言うのか───……本気で、僕を怒らせたいのか?アスティリア嬢」

 半ば呆れた口調から、冷徹な声音になったレオナードの警告を聞いても、アスティリアは余計に憎悪を募らせるだけだった。

 そして、こんなことになったのは、全てルシータが仕組んだ罠だったのかと都合よく解釈した。

 レオナードがまだ何か言おうと口を開こうとするのが、アスティリアの視界に入る。

「だから、うるさいってばっ」
 
 アスティリアは髪を振り乱しながら、地団駄を踏んだ。

 どうでも良いことかもしれないが腕を組んでいたはずのロザンリオは、他人といえる距離まで移動していた。まるで寄せては返す波のように、ごく自然に。

 これもまた、アスティリアにとって気に入らないことだった。
 メデューサもドン引きするほどの勢いで、ばさんばさんと、駄々っ子のように首を左右に振る。

 そしてたまたま視界に入った。
 手を伸ばせば届く距離に、男爵令嬢の顔を醜いものに変えることができる、とあるものを。

「あんたなんか、こうしてやるっ」

 アスティリアはそう叫びながら、テーブルの上にあるものを掴んだ。

 ルシータは、アスティリアが何をするのは半拍遅れて気付いた。

 それは僅かな差ではあったが、目の前で起こる出来事が、これが途方もない判断ミスでもあったことをルシータに伝えた。

 アスティリアがルシータに向けて、ポットの中身をぶちまけたのだ。
 もちろんルシータは、それがレオナードがメイドに用意させたものだということは知っている。

 熱湯、浴びたら、すぐ火傷、とノリ良く瞬時に判断したと同時に、無意識にアロエを探した。でも強く腕を引っ張られた。抗うことができぬまま、再び気障な香りに包まれた。
 
 この全てがわずか数秒の出来事だった。

 耳をつんざく程の悲鳴が、庭園に響き渡った。
 同時にガシャ、ガシャ、ガシャーンと耳障りな金属音と陶器やガラスの割れる音が聞こえた。

 でもルシータは、熱くはなかった。痛みも無かった。濡れた感触さえなかった。
 あるのは、確かな温もりだけで。

 ルシータはゼンマイが止まりかけたおもちゃのように、ぎこちなく顔を上げる。

 そうすれば当然のように、紺碧色の瞳が出迎えてくれた。

「ルシータ、大丈夫?」
「……っ」
 
 ルシータは何も答えることができなかった。

 レオナードはルシータの後ろにいたはずなのに。
 なのに熱湯を被ったのは、ルシータではなく、レオナードだったから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子とその婚約者が相思相愛ならこうなる。~聖女には帰っていただきたい~

かのん
恋愛
 貴重な光の魔力を身に宿した公爵家令嬢エミリアは、王太子の婚約者となる。  幸せになると思われていた時、異世界から来た聖女少女レナによってエミリアは邪悪な存在と牢へと入れられてしまう。  これは、王太子と婚約者が相思相愛ならば、こうなるであろう物語。  7月18日のみ18時公開。7月19日から毎朝7時更新していきます。完結済ですので、安心してお読みください。長々とならないお話しとなっております。感想などお返事が中々できませんが、頂いた感想は全て読ませてもらっています。励みになります。いつも読んで下さる皆様ありがとうございます。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...