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真打登場②

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【下宿人に期待を持たせるなんて】

 それは、ルシータの家がレオナードが出資している研究所内にあるから、わざとそういう言い方をしたのだろう。

 これは正直、当たらずといえども遠からず。

 ぶっちゃけ、学生時代からあからさまに、また、ルシータが居ないところでも、そういう類の陰口を叩いていたのは知っている。壁越しや廊下の角で何度も耳にしてきた言葉だ。
 だから、今更この言葉に傷付くことはない。

 でも、後半の「期待を持たせるなんて」という言葉。こっちのほうが、ガツンときた。

 なぜなら、レオナードがその言葉を否定をしなかったから。

 今ルシータは、自分の肩を抱いているレオナードの顔を振り返って見る勇気はない。でも、見なくったってわかる。
 アスティリアが、とても可哀想といった感じでルシータを見つめているから。作り笑いから一変して、心から同情する表情を作る彼女は級友を案じるそれ。

 ───ああ、そうだ。この女はいつもそうだった。とにかく演技が上手かった。
 
 ルシータは、学生時代にアスティリアがハンカチを片手に、ポロポロ涙を流すのを何度も目にしている。
 そしてその涙は全てルシータが原因だと、周りにいる人達に聞こえるように、絶妙な声量で嘘八百を並べ立てていた。

 でも泣いているくせに鼻水も出なかったし、ひっくひっくとしゃっくりすら上げていなかった。

 鼻水と涙は対なるもの。都合よく涙だけ出すことなんてできやしない。あれは絶対に嘘泣きだった。

 アスティリアの演技がもう少し下手だったら、もう少しマシな学生生活を送ることができていたはずなのに。

 そんな気持ちで、気付けばルシータはアスティリアを睨みつけていた。

「あの……ごめんなさい、ルシータ。どうか怒らないで」

 アスティリアは怯えきった表情になり、婚約者であるロザンリオの腕をぎゅっと掴んだ。

 まるでルシータがアスティリアに過去たくさんの嫌がらせ行為をして、また同じことをされるのかと怖がっているかのように。

 これもまたアスティリアがよく使う手法だった。腹が立つことに、さらに磨きがかかっている。

 そしてギャラリー達は、どんどんアスティリアの演技に飲み込まれていく。

 「……ああ、卒業してもあのルシータは何も変わっていないのね」
 「レオナード様が……お可哀想」
 「アスティリアさんは真実を言っただけなのに……」

 遠巻きにルシータ達を見つめている同級生たちは、口々にそんなことを囁き合っている。

 それは、アスティリアにとってスポットライトを浴びるようなもの。怯えた表情を浮かべてはいるけれど、ランランと目が輝いている。

 そしてこんなことまで言い始めてしまった。

「……あのね昔……といっても私達が入学して半年くらいたってからの事なんだけど、学園のモミの木に、レオナードさまとルーシェが一緒に居るのを見ちゃったの……だから、てっきり……私……」
「リア、そういうことは」
「そうね。でも……知らないままでいるほうが辛いかなって思って……」
「ああ、そういうことか。リアは優しいな」

 馬鹿馬鹿しい茶番を繰り広げる目の前のカップルに向けて、ルシータは今、自分がどんな表情を浮かべているのかわからなかった。

 それほどまでに、アスティリアが語ったことに衝撃を受けていたのだ。

 学園内の端っこ植えられていた2本のもみの木は、恋人たちの聖地と呼ばれていた。
 
 その樹はとても珍しく、2本の枝が癒着結合しているもの。
 寄り添い合う木を恋人に見立てて、学園内では、もみの木の周辺は恋人同士でしか立ち入ることができないという暗黙の了解があった。

 学生時代、友人を作ることもなく、ただ勉学に励んでいたルシータだって、それくらいのことは知っている。
 だからレオナードだって、もちろん知っているはずだ。

 そして、そこにレオナードはルシータの知らない女性と一緒にいた。

 この事実をルシータは、さらりと流すこともできないし、レオナードに直接問う勇気もない。

 ルシータの心はずたぼろだった。
 見えない刃に力任せに切りつけられ、抉られ、ねじ込まれたような言葉にできない痛みが走る。

 悔しかった。惨めだった。恥ずかしくて、悲しくて、無様だった。

 でも、これまで、こんなふうに大勢の前で侮辱を受けたことが無かったわけじゃない。
 なのにルシータは、今まで感じたことが無いほどの羞恥を覚えていた。

 それは、レオナードがここにいるからだ。
 噂ではなく、あからさまに目の前で馬鹿にされたことが、そして彼が擁護してくれるどころか、アスティリアの言葉を何一つ否定してくれなかったからだ。

 ルシータは、目を閉じて、きつく唇を噛み締めた。

 口の中で鉄錆の味が広がる。でもその味も痛みもルシータの気を紛らわすものにもならない。とんだ役立たずだ。

 ───本当はレオナードの婚約者になれて、嬉しかったのにな。

 懐かしさすら感じる、身勝手な視線を受けながら、ルシータは心の中でぽつりと呟いた。
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