上 下
133 / 142
二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?

7

しおりを挟む
 カレンが黙れば、アルビスが完全にこの場を支配した。

 カツン、カツン、とわざと靴音を響かせて、アルビスはウッヴァに近づいていく。

 椅子に座ったまま、礼を執ることを忘れて委縮していたウッヴァは、転げ落ちるように床に膝をつき、両手を祈りの形に組む。

 まるで、神に祈りを捧げているみたいだ。

「ウッヴァよ、私が何も知らなかったとでも思っているのか?」

 問われたところで、ウッヴァには発言権はない。

 彼に許されているのは、床にひれ伏すことだけだ。

 アルビスは、カレンが座っていた椅子の背をカツンと爪で鳴らした。場の空気が更に凍りつく。

 真夏のはずなのに、ここだけは真冬のようだ。怖くて、寒い。

「随分と好き勝手な真似をしてくれたな」

 感情のない静かな声は氷の刃のようで、それが容赦なくウッヴァを刺していく。

 相手の言い分も聞かずに、アルビスは一方的に責めている。それなのにカレンは、弱い者いじめだと罵ることができない。

 アルビスとウッヴァは対等ではない。なぜならアルビスは皇帝だから。

 民主主義の世界で育ったカレンは、絶対君主制がどんなものなのか、いまいちピンときてなかった。

 しかし今繰り広げられている光景は、絶対君主制の縮図だ。

 皇帝は、何があっても絶対的な存在なのだ。
 
 そんな相手に普段から噛みつくカレンは、自分でも理解できない感情が溢れてくる。

 あれだけ失礼な態度を取っているのに、アルビスはずっと黙って受け入れている。

 それは人一人の人生を滅茶苦茶にした贖罪だから?自分の存在って、そこまで大きいの?皇帝という立場を凌駕できるほど?

 カレンの頭には、そんな疑問がぐるぐると回る。リュリュに口を塞がれた状態で、必死に答えを探す。

「うぬぼれるな、ウッヴァ。たかだが神殿の守り人風情が、皇室に影響を与えることができると思ったのか?」

 アルビスが再び椅子の背を爪で弾いた音で、カレンは現実に戻る。

(止めなくっちゃ)

 これ以上、傍観していたら取り返しのつかないことになる。そんな嫌な予感がして、カレンは必死にもがくが、リュリュは拘束を緩めない。
 
 そうしているうちに、カレンの予感が現実となってしまった。

「これまでの傍若無人な振る舞いについて、それ相応の処分を受ける覚悟はできているのだな」

 それ相応の覚悟──この言葉が、死に直結することに、カレンは気づいている。

 この世界では、死は元の世界より身近にある。皇帝陛下の匙加減で、人の命は簡単に消えていく。

 かつて自分を暗殺しようと企んだシャオエだって、もうこの世にはいない。

(待って。やめて!)

 シャオエが処刑されたと聞いた時、身も心もボロボロで「あ、そう」と聞き流すのが精一杯だった。

 ……違う。聞き流したフリをした。考えるのが恐ろしかったから。

 シャオエのことを好きだったわけじゃない。それなりに腹を立てていたし、恨んだりもした。でも極刑までは、望んではいなかった。

 取り返しのつかない過去を嘆くなら、ちゃんと声に出して訴えなければならなかった。アオイだけを救うのではなく、シャオエにも自分が納得できる量刑を求めるべきだった。

 今ならわかる。あの時の自分の判断は間違っていた。

 よその世界のことだからと、目を閉じ、耳を塞ぎ、背を背けたけれど、小さな後悔は消すことができず、日に日に大きくなっていった。
 
 この世界と、関わり合いを持ちたくないと思ったのは事実だが、知らない人達が、勝手に自分の像を作り上げていくことが堪らなく不快であることも事実。

 それに、もう二度と、あんな思いはしたくない。ウッヴァは嫌な奴だったけれど、殺されるほど悪行をしたわけじゃない。

「もはや量刑を伝える必要はない。祈りの時間も、お前には不要だ」

 ウッヴァに言い捨てたアルビスは、腰に差してあった剣に手をかける。シャッと金属がこすれ合う音がして、鞘から剣が抜かれた。

 僅かに差し込む夕日に反射して、剣は燃えているようにも、既に血を浴びているようにも見える。

(止めないと!なんとしても、止めなくっちゃ!!)

 焦ったカレンは、辺りを見渡し──視界に入ったそれを、思いっきり足で蹴とばした。

 ──ガタ……ガタンッ!! 

 派手な音を立てて、カレンが座っていた重厚な椅子が倒れたが、それは床ではなくカレンの足の上だった。

(痛い!ホント痛い、コレ!!)

 思わぬ誤算に、カレンは涙目になる。

 しかしこのおかげで、凍てついていた空気が消えた。アルビスは剣を放り出してカレンの元に駆け寄り、リュリュも口を塞いでいた手を離した。

「……カレン様、マジで何やってんの」

 青ざめならが呆れ顔になるアオイは、軽々と倒れたイスを元に戻した。

 短く礼を言ったカレンは立ち上がり、ひょっこひょっこと足を引きずりながら、ウッヴァの元へと近づく。

「カレン、止まるんだ」

 引き留めようとするアルビスの声音は、命令というより懇願に近い。

 それを無視してウッヴァを背に庇ったカレンは、アルビスと向き合った。
しおりを挟む
感想 529

あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

処理中です...