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二部 佳蓮からカレンになりましたけれど......何か?
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祈り終えたカレンは立ち上り、扉のそば待機している侍女に声を掛けた。
「リュリュさん、お待たせしてごめんなさい」
「とんでもありません」
にこりと笑って、リュリュは丁寧に頭を下げた。
リュリュは、カレンがこの世界に召喚された時からずっと侍女を勤めている。
こげ茶色の髪と栗色の瞳を持つ優しい雰囲気の彼女は、カレンより4つ年上。カレンにとって唯一心を許せるお姉さん的な存在でもある。
そしてとても頼りがいがある。か弱そうに見えて、リュリュは片手で大理石の床を持ち上げられる力持ち。何かあれば、すぐさまスカートに仕込んだ剣を取り出す勇ましさもある。
感情が昂ると言葉遣いが荒くなることがたまにあるけれど、カレンはそんなところも好感を持っている。
「じゃあ、行こっか」
スカートの皺をパンパンと叩いたカレンは、リュリュの傍まで歩を進める。
「はい、かしこまりました。帰りに図書室に寄られますか?」
「うん。そうする」
タイミング良く神殿の外に繋がる扉を開けてくれたリュリュに、カレンは小さく頷いた。
神殿を出たカレンとリュリュは、至る所に花が飾られている内廷の廊下を並んで歩く。ロダ・ポロチェ城は広大だから、沢山のメイドや官職とすれ違う。
どんなにみすぼらしい恰好をしていても、カレンは聖皇后だ。
帝国唯一の花とすれ違う人間は、どんな役職を持っていても当然のように、カレンに道を譲り、恭しい礼を執る。
聖皇后となって2ケ月。ただの女子高生だと思っているカレンは、そうされる度にむずがゆさと居心地悪さを感じてしまう。
(誰にも会いませんように)
ささやかな願いを心の中で呟いて角を曲がれば、一人のメイドと鉢合わせしてしまった。
年齢はカレンと同じくらいか、少し下か。三つ編みが跳ねる程の勢いでメイドから頭を下げられ、カレンは、きゅっと下唇を噛んだ。そうしないと、うっかり会釈をしてしまいそうになる。
アルビスに向かう気持ちは、もうずっと前から決まっている。変わることは一生無い。
でもそれ以外の──名前すら知らない人達に対して、どういう態度でいるのがいいのかカレンはわからない。
(今は深く考えたくないな)
考え、答えを出してしまえば、聖皇后という立場を受け入れてしまうような気がして、カレンはさりげなく歩く速度を早める。苦しい態勢でいるメイドが、少しでも早く楽な姿勢に戻れるように。
早足でメイドの横を通り過ぎながら、カレンは横目でちらりと窺う。自分と年の変わらない少女は、可哀想なくらい委縮している。
この少女と自分の違いは何だろうと、カレンはふと思う。
友達がいて、家族がいて、大人から見たら呆れられるようなことでムキになって怒ったり、喜んだりして、きっと自分と何も変わらないはずだ。
違うことといえば、生まれた世界だけ。そのたった一つの違いが、頭を下げられる者と、下げる者に分けられている。
(……理不尽だなぁ)
どちらに対してなのか、両方に対してのものなのかわからないまま、次の角を曲がった途端、カレンは露骨に顔を顰めた。
一難去ってまた一難。またこちら側に歩いてくる人がいたのだ。
しかも今度は見知った顔。官職であるその人は、一際目立つ服装をさらりと着こなすほどの美男子で、栗色に近い金色の髪は、この役職しか被ることができない背に翼が生えた獅子の刺繍がしてある帽子にしまわれている。
どこかへ向かう途中なのだろうか。小脇に書類を抱えて忙しない足取りで歩を進める度に、丈の長い上着がバサバサと揺れている。
ただカレンに気付いたその男は、ピタリと足を止めた廊下の端に身を寄せた。けれど礼を執ることはしない。
「おはようございます、カレンさま」
朝日と同じような爽やかな笑顔でカレンに挨拶をしたのは、メルギオス帝国の宰相セリオスだ。
セリオスはアルビスの義弟であり、メルギオス帝国で2番目の皇位継承者だ。けれどもほんの数か月前までは、エセ聖職者だった。
最近ようやっと改心して、アルビスの片腕として政務の補佐するようになった。その手腕は、これまで適当に過ごしていたのが嘘のようだという話である……が、カレンは彼を無視して歩く。
まるで視界に何も映っていないと思わせるほど、その無視っぷりは滑らかで違和感がなかった。
2歩後ろを歩くリュリュも、カレンに倣う。リュリュの目つきは薄汚いものを見るそれ。2人にとって、セリオスはそういう存在だ。
カレンは、セリオスを無視できる真っ当な理由がある。
ここへ召喚された当初、カレンはこの内廷の離宮に監禁されていた。
しかしカレンはリュリュの協力を得て、離宮から逃げ出す機会を得た。けれどセリオスのせいで、逃亡は失敗に終わった。
そのあと、カレンがこの世界に留まらなければならない決定的な事件が起こってしまった。
「良い天気ですね。庭のマヤワールの木をご覧になりましたか?今が見頃ですよ」
「……」
「午後になればもっと暖かくなりますから、あそこでお茶を飲んだらいかがですか?」
「……」
「なんなら、わたくしがお付き合い致しますよ。帝都で人気の菓子もご用意しましょう」
「……」
で?だから?という反応すら見せず、カレンは黙々と歩く。マヤワールとルノワールはちょっと響きが似ているなと思ったけれど、どちらも興味はない。
カレンにとって、横でぐちゃぐちゃと喋り続けるこの男は、ただの雑音でしかない。元の世界では、無視はイジメと教えられたけれど、ここは異世界。関係ない。割り切ろう。
そう思って無視スキルを全開にして歩いていたカレンだが、違和感を覚えた。
今日のセリオスはちょっと様子がおかしい。いつもなら、この辺りで引き下がるのだが、ニヤニヤと生温い笑みを浮かべながらコバンザメのようにくっついてくる。
そして、カレンがつい足を止めてしまうようなことを口にした。
「リュリュさん、お待たせしてごめんなさい」
「とんでもありません」
にこりと笑って、リュリュは丁寧に頭を下げた。
リュリュは、カレンがこの世界に召喚された時からずっと侍女を勤めている。
こげ茶色の髪と栗色の瞳を持つ優しい雰囲気の彼女は、カレンより4つ年上。カレンにとって唯一心を許せるお姉さん的な存在でもある。
そしてとても頼りがいがある。か弱そうに見えて、リュリュは片手で大理石の床を持ち上げられる力持ち。何かあれば、すぐさまスカートに仕込んだ剣を取り出す勇ましさもある。
感情が昂ると言葉遣いが荒くなることがたまにあるけれど、カレンはそんなところも好感を持っている。
「じゃあ、行こっか」
スカートの皺をパンパンと叩いたカレンは、リュリュの傍まで歩を進める。
「はい、かしこまりました。帰りに図書室に寄られますか?」
「うん。そうする」
タイミング良く神殿の外に繋がる扉を開けてくれたリュリュに、カレンは小さく頷いた。
神殿を出たカレンとリュリュは、至る所に花が飾られている内廷の廊下を並んで歩く。ロダ・ポロチェ城は広大だから、沢山のメイドや官職とすれ違う。
どんなにみすぼらしい恰好をしていても、カレンは聖皇后だ。
帝国唯一の花とすれ違う人間は、どんな役職を持っていても当然のように、カレンに道を譲り、恭しい礼を執る。
聖皇后となって2ケ月。ただの女子高生だと思っているカレンは、そうされる度にむずがゆさと居心地悪さを感じてしまう。
(誰にも会いませんように)
ささやかな願いを心の中で呟いて角を曲がれば、一人のメイドと鉢合わせしてしまった。
年齢はカレンと同じくらいか、少し下か。三つ編みが跳ねる程の勢いでメイドから頭を下げられ、カレンは、きゅっと下唇を噛んだ。そうしないと、うっかり会釈をしてしまいそうになる。
アルビスに向かう気持ちは、もうずっと前から決まっている。変わることは一生無い。
でもそれ以外の──名前すら知らない人達に対して、どういう態度でいるのがいいのかカレンはわからない。
(今は深く考えたくないな)
考え、答えを出してしまえば、聖皇后という立場を受け入れてしまうような気がして、カレンはさりげなく歩く速度を早める。苦しい態勢でいるメイドが、少しでも早く楽な姿勢に戻れるように。
早足でメイドの横を通り過ぎながら、カレンは横目でちらりと窺う。自分と年の変わらない少女は、可哀想なくらい委縮している。
この少女と自分の違いは何だろうと、カレンはふと思う。
友達がいて、家族がいて、大人から見たら呆れられるようなことでムキになって怒ったり、喜んだりして、きっと自分と何も変わらないはずだ。
違うことといえば、生まれた世界だけ。そのたった一つの違いが、頭を下げられる者と、下げる者に分けられている。
(……理不尽だなぁ)
どちらに対してなのか、両方に対してのものなのかわからないまま、次の角を曲がった途端、カレンは露骨に顔を顰めた。
一難去ってまた一難。またこちら側に歩いてくる人がいたのだ。
しかも今度は見知った顔。官職であるその人は、一際目立つ服装をさらりと着こなすほどの美男子で、栗色に近い金色の髪は、この役職しか被ることができない背に翼が生えた獅子の刺繍がしてある帽子にしまわれている。
どこかへ向かう途中なのだろうか。小脇に書類を抱えて忙しない足取りで歩を進める度に、丈の長い上着がバサバサと揺れている。
ただカレンに気付いたその男は、ピタリと足を止めた廊下の端に身を寄せた。けれど礼を執ることはしない。
「おはようございます、カレンさま」
朝日と同じような爽やかな笑顔でカレンに挨拶をしたのは、メルギオス帝国の宰相セリオスだ。
セリオスはアルビスの義弟であり、メルギオス帝国で2番目の皇位継承者だ。けれどもほんの数か月前までは、エセ聖職者だった。
最近ようやっと改心して、アルビスの片腕として政務の補佐するようになった。その手腕は、これまで適当に過ごしていたのが嘘のようだという話である……が、カレンは彼を無視して歩く。
まるで視界に何も映っていないと思わせるほど、その無視っぷりは滑らかで違和感がなかった。
2歩後ろを歩くリュリュも、カレンに倣う。リュリュの目つきは薄汚いものを見るそれ。2人にとって、セリオスはそういう存在だ。
カレンは、セリオスを無視できる真っ当な理由がある。
ここへ召喚された当初、カレンはこの内廷の離宮に監禁されていた。
しかしカレンはリュリュの協力を得て、離宮から逃げ出す機会を得た。けれどセリオスのせいで、逃亡は失敗に終わった。
そのあと、カレンがこの世界に留まらなければならない決定的な事件が起こってしまった。
「良い天気ですね。庭のマヤワールの木をご覧になりましたか?今が見頃ですよ」
「……」
「午後になればもっと暖かくなりますから、あそこでお茶を飲んだらいかがですか?」
「……」
「なんなら、わたくしがお付き合い致しますよ。帝都で人気の菓子もご用意しましょう」
「……」
で?だから?という反応すら見せず、カレンは黙々と歩く。マヤワールとルノワールはちょっと響きが似ているなと思ったけれど、どちらも興味はない。
カレンにとって、横でぐちゃぐちゃと喋り続けるこの男は、ただの雑音でしかない。元の世界では、無視はイジメと教えられたけれど、ここは異世界。関係ない。割り切ろう。
そう思って無視スキルを全開にして歩いていたカレンだが、違和感を覚えた。
今日のセリオスはちょっと様子がおかしい。いつもなら、この辺りで引き下がるのだが、ニヤニヤと生温い笑みを浮かべながらコバンザメのようにくっついてくる。
そして、カレンがつい足を止めてしまうようなことを口にした。
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