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一部 基本無視させていただきますが......何か?(修正終わってます)

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 離宮を出て一歩も動こうとしない佳蓮に、リュリュは手のひらを進行方向に向ける。

「カレンさま、温室までご案内します。足元にお気を付けください」

 先に歩き出したリュリュに続こうと足を踏み出した途端、ヴァーリが口を開く。

「すぐそこですよ。カレンさま」

 からかう口調のそれは、「すぐそこだから、逃亡なんてできないぞ」と言っているようで、佳蓮は思わず振り返ってヴァーリを睨みつける。

 一方、睨まれたヴァーリはどこ吹く風。そんなふうに言わせたのはお前だと言いたげに、片方の眉を器用に上げた。

(確かに逃亡したけど、そんな言い方しなくってもいいじゃん)

 離宮に監禁されてすぐ佳蓮は召喚された神殿に行きたいと強く訴え、ヴァーリの監視付きという条件で許可をもぎ取った。

 きっと何かがあると期待したものの、神殿では何も得るものがなかった。意気消沈した佳蓮だけれど、その帰り道、このままで終わるものかと一瞬の隙をついて逃げ出した。

 結果として逃亡は失敗に終わった。脇道に逸れる暇もなく、佳蓮は聖職者の一人に取り押さえられてしまったのだ。

 人生初めての羽交い締めはとても屈辱的で、思わず目の前にいたヴァーリの脛を蹴っ飛ばしたことは今でも悪いとは思っていない。取り押さえた聖職者にも同じことをしたけれど、誰だったのか覚えていないし、仮に思い出したとしても謝る気は毛頭ない。

 それよりもたった一度の逃亡のせいで、監視が一層厳しくなり、もう今では自分の意思で外へ出ることができなくなってしまったことの方が大問題だ。
 
 あの時のことを思い出すたびに、佳蓮は悔しさで歯ぎしりしたくなる。もっと上手くやれば良かった。でも諦めてなんかいない。失敗は成功の基。今度こそ成功してやる。

「いやぁー、すっかり秋ですね。日中はまだ暑さが残っているけど、風はやっぱり冷たくなってますねぇ。カレン様も温かいところでお菓子食べたいでしょ?」

 無言で睨み続ける佳蓮に、にこりと笑いかけるヴァーリの目は笑っていない。遠回しに早く歩けと告げている。
 
「……あんたに指図される覚えはないんですけど」

 憎まれ口を叩けば、ヴァーリの顔から笑みが消えた。彼は相当怒っている。腰に差してある剣がやけにリアルで、佳蓮は押し出されるように歩き出した。

 ヴァーリがすぐそこと言った通り、温室は本当に離宮の近くだった。

 角を2回だけ曲がっただけで到着してしまえば、秋の気候を堪能することも、外の景色を眺める余裕すらなかった。こんな近場では逃亡は難しい。

 肩を落としつつ佳蓮は、温室に足を踏み入れる。

 色とりどりの花々が咲き誇り、むせかえるような甘い香りが立ち込めて、ここだけ春爛漫だ。

 美しい光景に一瞬目を奪われた佳蓮だが、アルビスの姿を視界に入れた途端に表情が険しくなる。

 アルビスは一人の騎士を伴って、腕を組んで窓の外を眺めていた。

 窓を見つめるアルビスを目にして、佳蓮はこれ以上近寄りたくなくて足を止める。

 彼の姿が視界に映ると、どうしようもなく腹が立つ。言葉で表現できない不快感が心の中で暴れ回る。

 リュリュの首が飛ぶのを見たくなくて来たものの、今すぐ回れ右をしてここを去りたい。

 そんな佳蓮の心情を読んだかのように、アルビスの傍にいる騎士は身体の向きを変えた。

「ようこそお越しくださいました。カレンさま」

 優美な笑みを浮かべて、礼を取る騎士の名はシダナ・ミューセ。彼も佳蓮が召喚された時に立ち会った者の一人でもある。

 シダナははヴァーリと違い体の線が細く、武よりは智に秀でた中世的な美男子だ。

 栗色に近い金色の髪と翡翠色の瞳。物腰が柔らかく一つ一つの仕草も丁寧だが、視線は常に鋭く、一片の隙もない。

 佳蓮に向ける表情もヴァーリと同様に口元に笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていなかった。

「こちらにお掛けください」

 どうぞ、と言いながらシダナは視線を別のところに向ける。そこには、すでにお茶の席が設けられていた。

 用意周到な演出に、佳蓮は眉間に皺を刻んで不快感をあらわにする。

「さぁ、カレンさま」

 シダナは佳蓮がどんな顔でいようともお構いなく、貴婦人をエスコートするような素振りで手を差し出す。

 すぐさま佳蓮は、両手を後ろに回した。誰がお前の手なんか取るものか、冗談じゃない。そんな気持ちで後ずさりをしたが、すぐに背中にとんっと軽い衝撃を覚えた。

「?……っ!」

 振り返れば、真後ろにヴァーリがいた。

 まるで佳蓮の行く手を阻むように、立ち塞がっている。

「おや、カレンさまは、シダナのエスコートはお嫌でしたか?」

 ニヤリと意地悪く笑ったヴァーリの視線は、シダナに向けられている。

 対してシダナはムッとした表情を浮かべているが、二人の間には剣呑な空気はない。ある一種の独特な親しみさすら伝わってくる。

 この二人の騎士は、長い付き合いのある間柄なのだろう。だが今の佳蓮にとっては、どうでもいいことだ。

「どいて」

 障害物と化したヴァーリに声をかけながら、佳蓮は身体を捻りこの場を去ろうとする。けれど──

「おや?席はあっちですよ。カレンさま」

 わざとらしく目を丸くするヴァーリに、佳蓮は我慢の限界を越えた。力任せに両手で彼の体を押す。けれどもびくとも動かない。

 そうしているうちにシダナまでこちらに近づいてくるものだから、佳蓮は騎士二人に前後を挟まれる形になってしまった。

 捕獲寸前の小動物になった自分に、佳蓮はぞわりと背筋に冷たいものを感じてしまう。

「ねぇ、本当にどいて。邪魔なの……!」

 ありったけの力で佳蓮はヴァーリを腹部を拳で叩く。ヴァーリは痛みに呻くことはなかったが、邪魔者扱いされたことは不服だったようで何か言葉をかけようとした。

 けれどもその前に、アルビスが口を開いた。 

「やめろ」

 決して声を荒げたわけではないのに緊張が走り、騎士二人は音もなく佳蓮から距離を取る。

 開けた視界にアルビスがはっきりと写り、佳蓮は唇を噛んだ。

(この声……超嫌い!!)

 アルビスの滑らなテノールの声は、有無を言わせず人を従わせる。

 支配者だけが持つその声音を耳にすると、どうしたって身体が竦んでしまう。そんな自分がとても意気地なしに思えて無性に腹が立つ。

 今すぐ視界から消えて欲しいと佳蓮は必死に願うが、アルビスはその位置から動かず、視線だけを佳蓮に向けた。

 頭のてっぺんからつま先まで。まるで検分をしているかのように、深紅の瞳だけを動かしている。

「悪くない」

 アルビスはそう呟いて、静かに頷いた。

 途端に、佳蓮以外の全員が目を丸くする。よほど珍しいらしい。

(あ、そう)

 皇帝陛下からそんなことを言われても、佳蓮の心は動かなかった。

 犬なら飼い主に向けてしっぽの一つでも振るかもしれないが、あいにく佳蓮は犬ではない。人間だ。

 佳蓮は首に巻き付いている薄桃色の宝石が付いたチョーカーに無意識に手を伸ばす。

 首輪にしか思えないそれをむしり取りたくて仕方がなかった。
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