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二部 不慮の事故として見逃すことにしましたが……何か?

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 リュリュがアルビスを休ませるために選んだ部屋は、調理場から歩いてすぐの客間なのか何なのかわからない、そこそこ広い部屋だった。

 意識を失ったアルビスは、リュリュに担がれていることすら気づいてないようで、一度も目を覚ますことなくベッドに寝かされた。

 アルビスは、くたりと力をなくして、喘ぐように浅い息を繰り返している。

 リュリュは廊下に散らばってしまった試作品を片付けるのと、シダナ達を呼ぶために、愛用の剣を置いて部屋を出て行ってしまった。

「……さすが王城。使ってない部屋が、いっぱいあるんだなぁー」

 カレンはポツリと呟いてみたものの、頭の中は別の事を考えている。

 ベッドに横になっているアルビスの呼吸は、落ち着くどころか荒くなる一方だ。見ているこちらが、苦しくなる。

 額に浮かんだ玉のような汗は、熱が高いせいだろう。

 リュリュはアルビスを運んだあと、水を貼ったタライと布巾をサイドボードに用意して出て行った。

 カレンの手には、濡れた布巾がある。ただ看病することに抵抗を覚えて、どうでもいいことを呟いてしまっただけ。

 彼の身体になんか、触れたくない。でも看護師の母を持つ自分としては、病人が目の前にいるのに看病しないなんて矜持が許さない。でもやっぱり、触りたくない。そもそも、憎んでいる相手を看病するとか意味がわからない。

 そんなふうに悶々と葛藤している間にも、アルビスの額から浮き出た汗が、一筋二筋と耳の横に流れていく。

「……ったく、もうっ。なんで私がこんなことを……」

 とうとう我慢ができなくなったカレンは、ブツブツ文句を言いながらベッドの端に腰掛け、布巾をアルビスの額に押し当てようとした。

 その瞬間、アルビスが目を覚ました。

 熱のせいで目の焦点が合っていないのか、しばらく視線をさ迷わせていたが、カレンを視界におさめると、ふわりと笑った。

「……カレン」

 息が止まるほど驚いた。無意識に立ち上がった身体が、硬直した。

 今、彼は熱があって動けない。何かしようとしたって、恐らく逃げられるし、リュリュが託してくれた剣もある。

 絶対に勝てる相手に怯えるなんて、我ながら情けない。それに看病しようとしたことを知られたくない。

 そんな気持ちから、カレンは手に持っていた布巾を咄嗟に背中に隠す。

 アルビスは起き上がろうとするが、それすら辛いようで、再び枕に頭を乗せた。

「……すまなかった」

 仰向けになったま、視線だけをこちらに向けて、アルビスは泣きそうな顔になる。どうやら、廊下で押し倒した記憶はあるようだ。

 無表情で立ち尽くすカレンに、アルビスはもう一度「すまない」と言う。その声は、掠れて震えていた。

「あ……」
(謝るくらいなら、倒れないでよ!)

 カッとして、カレンは声を荒げそうになる。

 しかし相手は病人だ。ただでさえ弱っている人間に、罵倒を浴びせるのは本意ではない。

 だがしかし苛立ちが収まらないカレンは、男が一番嫌がるであろう言葉を吐いてやった。

「リュリュさんに感謝しなよ。ここまであんたを運んでくれたんだから」
「そうか。なら、褒章を与えなければな」

 プライドを傷つけてやろうと思ったのに、返事はこれである。

 気を悪くするどころか、嬉しそうに微笑むのを見てカレンは、アルビスにとったら、こういう煽りは痛くも痒くもないものだということを知る。

「なによ、悔しくないの?」
「何を悔しがるんだ?」
「……そ、それは……」

 質問を質問で返され、カレンは口ごもる。

 そんなカレンからアルビスは視線を外し、ポツリと呟く。
 
「リュリュは、良くできた侍女のようだな」 

 アルビスの視線は、リュリュが置いていった剣に向けられていた。

 声は抑揚がなく、目つきも険しくない。しかし凶器が部屋にあることは、思うように身体が動かせないアルビスにとって、不快なものだろう。

「まさか、リュリュさんを処罰する気?」

 不安に駆られてカレンが尋ねれば、アルビスは呆れ顔になる。

「褒章を与えると言ったのを……忘れたのか?」

 もちろん覚えている。でも疑ってしまうのは仕方がない。そういう思考になるのは、全部アルビスのせいだ。

 そう食って掛かりたいけれど、カレンは怒りを鎮めた。

 たったこれだけのやり取りでも、アルビスがとても辛そうだったから。

「……だいたいさぁ……倒れるほど無理するから、こんなことになったんじゃん」 
「確かにそうだな」

 あっさりと己の非を認めるアルビスに、悔しくなる。でも何が悔しいのかわからなくて、それがとっても嫌だ。

 カレンは唇を噛んで、手に持ったままの付近をタライに叩き投げ入れる。パチャっと水が跳ねて、アルビスの枕を濡らす。

 そんな乱暴なことをしても、アルビスは気を悪くしない。

 熱で顔を赤くして、目の下には酷い隈を作って、体調はこれ以上なく悪いというのに。

 微笑みすら浮かべて、満ち足りた感情を包み隠さずこちらに伝える彼は、この刺々しい会話すら極上の時間なんだと思えてしまう。

 カレンの心の中が、たくさんの虫が這うように堪らなく不快な気持ちになる。 

(認めたくはないけれど、この人は本当に私のことが好きなんだ)

 カレンだって、元の世界で告白を受けたことはある。

 好きだと、付き合ってくれと言ってくれた男の子たちは、アルビスのようにここまで露骨に顔に出したりはしなかったけれど、醸し出す空気は同じだ。

 ソワソワと、こちらを落ち着かない気持ちにさせる。
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