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二部 ささやかな反抗をしますが……何か?

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 調理場は、神殿のすぐ近くにあった。

 調理台や竈など、これまで一度も使っていないくらいピカピカに磨き上げられたここには、シェフもキッチンメイドもいなかった。

 てっきり間借りするスタイルで試作品を作るつもりでいたカレンは、足を踏み入れた途端、思わず立ちすくむ。

「ここ……本当に使っていいのかな」
「もちろんでございます」

 食い気味に返したリュリュに背中を押され、カレンは調理台へと足を向ける。

 傷一つない大理石のそこには既に調理器具や、果物と砂糖類が並べられており、メイドと同じデザインのエプロンも用意されていた。

(これじゃあ、お化け屋敷メイド喫茶みたいじゃん)

 カレンは、苦く笑いながらエプロンを手に取った。

 ──それから数分後。

「それじゃあ、今から試作品のフルーツ飴を作りまーす」

 パンっと手を叩いてカレンがそう言えば、揃いのエプロンを身に着けたリュリュとアオイは「はいっ」とキレのある返事をした。

 やる気に満ちた心地よい緊張感に、カレンも背筋を伸ばしてレシピを口頭で伝える。

「まず、大きな果物は一口大に切って、できるだけ水気を取りまーす。それから飴をつけやすいようにピンを差します。次にお砂糖をと水を鍋に入れて、ぐつぐつするまで強めの火にかけるんだけど……あ、ここで注意することは、火をつけたら鍋は絶対にかき混ぜないようにしてね。でもって、頃合いになったら素早くフルーツを飴にくぐらせて、台座に立てて冷ましまーす。以上!」

 一気に説明を終えたカレンは、二人に「質問は?」と問いかける。

 少し間を置いて、リュリュがおずおずと挙手をした。

「恐れながら頃合いを見ての頃合いとは、いかほどでしょうか」
「あ、ほんの少し茶色っぽくなったら……で。あと飴を少しピンに取って、水につけて噛んでパリパリだったら頃合いかな?もし、 ベタベタしたり歯にくっつくようならまだってことで」
「かしこまりました」

 丁寧に説明したつもりだったけれどわかりにくかったかと、カレンはちょっぴり不安になる。

 でもやってみれば何とかなる。元の世界の時だって、毎回毎回、試作品を作る時は何かしらの事件が起きた。火災報知器は3回鳴った。でもグループの皆は無傷だったし、試作品は全部食べられるものに仕上げることができた。

 要は怪我しないで、モノができれば良い。それだけ。

 そんなふうに気持ちを切り替えたカレンは、手近にあった大きめの果物を手に取る。

 リュリュにリクエストした数種類の果物は洗ってはあるけれど形はそのままで、カットする必要がある。

 まずは見本になるものを作ろうと、カレンはナイフを手に取った。けれども、

「カレン様、危ないです!どうか刃物を置いてくださいませ!」
「ちょ、カレン様!ナイフ持ったら駄目だよっ」

 悲鳴に近い声と共に、すぐさま二人にナイフを没収されてしまった。

「あのねぇ、二人とも大げさすぎ。ナイフなんて元の世界じゃ私、毎日持ってたんだから」
 
 呆れ顔でナイフを取り返せば、リュリュとアオイから信じられないと言った感じの視線を受けてしまった。

(ちょっと!二人とも私のこと、どんなふうに見ているのっ)
 
 憤慨する佳蓮だが、よくよく考えたら元の世界のことを自ら語る機会はほとんどなかった。

 時間が惜しいカレンは、言葉で説明して納得してもらうより、自分の姿を見てもらった方が早いと結論を下し、果実にナイフを当てる。

 再び止めようとする二人を無視して、見よう見まねで覚えた飾り切りを披露する。二人はそれから一度も危ないとは口にすることはなかった。

 それから小さな補足や説明を加えながら試作調理は順調に進んで、果物を絡ませる飴づくりまで到達した。

「ねぇリュリュさん、ここ新築みたいに奇麗だね」

 調理場同様にピカピカに磨かれた鍋の前に立ち、ぐるりと辺りを見渡しながら呟けば、なぜかリュリュが挙動不審になり、アオイが豪快に吹き出した。

「あ、そ、そうでございますね。あまり使うことがないそうです」
「そうなんだ。でも、なんかもったいないね」
「滅多に使わなくても、ここにはちゃんとした役目がございます」
「へぇー」

 生真面目な表情で言ったリュリュに対し、アオイは壁に額を付けて必死に笑いを堪えている。彼は表情豊かで考えが読みやすいけれど、笑いのツボはイマイチわからない。

 リュリュといえば、調理場の話題に触れて欲しくないようで、やたらとソワソワしている。

 カレンとて暇だから口にしただけで、別に深く知りたいわけじゃない。

「あーええっと……そろそろ、いいかな?」

 適当な言葉を言いながらカレンが鍋に視線を戻せば、雑談している間に鍋はぐつぐつ煮えたっていた。そろそろ頃合いだ。

 ピンで飴をすくって、水で冷やす。口に含めば、パリッとした触感が口の中に広がった。

 懐かしい味と触感に、どうして自分はこんなところにいるんだろうと切なさがこみ上げてくる。

 ツンと鼻の奥が痛んだカレンは、敢えて元気な声で「果物に飴を絡ませよう!」と二人を促した。

 それから暫くして、キラキラ輝くフルーツ飴が出来上がった。

「うわぁー美味しそう!ねえ、カレン様、一つ食べて良いかな?」

 飴よりもっとキラキラ目を輝かせて、アオイがカレンに問いかける。

 もちろんとカレンが返事をする前に、リュリュが怖い顔で割って入った。

「こら!アオイ殿、なんて無礼なことを!」
「いいよいいよ。アオイ食べてみて。リュリュさんも、良かったら……っていうか、食べて欲しいな。感想教えて欲しいし。でも部屋に行ってから皆で食べよう」

 激怒するリュリュに割って入ったカレンは、たくさんのフルーツ飴が刺さった台座をトレーに移す。

 調理場の片づけは、飴を冷ます間に終わっている。どうせだったら、食べながらアレンジを考えたりラッピングをどうするか話し合いたい。

 そう提案すれば、二人は二つ返事で頷いてくれた。

 エプロンを外した三人は、三人そろって調理場を後にするが、出た瞬間、ルシフォーネとバッタリ遭遇し、アオイが引き留められてしまった。

 すぐに行くよとアオイに手を振られ、カレンとリュリュは二人並んで廊下を歩く。

「ねえ、リュリュさん。部屋に行ったら飴に合うお茶も考えたいな。何かいい案があったら教えてね」
「光栄です。ではとっておきのお茶をお淹れします。あとトレーは私がお持ちします。どうぞこちらに」
「ううん、いいの。私が持って歩きたい。ってか、とっておきのお茶って何だろう。楽しみだなー」

 過保護なリュリュを上手にかわしながら、カレンは足取り軽く私室に向かう。

 けれど二度、角を曲がった瞬間、思わぬ人物と出くわしてしまった。

「……なんであんたがここにいるのよ」

 ここに召喚されて一番浮足立った瞬間に最上級の嫌がらせを受けたカレンは、突然姿を現した男──アルビスに向けて、力いっぱい睨み付けた。
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