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二部 小さな反抗をさせていただきますが……何か?

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 ロタの言葉をカレンは頭の中で反芻する。

 カラカラカラと馬車の車輪はいつもよりテンポが速く回っている。それに合わせて、カレンは何度も、何度も考える。

 でも、たくさんの時間を掛けて紡がれた言葉はたった一言だった。

「……嘘」
「嘘じゃないよ」

 辛抱強くカレンの返答を待っていたロタは、食い気味に否定した。肩を竦めながら。

「王様は、ずっと聖皇后さまのことばかり考えているよ。聖皇后さまが傷付かないように、平和に過ごすために、嫌な思いをしないために。僕が牢屋から出ることができたのだって、そのおかげさ。だって、僕がずっと牢屋に入れられていたら、聖皇后さまが苦しむだろうから。でも、僕は自分で言っちゃアレだけど、どこに置いて良いかわからない危険な存在だからね。それに宮殿で僕の世話になった奴だっているし」
「……誰?」

 カレンはロタの最後の言葉だけを拾って問いかけた。

 でもロタは人差し指を己の唇に当てて「内緒」と笑う。

「言っちゃいけないんだ。それに、聖皇后さまには危険が及ばないから、安心して」
「……うん」

 納得できないままカレンは頷けば、ロタは再び語り出す。

 余程、聞いて欲しいのだろう。ロタの身体は無意識に前に乗り出していた。

「それでね、僕から王様に提案したんだ。僕は変装が得意だし、側室が住まう後宮は噂の宝庫。王様にとって為になる情報を簡単に得ることだってできるしね。それに───」
「その辺にしときなさい。あなたは少しお喋りが過ぎます」

 とめどなく語るロタを止めたのは、リュリュだった。

 でも、リュリュがあと1秒遅かったら、カレン自身が止めていたであろう。それくらいロタの話は不快だった。

 傷付かないように。
 平和に過ごすために。
 嫌な思いをしないために。
 
 ロタの口から語られたアルビスの想いを聞いて、カレンは馬鹿なのか? と思う。

 今更そんなふうに想われても遅いのだ。

 そんな他人を思いやる気持ちがあるなら、どうして召喚してすぐに自分の言葉に耳を傾けてくれなかったのだろうと悔しく思う。

 確かにアルビスは、結婚してから自分のことを大切に扱っている。

 夜会では、官僚から庇ってくれたし、セリオスからの追及だって助けてくれた。
 読みたいと思う本は、どれだけでも用意してくれるし、書庫に無ければすぐに取り寄せてくれる。

 外出だって大義名分があればいつでも馬車を出してくれるし、日々の生活で不便なことなど何もない。
 
 でも結局これは、アルビスにとっての帳尻合わせでしかない。

 彼の罪悪感を埋める為に、カレンは感謝なんてしたくなし、どれだけこの世界で大切に扱われたとしても、欲しいものはそれじゃない。元の世界に戻りたいだけ。

 カレンは暴れる感情を押さえ込むために、窓に目を向ける。しっかりと閉じられているそれは外の景色は移すことはないけれど、それでもかまわない。

「……聖皇后さま、ごめん」

 ついさっきまで弾んだ声を出していたのが嘘のように、ロタは今にも泣きそうな声でそう言った。

 慌てて視線を向ければ、声と同じ表情を浮かべるロタがいた。

「あ、私こそごめん。えっと……君には全然怒っていないから」
「本当?」
「うん。怒る理由なんて無いし」
「じゃあ、追い出さないでくれる?」
「当たり前じゃん。何言ってるの?」

 行きの約束をちゃんと覚えているロタに、カレンは律義だなと苦笑した。でも、そうじゃなかった。
 
「僕ね……えっとこれは王様から内緒って言われてるんだけど」
「そう。じゃあ話して」
「え……良いのかなぁ。うん、ま、いっか。あのね、僕は王様から聖皇后さまの護衛を任されたんだ」
「そうなの!?」
「うん」

 なぜそれを早く言ってくれなかったのか。

 カレンは行きのやり取りを思い出して苦く思う。あれは無駄な時間以外何物でもなかったのだ。

 思わず親指の爪を噛んだカレンだけれど、ロタはそれを無視して言葉を続ける。

「でも、約束したんだ。一度でも聖皇后さまが嫌だと言ったら、護衛から外すって。だから僕、ずっとドキドキしていたんだ」
「私だって、ある意味ドキドキしてたよ」

 すかさずカレンがそう言えば、ロタはちょっとだけ笑ってすぐに生真面目な表情になった。

「ねえ、聖皇后さま。これからも僕を傍に置いてくれる?」
「もちろん。……あ」

 即答したカレンだったけれど、何かに気付いたように短く声を上げた。

「あのね今更なんだけど、君の名前教えてくれる?」

 カレンにとったらそれは大した質問ではなかった。すぐに教えてくれると思った。けれど、ロタはなかなか答えない。

「僕、名前が無いんだ」
「え、嘘」
「嘘じゃないよ。記号みたいに、依頼主から適当に名前を付けられることはあるけど……」
「……そう」

 たったこれだけの会話で、ロタがどんな生き方をしてきたのか何となく気付いてしまった。

 目の前にいる少年には間違いなく両親がいた。

 でも、少年は自分の名前を知らない。
 それは与えられなかったのか、与えられたけれど記憶に刻まれる前に別れ別れになってしまったのか。……そのどちらでもないのか。



 カレンは、ロタに向かって安易な質問をしてしまったことを心から恥じた。
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