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二部 使えるモノは何でも使いますが……何か?

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 この世界では、侍女とメイドでは大きく役割が違う。

 メイドは与えられた仕事のみしかできず、命じられたこと以外をすれば処罰の対象となる。

 反対に侍女というのは、主人の意向を汲み取り、先回りして、常に心地よい環境を作ることが求めらる。そして主人の評価が、侍女の評価に直結する。

 リュリュはカレンのことをだけを考えて動いているけれど、評価はとても低い。

 なぜならカレンは、聖皇后になってから一度も夜会に出席していないから。結婚披露の宴も、カレンは顔を出すことすらしなかった。

 日頃カレンがどんな恰好をして城内を歩き回ろうが、部屋に引きこもって本を読んでいようが、咎めるものは誰もいない。

 しかしそれは、聖皇后という立場だからというだけで、官僚たちはカレンが夜会に出席するのは当然の義務だと思っている。

 とはいえ皇帝であるアルビスが黙認している以上、面と向かって文句を口にすることはできず不満はたまる一方。結果として、その全てがリュリュに向けられてしまった。

 侍女として自覚が足りないとか、手腕が不足しているとか。カレンが夜会に出席しないのは、侍女が無知な聖皇后に、ある事ない事を吹き込んでいるなどという根も葉もない噂まで立ち始めてしまったのだ。

 己の評価が悪いことをリュリュは別段気にしていないが、ルシフォーネはこの事態を重く見た。

 リュリュが聖皇后付きの侍女から降ろされてしまうかもしれないから、一度でいいから夜会に出席するようカレンを説得したのだ。

 とても意に反することだけれど、リュリュと引き離されることがとても辛いカレンは、夜会に出席することにした。

「──カレンさま、痛みますか?」

 3日後に開催される夜会のことを考えていたら、リュリュの労わる声が聞こえてきた。

「ぜ、全然大丈夫。痛くないよ」

 カレンは慌てて首を横に振るが、リュリュの視線はカレンの手首に釘付けになっている。その表情は「やせ我慢をするな」と言いたげだ。

 実のところ全然大丈夫ではない。でも神殿には、どうしても立ち寄りたい。

 駄々をこねている自覚があるカレンは、リュリュの視線から逃れるように窓に目を向ける。そうすれば賑わう街の隙間から特徴のある石造りの建物が見えた。

 当初の目的である神殿は、すぐそこだった。





「カレン様、お気を付けて」
「うん、ありがとう」

 普段ならリュリュの手を借りて馬車を降りるけれど、今回は腰を支えられながらカレンは馬車を降りた。すぐさまダリアスが、ピタリと横に張り付くように立つ。

 大柄なダリアスが近くにいるのは、圧迫感で息苦しい。

「……あの、もう少し離れてもらえませんか?ダリアスさん」
「申し訳ございません。ですが、お傍でお守りしてこその護衛ですのでお許しください」

 言葉遣いこそ丁寧だが、ダリアスは頑として離れる気はないようだ。

(もうっ!リュリュさんのお父さんじゃなかったら、もっと強く言えたのに)

 ダリアスは、この世界で唯一心を許せるリュリュが大切にしている人。その人に失礼な態度はとりたくない。

 カレンは「大人になれ」と自分に言い聞かせて、歩を進めることにする。けれど神殿の敷地に入ってすぐ、カレンの足が止まった。

 神殿は、かつてメルギオス帝国で魔法が盛んに使われていた時代に、修行の場として建てられたものだ。

 その敷地は広く、庭には必ず魔力を司る女神像がある。今は修行者がいないので、像の周りには花壇や噴水が設置され、庭園として帝都の民に門を開けている。

 そこにカレンの心をかき乱す花があった。

 初夏の風に紫色の長い花房をなびかせ、まるでカレンに向かって『こっちにおいで』と誘っているかのようなその花の名は”藤”。元の世界では、この季節に良く目にする花だった。

 思わぬ邂逅。懐かしい風景。でもカレンの心は打ちひしがれていた。

(そっか。これがあるから、もう一人の異世界の女性はここに足繁く通っていたんだ)

 この神殿は、元の世界に想いを馳せる場所だったのだ。

 そう気づいた途端、これ以上藤に近づいたら、もう一人の異世界の女性と同じ運命を辿りそうな予感がして、カレンは神殿の中で祈りを捧げる気にはなれなかった。

「……リュリュさん、ごめんなさい。私、帰る」

 掠れ声でカレンはそれだけ言い捨てると、神殿から背を向け馬車へと走り出した。
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