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二部 使えるモノは何でも使いますが……何か?
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気まずい空気のまま、馬車は慰問先である孤児院に到着した。先に降りたリュリュの手を借りて馬車を降りたカレンは目を丸くする。
これまで足を向けた慰問先の中で、ここはダントツにおんぼろだ。
「……リュリュさん、目的地ってここで合ってるよね?」
「え、ええ。間違いない……はず、ですが……」
歯切れ悪く答えるリュリュは、間違いなく動揺している。カレンも同じ気持ちだ。ポーカーフェイスがデフォルトの護衛騎士たちの表情も、若干引きつっている。
(帝都にこんなところがあったなんて……びっくり)
聖皇帝になる前から、アルビスは帝都の民に心を砕いていると聞いていた。しかし眼前の光景は、飢えや貧困という言葉しか似合わない。
(これは間違いなく……ミスったな)
聖皇后という立場で訪問した自分を、早くも後悔してしまう。きっと中に入った途端、これまで積もりに積もった不平不満を聞かされるのだろう。
政務には一切関与しないと宣言しているカレンだが、それは内々でのこと。表立って「知らない、関係ない」と突っぱねるのは、流石に良心が痛む。
そんな気持ちからため息を吐いたカレンだけれど、すぐに表情を引き締める。責任者であろう若い男──マルファンが小走りに出迎えに来たのだ。
「ようこそお越しくださいました。聖皇后陛下にご訪問いただき、これ以上の喜びはございません」
「……あ、はい」
形式的な挨拶を交わして孤児院の中に足を踏み入れる。
老朽化が激しいのは外観だけではなかった。板張りの廊下は歩く度にギシギシ鳴るし、壁には雨漏りのせいだろうか至る所に染みがある。適当な板で隙間風を塞いでいるところもあり、カレンはいたたまれない気持ちから俯いてしまう。
当然のごとく通された客室は、かろうじて清潔感はあるものの、とても質素だった。
「ど、どうぞ……こんな狭い場所で申し訳ございませんが……」
「あ、いえ……そんな……ん?」
カレンは、勧められるがままソファに着席したが、マルファンの顔色がとても悪いことに気づいた。
彼は額に汗を浮かべて、青白い顔をしている。今にも倒れそうな状態だ。これは見て見ぬふりはできない。
「あ、あの……っ!」
マルファンに大丈夫かと尋ねようとしたカレンだったが、気遣う言葉を飲み込んだ。なぜなら彼は体調が悪いのではなく、ひどく緊張をしているみたいだったから。
(下手に刺激するより、さっさと話を聞いて帰った方がいい……よね?)
元の世界で親友だった優姫があがり症だったことを思い出したカレンは、マルファンに向け「なんでもないですよ」と笑って誤魔化す。
完全にテンパっているマルファンは、さして気にする様子もなく、歓迎のスピーチを始めた。
「聖皇后さまにおかれましては、ご機嫌うるわしく……えっと……こ、この度は……えっと、こんな帝都の端にある……えっと、ローベル孤児院に来て……あ、違う、お越しいただき誠にありがとうございます。本日は……えっと……」
──カサッ。
訊くに堪えないスピーチが続いたと思ったら、マルファンは袖口から小さな紙を取り出して、チラッと盗み見た。明らかにカンニングだ。
大の大人がそんなことをするのは追い詰められた何よりの証だと思い、カレンはさりげなく窓に視線を向ける。
「っ……!」
今度は施設の子供たちが窓に張り付くように室内を覗いているのを見てしまい、ぎょっとする。
子供達は揃いも揃って、過保護な母親のような表情を浮かべていた。
そんな状況にすら気付けないままスピーチを続けるマルファンは、20代半ばの青年だ。
これまで足を向けた施設の責任者の中で飛びぬけて若い。だからこういう場になれていないのだろう。
いや、背後にいるダリアスのせいかもしれない。
騎士団長を務める彼は恵まれた体格で、目つきは鋭く、威圧感がある。それに今日は初めての場所での護衛ということで、必要以上にピリピリしている。
カレンにとったら大したことがなくても、初対面の人間ならさぞかし恐怖を感じるだろう。少なくともこれまで足を向けた施設の人たちは、総じてダリアスを怖がっていた。
そういったことを抜きにしても子供がこんなに心配するということは、マルファンは普段から頼りない一面があるのだろう。でも、きっと慕われている。
カレンは窓に視線を向けながら騎士達に「あっちに行け」と叱られている子供達を解放してあげようかと悩む。
保護者代わりのマルファンといえば袖口の紙を隠すことを放棄して、歓迎の文言を口にしている。
度が過ぎた態度に隣にいるリュリュの額に青筋が立つのを見て、カレンはとにかく終わってと祈る。
その時、バンッとノックもしないで扉が勢い良く開いたと思ったら、一人の男の子が飛び込んで来た。
「マルファン先生っ、大変なんだっ。すぐに来て!」
転がるようにマルファンの元に来た男の子は、そう言って彼の袖を引っ張る。
「こ、こらっ、ラーク。聖皇后陛下の御前だぞっ。……も、申し訳ございませんっ。聖皇后陛下っ。後で厳しく叱っておきますので、何卒お許しを」
「後じゃ困るんだよ、とにかく今すぐ来てよ!」
「ば、馬鹿っ。お前何を言っているんだっ」
「なにって、だからさぁ、大変なんだよ。ミシャ姉さんが内緒で飼っている──」
「あーもー、黙れ、黙れっ。とにかく後で聞くからっ。ラークは外に出なさい」
「だからぁー、外に出るなら先生も一緒じゃないと駄目なんだってば!」
やいのやいのとマルファンとラークと呼ばれた男の子は騒ぎ出してしまった。
場の空気を読まない二人に、ダリアスが舌打ちするのが聞こえる。リュリュに至っては、今にも声を荒げそうな気配だ。
そんな不穏な空気をなんとかしようと、カレンは小さく挙手をして、マルファンとラークのやりとりを遮った。
「……あのう、ちょっといいですか?」
カレンはメルギオス帝国において2番目の権力者である。
皇族の発言は絶対で、マルファンは慌てて両手でラークの口を覆い、どうぞと続きを促した。
「マルファンさん、えっと……行ってあげてください。あとダリアスさん、あの子たちを解放してあげてください」
カレンは人差し指を窓に向けた。
窓の外では、子供たちが騎士から説教を受けている。
幸いにもカレンの言葉は厳命と受け取ってもらえたようで、ダリアスはすぐに窓辺に移動した。
「で、マルファンさんは行かないんですか?」
立ち上がる素振りを見せないマルファンに、カレンは少し語尾を強めて問いかけた。
そうすればマルファンは、弾かれたように立ちあがり、ラークの腕を掴んで外へと飛び出した。
カレンはといえば、やれやれと肩をすくめただけかと思いきや──好奇心からマルファンの後を追った。
これまで足を向けた慰問先の中で、ここはダントツにおんぼろだ。
「……リュリュさん、目的地ってここで合ってるよね?」
「え、ええ。間違いない……はず、ですが……」
歯切れ悪く答えるリュリュは、間違いなく動揺している。カレンも同じ気持ちだ。ポーカーフェイスがデフォルトの護衛騎士たちの表情も、若干引きつっている。
(帝都にこんなところがあったなんて……びっくり)
聖皇帝になる前から、アルビスは帝都の民に心を砕いていると聞いていた。しかし眼前の光景は、飢えや貧困という言葉しか似合わない。
(これは間違いなく……ミスったな)
聖皇后という立場で訪問した自分を、早くも後悔してしまう。きっと中に入った途端、これまで積もりに積もった不平不満を聞かされるのだろう。
政務には一切関与しないと宣言しているカレンだが、それは内々でのこと。表立って「知らない、関係ない」と突っぱねるのは、流石に良心が痛む。
そんな気持ちからため息を吐いたカレンだけれど、すぐに表情を引き締める。責任者であろう若い男──マルファンが小走りに出迎えに来たのだ。
「ようこそお越しくださいました。聖皇后陛下にご訪問いただき、これ以上の喜びはございません」
「……あ、はい」
形式的な挨拶を交わして孤児院の中に足を踏み入れる。
老朽化が激しいのは外観だけではなかった。板張りの廊下は歩く度にギシギシ鳴るし、壁には雨漏りのせいだろうか至る所に染みがある。適当な板で隙間風を塞いでいるところもあり、カレンはいたたまれない気持ちから俯いてしまう。
当然のごとく通された客室は、かろうじて清潔感はあるものの、とても質素だった。
「ど、どうぞ……こんな狭い場所で申し訳ございませんが……」
「あ、いえ……そんな……ん?」
カレンは、勧められるがままソファに着席したが、マルファンの顔色がとても悪いことに気づいた。
彼は額に汗を浮かべて、青白い顔をしている。今にも倒れそうな状態だ。これは見て見ぬふりはできない。
「あ、あの……っ!」
マルファンに大丈夫かと尋ねようとしたカレンだったが、気遣う言葉を飲み込んだ。なぜなら彼は体調が悪いのではなく、ひどく緊張をしているみたいだったから。
(下手に刺激するより、さっさと話を聞いて帰った方がいい……よね?)
元の世界で親友だった優姫があがり症だったことを思い出したカレンは、マルファンに向け「なんでもないですよ」と笑って誤魔化す。
完全にテンパっているマルファンは、さして気にする様子もなく、歓迎のスピーチを始めた。
「聖皇后さまにおかれましては、ご機嫌うるわしく……えっと……こ、この度は……えっと、こんな帝都の端にある……えっと、ローベル孤児院に来て……あ、違う、お越しいただき誠にありがとうございます。本日は……えっと……」
──カサッ。
訊くに堪えないスピーチが続いたと思ったら、マルファンは袖口から小さな紙を取り出して、チラッと盗み見た。明らかにカンニングだ。
大の大人がそんなことをするのは追い詰められた何よりの証だと思い、カレンはさりげなく窓に視線を向ける。
「っ……!」
今度は施設の子供たちが窓に張り付くように室内を覗いているのを見てしまい、ぎょっとする。
子供達は揃いも揃って、過保護な母親のような表情を浮かべていた。
そんな状況にすら気付けないままスピーチを続けるマルファンは、20代半ばの青年だ。
これまで足を向けた施設の責任者の中で飛びぬけて若い。だからこういう場になれていないのだろう。
いや、背後にいるダリアスのせいかもしれない。
騎士団長を務める彼は恵まれた体格で、目つきは鋭く、威圧感がある。それに今日は初めての場所での護衛ということで、必要以上にピリピリしている。
カレンにとったら大したことがなくても、初対面の人間ならさぞかし恐怖を感じるだろう。少なくともこれまで足を向けた施設の人たちは、総じてダリアスを怖がっていた。
そういったことを抜きにしても子供がこんなに心配するということは、マルファンは普段から頼りない一面があるのだろう。でも、きっと慕われている。
カレンは窓に視線を向けながら騎士達に「あっちに行け」と叱られている子供達を解放してあげようかと悩む。
保護者代わりのマルファンといえば袖口の紙を隠すことを放棄して、歓迎の文言を口にしている。
度が過ぎた態度に隣にいるリュリュの額に青筋が立つのを見て、カレンはとにかく終わってと祈る。
その時、バンッとノックもしないで扉が勢い良く開いたと思ったら、一人の男の子が飛び込んで来た。
「マルファン先生っ、大変なんだっ。すぐに来て!」
転がるようにマルファンの元に来た男の子は、そう言って彼の袖を引っ張る。
「こ、こらっ、ラーク。聖皇后陛下の御前だぞっ。……も、申し訳ございませんっ。聖皇后陛下っ。後で厳しく叱っておきますので、何卒お許しを」
「後じゃ困るんだよ、とにかく今すぐ来てよ!」
「ば、馬鹿っ。お前何を言っているんだっ」
「なにって、だからさぁ、大変なんだよ。ミシャ姉さんが内緒で飼っている──」
「あーもー、黙れ、黙れっ。とにかく後で聞くからっ。ラークは外に出なさい」
「だからぁー、外に出るなら先生も一緒じゃないと駄目なんだってば!」
やいのやいのとマルファンとラークと呼ばれた男の子は騒ぎ出してしまった。
場の空気を読まない二人に、ダリアスが舌打ちするのが聞こえる。リュリュに至っては、今にも声を荒げそうな気配だ。
そんな不穏な空気をなんとかしようと、カレンは小さく挙手をして、マルファンとラークのやりとりを遮った。
「……あのう、ちょっといいですか?」
カレンはメルギオス帝国において2番目の権力者である。
皇族の発言は絶対で、マルファンは慌てて両手でラークの口を覆い、どうぞと続きを促した。
「マルファンさん、えっと……行ってあげてください。あとダリアスさん、あの子たちを解放してあげてください」
カレンは人差し指を窓に向けた。
窓の外では、子供たちが騎士から説教を受けている。
幸いにもカレンの言葉は厳命と受け取ってもらえたようで、ダリアスはすぐに窓辺に移動した。
「で、マルファンさんは行かないんですか?」
立ち上がる素振りを見せないマルファンに、カレンは少し語尾を強めて問いかけた。
そうすればマルファンは、弾かれたように立ちあがり、ラークの腕を掴んで外へと飛び出した。
カレンはといえば、やれやれと肩をすくめただけかと思いきや──好奇心からマルファンの後を追った。
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