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二部 使えるモノは何でも使いますが……何か?
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窮屈な服装に、暑苦しい車内。窓の外では望まない対応をする人々。
待ちに待った外出だというのに、カレンの気持ちは次第に沈んでいく。前日の夜はあんなに楽しみにしていたのに。
期待と崇敬の眼差しを向けられるのは今日に限ってのことではなく毎度のこと。気にしないようにと自分に言い聞かせても、数を重ねる度に居心地悪さが増していく。
(アイツが外出することに何も言わないのは、どうあがいても無理だと知らしめたいからなの?)
カレンはそんなことまで考えて、親指の爪を噛んでしまう。自分がいないところで嘲笑われていると思ったら、とても惨めで悔しかった。
そんなカレンのやり切れない気持ちを宥めるように、車内に心地よい風が吹いた。
「あ、ありがとう。リュリュさん」
指三本分だけ窓を開けてくれたリュリュにお礼を言えば、にこりと笑みが返ってくる。
気持ちがささくれ立っていた佳蓮だが、快適になった車内のおかげで落ち着きを取り戻すことができた。
目的地はまだ先。到着までリュリュと世間話でもして時間を潰そうと思ったその時、僅かに開いていた窓が勢い良く全開になった。
「こんな少しだけ開けても、風など入ってきませぬぞ。ご安心ください。外の事は我らがしかと護衛をしておりますので、聖皇后陛下は快適にお過ごしください」
そう言ってカッカッカッと豪快に笑い声を上げるのは、護衛を務める壮年のダリアス・ウルセルだ。
厳つい体格のこの男は、皇帝陛下を警衛する直属の騎士団の長であり、ヴァーリの父親であり、リュリュの養い親でもある。
ダリアスはヴァーリと違い、カレンに対してあれこれと文句を言うことはしない。壮年らしく落ち着いた物腰で余計なことは言わず護衛に徹している。
ただ、やはりヴァーリの親である。時折、余計なことを口にしてしまうのが玉に瑕だった。
「ま、聖皇后陛下におかれましては、我々の警護など不要ではありますか」
「え?」
意味深な発言をするダリアスに、カレンはうっかり間抜けな声を上げてしまう。
そんなカレンに、ダリアスはニヤリと笑った。
「ダリアスは存じております。聖皇后様には、陛下からの護りがあることを。矢が飛んでこようが、刃物が飛んでこようが、これほど強力な盾があれば」
──ピシャンッ。
リュリュが勢いよく窓を閉める音が車内に響いた。
ダリアスの姿が消えても悪夢でしかないアルビスとの交わりを思い出させる発言は、あまりにおぞましい。カレンの二の腕にすぐさま鳥肌が立つ。
「……大変申し訳ございません」
ひどく恥じた様子で、リュリュは涙目になってカレンに謝罪した。
「あ……いいよ、大丈夫」
そう言ってみたものの、一旦浮き出てしまった鳥肌はなかなか治まらない。
リュリュに見せつけるつもりはないが、耐えられない不快感からカレンは無意識に袖に手を突っ込んで音を立てて自身の肌をこする。
そうすればリュリュは、当に居たたまれないといった感じで眉も肩も下げて、口を開く。
「カレンさま、お詫びの言葉も見つかりませんが……どうか聞いてください。父はその……ヴァーリより人望があり、剣の腕もたち、戦災孤児のわたくしを育て愛してくれる優しいところがあるのです。が、なにぶん一言多いのが欠点でして……」
しどろもどろになりながらリュリュは、精一杯謝罪の言葉を紡ぐ。
「う……うん」
カレンはなんとか頷いた。続けて「もう良いよ」とも言ってみる。
リュリュが謝る必要なんてないし、ダリアスだって事情を知らないから口にしてしまっただけのこと。
(アルビスが全部悪い!)
心の中で悪態を吐いてはみたが、受けたダメージは多大なもの。カレンは引きつった顔をなかなか戻すことができない。
窓を閉めてしまった車内は、たちまち蒸し暑くなる。
けれど、カレンは「暑い」とは口にしなかった。リュリュも、窓を開けようとはしなかった。
目的地である王都の外れの孤児院に到着するまで、二人はじんわりと汗をかきつつ無言を貫いた。
待ちに待った外出だというのに、カレンの気持ちは次第に沈んでいく。前日の夜はあんなに楽しみにしていたのに。
期待と崇敬の眼差しを向けられるのは今日に限ってのことではなく毎度のこと。気にしないようにと自分に言い聞かせても、数を重ねる度に居心地悪さが増していく。
(アイツが外出することに何も言わないのは、どうあがいても無理だと知らしめたいからなの?)
カレンはそんなことまで考えて、親指の爪を噛んでしまう。自分がいないところで嘲笑われていると思ったら、とても惨めで悔しかった。
そんなカレンのやり切れない気持ちを宥めるように、車内に心地よい風が吹いた。
「あ、ありがとう。リュリュさん」
指三本分だけ窓を開けてくれたリュリュにお礼を言えば、にこりと笑みが返ってくる。
気持ちがささくれ立っていた佳蓮だが、快適になった車内のおかげで落ち着きを取り戻すことができた。
目的地はまだ先。到着までリュリュと世間話でもして時間を潰そうと思ったその時、僅かに開いていた窓が勢い良く全開になった。
「こんな少しだけ開けても、風など入ってきませぬぞ。ご安心ください。外の事は我らがしかと護衛をしておりますので、聖皇后陛下は快適にお過ごしください」
そう言ってカッカッカッと豪快に笑い声を上げるのは、護衛を務める壮年のダリアス・ウルセルだ。
厳つい体格のこの男は、皇帝陛下を警衛する直属の騎士団の長であり、ヴァーリの父親であり、リュリュの養い親でもある。
ダリアスはヴァーリと違い、カレンに対してあれこれと文句を言うことはしない。壮年らしく落ち着いた物腰で余計なことは言わず護衛に徹している。
ただ、やはりヴァーリの親である。時折、余計なことを口にしてしまうのが玉に瑕だった。
「ま、聖皇后陛下におかれましては、我々の警護など不要ではありますか」
「え?」
意味深な発言をするダリアスに、カレンはうっかり間抜けな声を上げてしまう。
そんなカレンに、ダリアスはニヤリと笑った。
「ダリアスは存じております。聖皇后様には、陛下からの護りがあることを。矢が飛んでこようが、刃物が飛んでこようが、これほど強力な盾があれば」
──ピシャンッ。
リュリュが勢いよく窓を閉める音が車内に響いた。
ダリアスの姿が消えても悪夢でしかないアルビスとの交わりを思い出させる発言は、あまりにおぞましい。カレンの二の腕にすぐさま鳥肌が立つ。
「……大変申し訳ございません」
ひどく恥じた様子で、リュリュは涙目になってカレンに謝罪した。
「あ……いいよ、大丈夫」
そう言ってみたものの、一旦浮き出てしまった鳥肌はなかなか治まらない。
リュリュに見せつけるつもりはないが、耐えられない不快感からカレンは無意識に袖に手を突っ込んで音を立てて自身の肌をこする。
そうすればリュリュは、当に居たたまれないといった感じで眉も肩も下げて、口を開く。
「カレンさま、お詫びの言葉も見つかりませんが……どうか聞いてください。父はその……ヴァーリより人望があり、剣の腕もたち、戦災孤児のわたくしを育て愛してくれる優しいところがあるのです。が、なにぶん一言多いのが欠点でして……」
しどろもどろになりながらリュリュは、精一杯謝罪の言葉を紡ぐ。
「う……うん」
カレンはなんとか頷いた。続けて「もう良いよ」とも言ってみる。
リュリュが謝る必要なんてないし、ダリアスだって事情を知らないから口にしてしまっただけのこと。
(アルビスが全部悪い!)
心の中で悪態を吐いてはみたが、受けたダメージは多大なもの。カレンは引きつった顔をなかなか戻すことができない。
窓を閉めてしまった車内は、たちまち蒸し暑くなる。
けれど、カレンは「暑い」とは口にしなかった。リュリュも、窓を開けようとはしなかった。
目的地である王都の外れの孤児院に到着するまで、二人はじんわりと汗をかきつつ無言を貫いた。
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