上 下
70 / 129
一部 復讐という名の結婚をしますが……何か?(修正終わってます)

3

しおりを挟む
 婚礼衣装の深紅のローブをまとったアルビスは、一段と輝かしい。光をふんだんに取り入れたこの部屋では、藍銀色の髪は銀色の方が強くなっている。

 断りもなく部屋に入室したアルビスに、リュリュとルシフォーネはすぐさま礼を執る。けれど佳蓮は、鏡越しにアルビスを睨みつけた。

「で、あの子は元気なの?」
「ああ、元気だ。食事も君よりしっかり取っている。ただ当分は牢屋から出すことはできない。あやつも納得している」
「あっそう」 
 
 素っ気無い返事をする佳蓮だったけれど、これ以上アルビスに突っかかることはしない。

 暗殺者であるロタが牢屋に入れられているのは危険人物だからというのもあるが、彼の身を守るためでもある。

 それほどまでにロタは、裏の事情をたくさん知りすぎてしまった。

 寿命を延ばすために、ロタがこのまま一生獄中生活をするのかどうかはわからない。佳蓮とて、どう処罰していいのか答えられない。

 ただ一つわかるのは暗殺者を処刑せずに、生かしておくことは特例中の特例だということ。そんなことをゴリ押しできるのは、この帝国でアルビスしかいない。

 つまりアルビスは政治的な判断より、佳蓮の意志を尊重してくれたのだ。

 もちろん佳蓮とて、それがどれほど重大なことなのかわかっている。でも口から出た言葉は、別のものだった。

「約束、忘れないでよね」

 今度は目を合わせて念を押せば、花婿は苦笑を浮かべた。

「そう何度も言われずとも……約束を違えることはしない」

 アルビスがそう言った瞬間、リュリュとルシフォーネは居たたまれない表情になる。二人は佳蓮が条件付きでアルビスと結婚をすることを知っている。

「べ、別に……それならいいんだけど……」

 澱みのない返事に居心地悪さを覚えてしまった佳蓮に、アルビスは意地悪く笑った。

「カレン、君こそ今更逃げようなどとは思うな」
「はっ」

 あまりの発言に、佳蓮は思いっきり鼻で笑った。

「あんたからの帝冠なんて、その場で叩き落としてやるからねっ」

 佳蓮の度を超えた発言に、ルシフォーネの手が止まる。表情もみるみるうちに険しくなる。

 けれどアルビスだけは、この会話を楽しんでいるようだった。

「ははっ、それは構わんが帝冠は重い。それに装飾も多いから、手に取るときは怪我をしないようにしてくれ」

 的外れなアルビスの忠告に、佳蓮は疲労困憊とは思えない動きで勢いよく立ち上がった。

「余計なおせっかいよっ。もう、うるさい!今すぐ、出て行けー!!」

 地団太を踏んだ佳蓮は、鏡台に置いてあった櫛を手に取るとアルビスに向かって思いっきり投げつけた。

「おっと」

 軽々と片手で受け取ったアルビスはすぐ傍のチェストにそれを置くと、佳蓮の言われた通りにする。

「ではまた、すぐに会おう」

 そう言って名残惜しそうに背を向けたが、すぐに振り返る。

「なによ、早く出て行っ──」
「カレン、良く似合っている。とても綺麗だ。それと……ありがとう」

 佳蓮は思わず息を呑んだ。

 ありきたりで、歯の浮くような台詞を吐いたアルビスが、幸せという言葉のままの笑みを浮かべていたから。

 どうして一生愛されることがない相手に、そんな満ち足りた表情を浮かべることができるのか、佳蓮にはさっぱりわからなかった。





 帝都から祝福の声が風に乗って届いてくる。事情を知らない人達にとったら、きっと今日は格別におめでたい日なのだろう。

 幸せそうに見える恋人だって、そう見えるだけで真相は二人しか知らないという歌があったことを思い出す。

(まさにその通りだ)

 佳蓮が感慨にふけったその時、聖職者の手によって重厚な扉が音を立てて開いた。

 目の前に広がる光景は、ファンタジーの世界から飛び出してきたような仰々しい服を着た男女が、左右に分かれて起立していた。

 中央には長いバージンロード。陽の光がステンドグラスに差し込んで、祭壇へと続く道をキラキラと輝かせている。

 それを目にした佳蓮は、幼い頃にどこまで行けるのか浜辺を一人歩いたことを思い出す。

 歩けど歩けど同じ景色が続いていたけれど、突然見たこともない世界に迷い込んだ錯覚を覚えた。まさに今、それと同じ気持ちでいる。
 
(でも私は、ちゃんと家に戻ってこれた)

 だからこうして、一人バージンロードを歩く羽目になっている。

 幼かったあの頃、不安で寂しくて泣きながらも「絶対に帰る」と願い続けて歩いたことは忘れていない。

 ここは知らない世界。自分はあの時と同じように迷子になっている。けれど目的さえ失わなければ、返りたい場所に辿り着ける。そう確信している。

 佳蓮は、一歩一歩、大勢の参列者の視線を浴びながらバージンロードを踏みにじるように歩き出す。

 歩き続ければ、祭壇に一際美しい男が立っているのがヴェール越しに見えた。

 この男は自分から大切なものを奪い、この世界に縛り付けた憎んでも憎んでも、憎み足りない男。
 
 死に際に笑みを浮かべられるほど自分の命を粗末にしてしまう男で、一度も愛されることなく孤独の中を生き続ける男。

 そう遠くない未来、愛する人との別れが待っていることを知っている男。

 それでも限りある日々を、愛する人と共に生きられることに心から喜びを感じている──そんな男でもあった。


◇◆ 一部完結 ◆◇


読んでいただきありがとうございましたm(_ _"m)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

ガン飛ばされたので睨み返したら、相手は公爵様でした。これはまずい。

咲宮
恋愛
 アンジェリカ・レリオーズには前世の記憶がある。それは日本のヤンキーだったということだ。  そんなアンジェリカだが、完璧な淑女である姉クリスタルのスパルタ指導の甲斐があって、今日はデビュタントを迎えていた。クリスタルから「何よりも大切なのは相手に下に見られないことよ」と最後の教えを、アンジェリカは「舐められなければいいんだな」と受け取る。  順調に令嬢方への挨拶が進む中、強い視線を感じるアンジェリカ。視線の先を見つけると、どうやら相手はアンジェリカのことを睨んでいるようだった。「ガン飛ばされたら、睨み返すのは基本だろ」と相手を睨み返すのだが、どうやらその相手は公爵様だったらしい。 ※毎日更新を予定しております。 ※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...