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一部 復讐という名の結婚をしますが……何か?

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 アルビスは、とても鮮明な夢を見ていた。

 見たこともない建物の廊下に、アルビスは立っていた。建物の素材は灰色で、レンガではないが、とても丈夫そうだ。

 無機質な場所でしかないのに、アルビスはなぜか安らぎを覚えてしまう。

 季節はほどよく暖かい。おそらく真夏でもなければ真冬でもない、中間の季節。頬に夕陽があたり、視界に広がる光景がオレンジ色に染まる。哀愁が漂う時間帯のようだ。

 アルビスはメルギオス帝国で、唯一魔法が使える存在だ。だからこれが単なる夢ではなく、予知夢だということに気付いてしまった。

 近い将来、最愛の人と別れる日が来る。

 その証拠に、目の前にいる愛する人は、初めて会った時と同じ服装をして、この場所に何の違和感もなく立っているのだから。

「カレン、今までありがとう。私は君と出会えて幸せだった。そして、自分の身勝手な願いの為に君を傷付け、沢山のものを奪ってしまいすまなかった」

 自分の意志とは無関係に、アルビスは言葉を紡ぐ。佳蓮といえば、何を今更と言いたげな表情をしているが、少しだけ戸惑っていた。

 そのわずかな距離の縮まりにアルビスが喜びを感じていても、もう一人の自分は辛い言葉を紡ぎ続ける。

「私は君に奪ってしまったものを、全て返すことはできない。君に返すことができるのはこれだけだ。どうか受け取ってくれ」

 アルビスがそう言い終えた後、佳蓮は驚いたように目を瞠り何か言い返した。それが何だったのか、聞き取ることができなかった。

 視界が暗転し、意識は現実へと引き戻される。

「──夢……か」

 目が覚めたと同時に、アルビスは笑みを浮かべた。

(カレンは、私が知らないうちに消えたりはしない)

 たった一つの真実を胸に、アルビスは己の運命を静かに受け入れた。限りある時間を、全て佳蓮への贖罪に当てようと心に誓った。

「とはいっても……なにもこんな夢を見るのは、今日でなくても良かったというのに……」

 本音を零しながらアルビスはベッドから起き上がり、そのまま窓へと移動する。

 カーテンを開けると、眩しい程の晴天が広がっていた。窓の外に視線を落とすと、庭園には帝都中の花という花を集めたかのように、溢れんばかりの花が飾り付けられていた。

 早朝というのに、忙しなく動く使用人たち。その表情は遠目でも、笑みを湛えている。

 季節は春。今日は皇帝アルビスの結婚式である。
 




 澄み渡る青空の下、春風に乗って花の香りが城内にある大聖堂にも届いてくる。帝都で振る舞われている祝いの酒の香りも微かに漂ってくるようだ。

 庭園の片隅にいるシダナとヴァーリは、めったに着ることがない騎士の正装姿で帝都を見下ろしている。

 あと1時間もすれば結婚式が始まる。大聖堂には同盟国の代表者を始め、この国の領主たちが既に着席しているだろう。
 
 シダナとヴァーリはアルビスの側近兼護衛騎士なので、式の際は祭壇の隅で待機することになっている。

 しかしまだ大聖堂に移動しないのは、花婿が花嫁の控室に足を向けたっきり戻ってこないから。
 
 花婿を急かすほど野暮ではないシダナとヴァーリは、時間ギリギリまで好きにさせておこうと、こんなところで時間を潰しているのである。

「いやぁーめでたいねぇ、シダナ。俺、こんなにテンション上がる日が来るなんて思ってもなかったよ」
「……あなたは、羨ましいほどに単純ですね。この結婚がそういうものではないと知っているでしょう?」

 柵に体重を掛けながら純粋な笑みを浮かべるヴァーリに対して、シダナの表情は真逆のもの。

 この二人は、佳蓮が条件付きでアルビスと結婚することを知っている。

 だからシダナは憂いているのに、ヴァーリはそれでも満面の笑みを浮かべている。それは彼なりの理由があるからで。

「ああ、知ってる。でも嬉しいもんは嬉しい。カレンさまには悪いけどさ、俺は陛下が護りたいと思える存在を手に入れたんなら、それでいいって思ってる」
「……一人の人間を犠牲にして、あなたは良くそんなことを躊躇なく口にできますね」
「できるさ」
「胸を張って言うことではないでしょう。あなたは罪悪感というのを、どこかに置き忘れてしまったのですか?」

 至極正論で窘められてもヴァーリの表情は変わらないが、少しだけ耳が痛いのか、視線をちょっとだけ外す。

「いや置き忘れてないし、ちゃんとあるし。でも……まぁ……シダナの言いたいことはわかる。でも、俺は考えないようにする。だって……俺さぁ……ずっと、陛下には心から愛してくれる存在が必要だと思ってたんだよ。んだけど、そうじゃなかったんだよなぁ。それより執着できる存在が必要だったんだよ。残念ながら、俺もシダナも、陛下にとってそこまでの存在じゃないし」
「……っ!」

 このヴァーリの言葉には、シダナは反論できなかった。

 シダナとヴァーリが忠誠を誓ってその身を捧げても、アルビスにとったら護るべき存在で、どうやってもその枠から抜け出すことはできない。

 言い換えるなら、シダナとヴァーリは、アルビスから背を向けたら追っては来てもらえない。

 けれど佳蓮は違う。佳蓮はこの世界で唯一、アルビスにとって背を追いたいと思える人物なのだ。

「だからこれでいいんだ。これで陛下は、人として生きていられる。その代わり俺は、ずっとカレンさまの嫌われ役でいるよ。そうすれば少しは、陛下に向かう怒りが減るかもしれないしさ」

 ヴァーリは視線を戻して、シダナを見つめる。その表情は、強い意思に裏付けされた揺るぎないものだった。

 その姿に心を打たれたシダナだが、浮かべた表情は呆れきったものだった。

「馬鹿は馬鹿なりに頑張ってください。あと今の発言は、私の胸の内だけに納めておきますよ」
「そうしてくれ。バレたら意味がないもんな」
 
 カラカラと笑うヴァーリと、眉間を揉みながら溜息を付くシダナの間に再び風が吹く。先ほどより花の香りが強くなったような気がした。

「待たせたな……シダナ、ヴァーリ」

 舞い上がる花吹雪の中、花婿が花嫁との会話を終えて二人の前に姿を現した。
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