皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 死ぬ直前、人間はこれまでの人生が走馬灯のように蘇るという。けれど恐怖のあまり、ぎゅっと目を閉じた佳蓮の瞼には何も映らなかった。

 佳蓮が受けたのは苦痛ではなく、ただの衝撃だけ。

 少年が振り下ろした刃は、佳蓮の喉に埋め込まれるはずだった。けれど刃が喉に触れようとした瞬間、見えない何かが弾けた。

 バリンッとガラスが割れるような破壊音がしたと共に、佳蓮はその衝撃に耐え切れず意識を手放した。

「……っん」

 時間にして数秒。佳蓮はすぐに意識を取り戻した。

 少年に肩を押さえ付けられベッドに横たわっていたはずなのに、なぜか自分は床にうつぶせに倒れている。

 肘を付いて置き上げれば、反対側の壁に背を預けてぐったりしているロタがいた。彼の手は刃物が握られたままだけれど、意識を失っているようでピクリとも動かない。

(た……助かったの!?でも、どうして??)

 アルビスから護りを与えられたことを知らない佳蓮は、更に混乱を極める。頭の中は恐怖より、混乱で埋め尽くされている。

 けれど呆然としていたのは僅かな間だけ。ここに居てはいけないという直感から、佳蓮は裸足のまま部屋を飛び出した。

 転がるように飛び出した廊下には等間隔に明かりが灯ってはいるが、目を凝らさないといけないほど薄暗い。

 城外に出る道がわからない佳蓮は、ひとまず神殿へと足を向ける。

 息を切らしながら廊下を走り抜け一つ目の角を曲がった瞬間、剣を手にしたまま倒れている自分の侍女を発見して佳蓮の足が止まる。
 
「リュリュさん!?」

 佳蓮は慌てて膝を付いてリュリュを抱き起す。軽く揺さぶっても全く動かない。

(死んじゃった……の?)

 縁起ではないことを思った瞬間、ぞわりと背中から悪寒が這い上がってきた。

「起きて、リュリュさん!……ねえ、起きてよ!お願いだから……!!」

 半泣きになった佳蓮は、大声を上げながらリュリュの肩を掴んで乱暴に揺らす。しばらくしてリュリュは、小さく呻き声を上げた。

 たったそれだけの仕草で、佳蓮はその場にへたり込んでしまうほど安堵した。しかし足を止めたのは、大きな過ちだった。

「いやさぁ、こういう時って他人に構わず逃げなきゃいけないんじゃない?」

 足音一つしなかったのに、その声は佳蓮のすぐ後ろから聞こえてきた。

「っ……!」

 佳蓮は恐怖のあまり声が出なかった。けれど佳蓮の腕の中にいるリュリュは、最悪のタイミングで意識を取り戻してしまう。

「……ん」
「駄目!寝たふりしてっ」

 佳蓮がリュリュを抱き込みながら慌てて声をかけた途端、堪えきれないといった感じで少年は噴き出した。

 それからゆっくりと足を動かし佳蓮の前に立つ。少年の手には、しっかりと刃物が握られていた。

「寝たふりしてって……僕に聞こえるように言ったら駄目だよ。でも大丈夫。当分この人動けないから。それに僕、ターゲットしか殺さないよ?これが僕の美学。やみくもに殺すのはただのイカれた奴だしね」

 目を細めて自分語りをした少年に、佳蓮は半目になる。

(刃物を持って追いかけてくるだけでも、十分にイカれた人間だよ!)

 そう反論したい佳蓮だけれど、喉がカラカラに乾いて声が出ない。震える唇をきつく噛んで隠すのが精一杯だ。

「それにしても君は、ものすごいおめでたい人間だね。殺す相手に謝ったり、危機的状況なのに他人を気遣ったり……それって君の性格?それとも君がいた世界がそんな優しい人たちばっかりなの?」

 少年が泣きそうな声で問うても、佳蓮は答えることができない。

 これまで一度も考えたことがないことを訊かれたのだ。何と答えて良いのかわからない。

 困惑する佳蓮をどう受け取ったのかはわからないが、少年は肩をすくめた。

「ま、どっちでもいっか。とにかく君はここじゃ生きられないよ。だって良い子過ぎるし。今殺されなくても、いつか殺される──」

 滔々と語っていた少年だったけれど、突然言葉を止めた。

 憐憫と残忍さが混ざった表情から、鬼ごっこで捕まったような観念した表情に変わる。強く握っていた手から滑るようにナイフが落ちた。

 硬質の石でできた廊下の床にそれが当たり、キンッという音が暗闇のなかにこだまする。

 その余韻の中、少年はまさにお手上げといった感じで両手を上げた。

「……って思ったんだけどなぁ」

 そう呟いた少年の首筋には、二本の刃が添えられていた。
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