43 / 142
一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
6
しおりを挟む
佳蓮の涙を見た瞬間、シダナは己の行動を恥じるように目を伏せた。
佳蓮の言葉を聞いて、涙を目にして、自分がどれだけ驕っていたかを思い知らされたのだ。
誰だって、どんな時だって、人は最低限の選択肢を与えられている。
立ち去ること。立ち向かうこと。誰かに救いを求めること。
けれど異世界の人間である佳蓮は、召喚されてから逃げることもできず、誰かに救いを求めることもできなかった。
「……申し訳なかったです」
シダナは佳蓮に向かって、深く頭を下げた。
けれど佳蓮は何も言わない。零れた涙を拭くことすらせず、じっと見つめるだけ。何を考えているのかさっぱりわからない。
それでもシダナは懐からハンカチを取り出し、佳蓮に差し出す。
「カレンさま、本当にこれまでのこと……どうお詫び申し上げれば──」
「謝らないで」
佳蓮はぴしゃりとシダナの言葉を遮った。
これまでより厳しい口調ではないけれど、シダナは頬を引っ叩かれたように顔を歪めた。
佳蓮は差し出されたハンカチになど見向きもしないで口を開く。
「あなた達は悪いことなんかしてないんでしょ?だったら私に謝る必要なんてないじゃん……それに、今更謝られたって遅すぎるよ」
何も言い返すことができないシダナは、ただただ首を垂れた。
そんなシダナを見つめながら、佳蓮は強く唇を噛んだ。
元の世界とこの世界がまるっと違うことを伝えたくて、シダナに言葉を選ばず理由をぶつけてみた。
彼のポカンとした表情を見たら、ほれみたことかと嘲笑って終わりにしようと思った。
でも一度堰を切った言葉は止めることができなくて、自分でもびっくりするくらい止め処なく溢れてきた。
でもシダナに伝えた理由は、もうどうにもならないこと。今は冬だ。文化祭なんてもうとっくに終わっている。
行きたい大学だってあった。苦手な数学も1学期の終わりにはだいぶ順位があがった。先生もこのまま頑張れば大丈夫だと太鼓判を押してくれたけれど、センター試験を受けることすらできない。
そもそもずっと学校に行っていないのだ。出席日数が足りなくて留年したら受験どころではない。
高校三年生。人生において大切な岐路を迎えるこの時期に時間を奪われるということは、これから先の未来を奪われるのと同じだ。
もう全部終わったと投げやりな気持ちになる。開き直って異世界で贅沢三昧の生活もいいかもとすら思ってしまう。
だけど佳蓮はどうしても戻りたかった。自分の未来がどうなろうとも、自分の体を家族の元に届けたかった。
元の世界では人一人が消えたら、とても大騒ぎになる。そのことをこの世界の人たちは知らない。
未成年が消えたとなれば、メディアは心配する素振りを見せつつ面白おかしく報道するだろう。同情するコメントを吐きつつ、勝手なことを喋りまくるのだろう。ネットでは、もっとえげつないことを書き込まれる。
その言葉で、受けた側がどれだけ傷付くのかなんてお構いなしに。
「シダナさんはさぁ、私が元の世界に戻りたい理由を知りたいって言ってたけど、ぜんぜん理解できてないじゃん。だからもうこれ以上この話をしても意味ないよ。それにあなたたち、私のこと人として見てないでしょ?」
「……カレンさま」
シダナはこれまでのような威圧的な姿が嘘だったかのように眉を下げ、翡翠の瞳は縋るような色すら見せている。
(シダナさんの心に、私の言葉が届いたんだ)
でも佳蓮はもうちっとも嬉しくなんかなかった。本当に本当に今更だった。
「あなた達は私にいいことをしたんでしょ?ならそれでいいじゃん。それともよその私にまで同じ価値観を強要するの?私がこの世界に来て良かった。嬉しい。ありがとうございますって言えば満足する?そう言えば今すぐ帰ってくれる?もう二度とここに来ないでくれる?なら言うよ。これっぽっちも思ってないけど、言ってあげるよ。あーいい世界ですね。こっちに呼んでもらってどうも。いろいろご苦労様です──ねえ、これでいい?満足した?」
佳蓮はそう言いながら足を組んだ。組んだ足に肘を立て頬杖を付いて、横柄な態度を取った。
意地の悪い笑みを浮かべながら、こんなことをしたって虚しいだけだとわかってた。それでも止められなかった。
馬鹿にされたシダナは怒りを覚えるどころか、しゅんと肩を落とし何か言おうと口を開き、閉じる。必死に言葉を探しているのだろう。
(一生そうやっていれば?)
残酷な気持ちを持ってしまう自分に、ほとほとうんざりしながら、佳蓮は席を立った。
佳蓮の言葉を聞いて、涙を目にして、自分がどれだけ驕っていたかを思い知らされたのだ。
誰だって、どんな時だって、人は最低限の選択肢を与えられている。
立ち去ること。立ち向かうこと。誰かに救いを求めること。
けれど異世界の人間である佳蓮は、召喚されてから逃げることもできず、誰かに救いを求めることもできなかった。
「……申し訳なかったです」
シダナは佳蓮に向かって、深く頭を下げた。
けれど佳蓮は何も言わない。零れた涙を拭くことすらせず、じっと見つめるだけ。何を考えているのかさっぱりわからない。
それでもシダナは懐からハンカチを取り出し、佳蓮に差し出す。
「カレンさま、本当にこれまでのこと……どうお詫び申し上げれば──」
「謝らないで」
佳蓮はぴしゃりとシダナの言葉を遮った。
これまでより厳しい口調ではないけれど、シダナは頬を引っ叩かれたように顔を歪めた。
佳蓮は差し出されたハンカチになど見向きもしないで口を開く。
「あなた達は悪いことなんかしてないんでしょ?だったら私に謝る必要なんてないじゃん……それに、今更謝られたって遅すぎるよ」
何も言い返すことができないシダナは、ただただ首を垂れた。
そんなシダナを見つめながら、佳蓮は強く唇を噛んだ。
元の世界とこの世界がまるっと違うことを伝えたくて、シダナに言葉を選ばず理由をぶつけてみた。
彼のポカンとした表情を見たら、ほれみたことかと嘲笑って終わりにしようと思った。
でも一度堰を切った言葉は止めることができなくて、自分でもびっくりするくらい止め処なく溢れてきた。
でもシダナに伝えた理由は、もうどうにもならないこと。今は冬だ。文化祭なんてもうとっくに終わっている。
行きたい大学だってあった。苦手な数学も1学期の終わりにはだいぶ順位があがった。先生もこのまま頑張れば大丈夫だと太鼓判を押してくれたけれど、センター試験を受けることすらできない。
そもそもずっと学校に行っていないのだ。出席日数が足りなくて留年したら受験どころではない。
高校三年生。人生において大切な岐路を迎えるこの時期に時間を奪われるということは、これから先の未来を奪われるのと同じだ。
もう全部終わったと投げやりな気持ちになる。開き直って異世界で贅沢三昧の生活もいいかもとすら思ってしまう。
だけど佳蓮はどうしても戻りたかった。自分の未来がどうなろうとも、自分の体を家族の元に届けたかった。
元の世界では人一人が消えたら、とても大騒ぎになる。そのことをこの世界の人たちは知らない。
未成年が消えたとなれば、メディアは心配する素振りを見せつつ面白おかしく報道するだろう。同情するコメントを吐きつつ、勝手なことを喋りまくるのだろう。ネットでは、もっとえげつないことを書き込まれる。
その言葉で、受けた側がどれだけ傷付くのかなんてお構いなしに。
「シダナさんはさぁ、私が元の世界に戻りたい理由を知りたいって言ってたけど、ぜんぜん理解できてないじゃん。だからもうこれ以上この話をしても意味ないよ。それにあなたたち、私のこと人として見てないでしょ?」
「……カレンさま」
シダナはこれまでのような威圧的な姿が嘘だったかのように眉を下げ、翡翠の瞳は縋るような色すら見せている。
(シダナさんの心に、私の言葉が届いたんだ)
でも佳蓮はもうちっとも嬉しくなんかなかった。本当に本当に今更だった。
「あなた達は私にいいことをしたんでしょ?ならそれでいいじゃん。それともよその私にまで同じ価値観を強要するの?私がこの世界に来て良かった。嬉しい。ありがとうございますって言えば満足する?そう言えば今すぐ帰ってくれる?もう二度とここに来ないでくれる?なら言うよ。これっぽっちも思ってないけど、言ってあげるよ。あーいい世界ですね。こっちに呼んでもらってどうも。いろいろご苦労様です──ねえ、これでいい?満足した?」
佳蓮はそう言いながら足を組んだ。組んだ足に肘を立て頬杖を付いて、横柄な態度を取った。
意地の悪い笑みを浮かべながら、こんなことをしたって虚しいだけだとわかってた。それでも止められなかった。
馬鹿にされたシダナは怒りを覚えるどころか、しゅんと肩を落とし何か言おうと口を開き、閉じる。必死に言葉を探しているのだろう。
(一生そうやっていれば?)
残酷な気持ちを持ってしまう自分に、ほとほとうんざりしながら、佳蓮は席を立った。
58
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
これが私の兄です
よどら文鳥
恋愛
「リーレル=ローラよ、婚約破棄させてもらい慰謝料も請求する!!」
私には婚約破棄されるほどの過失をした覚えがなかった。
理由を尋ねると、私が他の男と外を歩いていたこと、道中でその男が私の顔に触れたことで不倫だと主張してきた。
だが、あれは私の実の兄で、顔に触れた理由も目についたゴミをとってくれていただけだ。
何度も説明をしようとするが、話を聞こうとしてくれない。
周りの使用人たちも私を睨み、弁明を許されるような空気ではなかった。
婚約破棄を宣言されてしまったことを報告するために、急ぎ家へと帰る。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる