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一部 おいとまさせていただきますが......何か?
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メルギオス帝国で唯一魔法を使えるアルビスだが、普段はめったなことではそれを使うことはない。
魔法が廃れて使えないことが人々にとって当たり前なった今、民と同じ目線を持たなくては、政はできないとアルビスは考えている。
しかし唯一無二の存在である佳蓮に関してだけは例外だ。
離宮に監視魔法を張り巡らしているのはもちろん、佳蓮の気配が長時間消えた場合、すぐに感じ取ることができる術も施してある。
このことを知っているのは、側近のシダナとヴァーリだけ。リュリュには知らさせていなかった。
「カレン、帰るぞ」
大股で佳蓮の元に近づいたアルビスは、あっという間に佳蓮を肩に担いだ。
「やだっ、ちょっと触らないでよ!」
暴れる佳蓮を無視して、アルビスは隠し通路の出口とは逆の方向に足を向ける。けれど歩き始めてすぐ、静かに振り返った。
「リュリュを独房に入れておけ。セリオス、お前の沙汰は追って下す」
「はっ」
当然のように受け入れたセリオスに、佳蓮は信じられないといった表情を浮かべた。
どうして、乱暴な扱いを受けた側のリュリュが独房に入れられてしまうのだろう。
どうして、セリオスは言い訳の一つもしないで罰を受け入れようとするのだろう。
(この世界はやっぱりおかしい。受け入れられない)
「リュリュさんは何にも悪いことなんてしてない!独房なんて入れないでっ」
佳蓮は暴れながら、必死にアルビスに訴える。しかし返事はない。
「ねぇ、離してっ」
「危ない。暴れるな」
「なら降ろしてっ」
「すぐに降ろす。しばらく大人しくしていろ」
「嫌だ!」
「……まったく困ったやつだ」
佳蓮は大人しく離宮に戻るつもりなんてなかった。
これまでの鬱憤をはらすかのように、アルビスに担がれたまま全力でもがき、暴れた。人に対してどうよと思うくらい、手足をばたつかせ、彼の背中を何度も叩いた。
けれど、アルビスはびくともしない。歩く速度も変わらない。佳蓮に対して文句一つ言わずに、黙々と隠し通路を歩くだけ。
どれくらい歩いただろうか、突然景色が変わった。とても不思議なことに、気付いたら佳蓮はアルビスに担がれたまま離宮の中にいた。
「……え?なんで?」
瞬きする間に変わった光景に、佳蓮は暴れる手を止めて呆然と呟いた。
「なんでだろうな……さて、降ろすぞ」
アルビスは受けた問いを誤魔化しながら、佳蓮を出窓の物置き部分にそっと座らせた。
次いで、膝を折り目を合わせる。屈んだ拍子に、藍銀の髪がさらりと肩から零れ落ちた。
「どうだ、探検は楽しめたか?」
少し緊張しながら問いかけたアルビスに返ってきたのは、佳蓮の不貞腐れた表情だけだった。
それでもアルビスは再び問いかける。今日はどうしても佳蓮と会話をしたかった。
「身体が随分と冷えていた。すぐに湯でも使うか?」
「触らないでっ」
佳蓮の乱れた髪を撫でつけようとした瞬間、金切り声と共に勢いよく手を振り払われてしまった。
さすがにアルビスも、ここで深紅の瞳に険が帯びる。声も自然と低くなってしまう。
「カレン、逃げれるとでも思ったのか?」
アルビスの問いに、佳蓮はぎりっと奥歯を噛み締めた。
そうだ、その通りだ。逃げ出せると思った。こんなところおさらばできると思っていた。でも……できなかった。
(この人は私の口から不可能だったと言わせたいんだ)
佳蓮は絶対に認めるもんかと唇を強く噛んで、アルビスを睨みつけた。
なのに睨みつけられたその人は、鬱陶しいほど綺麗な微笑を浮かべるだけ。
「もう、気が済んだだろう?それでカレン、お前はどこに行きたかったんだ?答えろ」
癇癪を起した子供をなだめるような口調が癪に障り、佳蓮は怒りに任せて口を開く。
「あんたが居ないところよ!」
叫んだと同時に、佳蓮は全力でアルビスを突き飛ばした。
魔法が廃れて使えないことが人々にとって当たり前なった今、民と同じ目線を持たなくては、政はできないとアルビスは考えている。
しかし唯一無二の存在である佳蓮に関してだけは例外だ。
離宮に監視魔法を張り巡らしているのはもちろん、佳蓮の気配が長時間消えた場合、すぐに感じ取ることができる術も施してある。
このことを知っているのは、側近のシダナとヴァーリだけ。リュリュには知らさせていなかった。
「カレン、帰るぞ」
大股で佳蓮の元に近づいたアルビスは、あっという間に佳蓮を肩に担いだ。
「やだっ、ちょっと触らないでよ!」
暴れる佳蓮を無視して、アルビスは隠し通路の出口とは逆の方向に足を向ける。けれど歩き始めてすぐ、静かに振り返った。
「リュリュを独房に入れておけ。セリオス、お前の沙汰は追って下す」
「はっ」
当然のように受け入れたセリオスに、佳蓮は信じられないといった表情を浮かべた。
どうして、乱暴な扱いを受けた側のリュリュが独房に入れられてしまうのだろう。
どうして、セリオスは言い訳の一つもしないで罰を受け入れようとするのだろう。
(この世界はやっぱりおかしい。受け入れられない)
「リュリュさんは何にも悪いことなんてしてない!独房なんて入れないでっ」
佳蓮は暴れながら、必死にアルビスに訴える。しかし返事はない。
「ねぇ、離してっ」
「危ない。暴れるな」
「なら降ろしてっ」
「すぐに降ろす。しばらく大人しくしていろ」
「嫌だ!」
「……まったく困ったやつだ」
佳蓮は大人しく離宮に戻るつもりなんてなかった。
これまでの鬱憤をはらすかのように、アルビスに担がれたまま全力でもがき、暴れた。人に対してどうよと思うくらい、手足をばたつかせ、彼の背中を何度も叩いた。
けれど、アルビスはびくともしない。歩く速度も変わらない。佳蓮に対して文句一つ言わずに、黙々と隠し通路を歩くだけ。
どれくらい歩いただろうか、突然景色が変わった。とても不思議なことに、気付いたら佳蓮はアルビスに担がれたまま離宮の中にいた。
「……え?なんで?」
瞬きする間に変わった光景に、佳蓮は暴れる手を止めて呆然と呟いた。
「なんでだろうな……さて、降ろすぞ」
アルビスは受けた問いを誤魔化しながら、佳蓮を出窓の物置き部分にそっと座らせた。
次いで、膝を折り目を合わせる。屈んだ拍子に、藍銀の髪がさらりと肩から零れ落ちた。
「どうだ、探検は楽しめたか?」
少し緊張しながら問いかけたアルビスに返ってきたのは、佳蓮の不貞腐れた表情だけだった。
それでもアルビスは再び問いかける。今日はどうしても佳蓮と会話をしたかった。
「身体が随分と冷えていた。すぐに湯でも使うか?」
「触らないでっ」
佳蓮の乱れた髪を撫でつけようとした瞬間、金切り声と共に勢いよく手を振り払われてしまった。
さすがにアルビスも、ここで深紅の瞳に険が帯びる。声も自然と低くなってしまう。
「カレン、逃げれるとでも思ったのか?」
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そうだ、その通りだ。逃げ出せると思った。こんなところおさらばできると思っていた。でも……できなかった。
(この人は私の口から不可能だったと言わせたいんだ)
佳蓮は絶対に認めるもんかと唇を強く噛んで、アルビスを睨みつけた。
なのに睨みつけられたその人は、鬱陶しいほど綺麗な微笑を浮かべるだけ。
「もう、気が済んだだろう?それでカレン、お前はどこに行きたかったんだ?答えろ」
癇癪を起した子供をなだめるような口調が癪に障り、佳蓮は怒りに任せて口を開く。
「あんたが居ないところよ!」
叫んだと同時に、佳蓮は全力でアルビスを突き飛ばした。
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