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一部 おいとまさせていただきますが......何か?

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 それから数日後、アルビスは予定通り北のリフィドーロという領地に視察に向うことになった。

 旅服に身を包んだアルビスは出発前に離宮に立ち寄り、出窓で読書にふける佳蓮に声をかけた。

「しばらく視察で帝都を離れる。もしここにない本が読みたくなったら、幾らでも取り寄せる。だから大人しく待っていろ」
「……」

 アルビスの最後の言葉に、佳蓮は青筋を立てた。

 誰が待つものか。戻って来た時に空っぽになった離宮を見て慌てふためけばいい。

 背を向け去っていくアルビスに、佳蓮は心の中でせせら笑った。





 皇帝が留守にしても、城内は何も変わらない。

 毎日、メイド達は掃除や洗濯に励み、料理長は調理に勤しみ、官職達は与えられた仕事を着々とこなしている。衛兵達も佳蓮の監視を怠ることはない。

「……どうしたもんかなぁ、これ」

 佳蓮は本日も出窓の物置き部分に腰かけて、窓の外を眺めてため息を吐いた。

 アルビスが視察に出立してもう5日が過ぎたが、佳蓮は逃げ出すタイミングが見つからず未だ離宮にいる。

 リュリュといえば、ここから出してあげると言ったっきり変化はない。毎日、お茶を淹れて、軽食を運んでくるだけ。 

(騙されちゃったんだ、私)

 思ったより心のダメージが大きく虚ろな表情を浮かべていた佳蓮だったが、午後を過ぎた頃、状況は一気に変わった。

「長らくお待たせして、申し訳ありません。全ての準備が整いましたので、行きましょう」

 昼食を運んできたかと思えばすぐに離宮を離れたリュリュは、白い布に包まれた何かを両手に抱えて戻って来た。

 この急展開に、佳蓮は手にしていた白パンを滑り落としてしまった。

「あの……行くって……どこに?」
「外でございます」
「へ?」

 佳蓮がきょとんと眼を丸くしても、リュリュの表情は変わらない。向かう先も口にしないが、こげ茶色の目は”言わなくてもわかってますよね?”と訴えている。つまりはそういうことだ。

「うん、行く。すぐ行く……!」

 食べかけの昼食を無視して何度も頷く佳蓮に、リュリュは抱えていた包みを手渡した。

「あいにく今日は一段と冷え込みますので、まずはお召替えをお願いします」
「……うん」

 おずおずと受け取った佳蓮だが、次の瞬間ぎょっとした。

 リュリュが音もたてず、たった一人で天蓋付きのベッドを動かしたのだ。

 まるで空の段ボールを押すような軽々とした動きに、佳蓮は思わずあんぐりと口を開けてしまう。けれど驚くのはこれだけではなかった。

 リュリュは動かしたベッドの位置に膝を付くと、床に顔を近づけて何かを探したかと思えば、あっと小さく声を上げた。

 すぐにギィ……と、物音がしたと思えば、今度は暖炉の前の床の一部が盛り上がる。

 自分が生活していた場所に、こんな仕掛けがあったとは。次から次へと予期せぬことが起きて、佳蓮は頭が収拾がつかない程、真っ白になる。

 対してリュリュは、至って冷静だった。軽々とベッドを元の位置に戻すと、佳蓮に目を向けた。

「離宮は敵に囲まれてしまえば逃げることが不可能です。ですから、こういう隠し通路が用意されているんです。……と、いってもわたくしも昨日までは、この位置を見つけることはできませんでしたが」

 リュリュは申し訳なさそうに眉を下げたが、佳蓮は首を横に振る。

「ううん、そんな……探してくれてありがとう」
「とんでもございません」

 もじもじと指をこねながら佳蓮が感謝の気持ちを伝えると、リュリュは照れくさそうに笑ってくれた。でも、すぐに表情を引き締める。

「さ、カレンさま。急いでお着換えを」
「うん……!」

 状況を把握した佳蓮は、リュリュから受け取った包みを解いて着替えを始めた。
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