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一部 基本無視させていただきますが......何か?

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 佳蓮が過ごしていた元の世界は、四季が色濃く感じる島国だった。
 移り変わる季節を色で例えると、青春、朱夏、白秋、玄冬となる。

 春は青色。夏は赤色。秋は白色。冬は黒色。

 言い得て妙かもしれないけれど、佳蓮は秋に限っては違う色だと思う──柔らかい金の色だと。
 
 佳蓮は四季の中で、秋が一番好きだった。

 早足で陽が短くなり、風の冷たさを感じると共に木々が色づく季節は、春のように活動的ではなく、少し物悲しさを感じさせる。けれども食べ物や人の温もりをより感じることができるので、佳蓮はいつも秋になるのを楽しみにしていた。

 メルギオス帝国も秋真っただ中。心躍る季節のはずだが、佳蓮は死んだ魚のような目をして眼前にある品々を眺めていた。

 離宮は陽の光がふんだんに入るよう大きな窓がいくつもあり、アイボリー色の壁紙は光を反射して眩しい程に明るい。

 そこに綺麗に並べられているのは、煌びやかな宝石と細部まで繊細な技巧を凝らしたドレス。歩くことを前提として作られていない装飾に重きを置いた靴。

(付けたくない。着たくない。履きたくない)

 元の世界でマイスタイルと呼んでいたジャージにサンダル、髪はシュシュで一纏めにした格好を思い出し、佳蓮は望郷の念に駆られる。
 
 佳蓮は母一人、娘一人の母子家庭だった。ベテラン看護師の母のおかげで生活は困窮しなかったけれど、佳蓮はジャージばかりを好んで着ていた。

 そんな佳蓮を見て母親である美里は、事あるごとに「もう女の子なんだから、もっと可愛い恰好をしなさいよ」と嘆いていた。

(お母さんがこれ見たらなんて言うかな)

 きっと「過激すぎる」と言って腹を抱えて笑うだろう。もしかしたら「機能性に欠ける」と真面目な顔でコメントするかもしれない。 

 母親と会えなくなって一ヶ月。アルビスからの贈り物を不快に思う気持ちと、母親への恋しさで佳蓮の心がぐちゃぐちゃになる。

 なのに佳蓮のすぐそばにいる侍女は、満面の笑みを浮かべている。

「さぁ陛下がお待ちです。カレンさま、どうぞ袖を通してくださいませ」

 侍女ことリュリュは、佳蓮が離宮に連行されてすぐに宛がわれた。

 正確な年齢はわからないけれど、多分2、3歳年上でこげ茶色の髪は、いつもきっちりと結い上げている。

 美人の部類に入るリュリュは背も高く、一見つんとした印象を与える。でも笑うとえくぼが浮かび、ガラッと雰囲気が変わる。

 こんな出会い方をしなければと悔やむほど、リュリュは親しみやすい女性だ。

 でも佳蓮はリュリュに何も言葉を返さず、更にうんざりした表情を浮かべた。
 
「あの……カレンさま、お気に召しませんでしたか?」

 信じられないと目を丸くするリュリュに、佳蓮はあきれ顔になる。

 この人はきっと、飼い主のエゴで服を着せられる犬や猫の気持ちなんてわからない。知ろうともしないし、知る必要だってないだろう。

(いいなぁー)

 佳蓮は初めて、この世界の人間を羨ましいと思った。少し前の自分を見ているような気持ちにさえなった。

「ねえ、あなたはコレ、いいって思うの?」

 気付けばそんな問いをリュリュに投げかけていた。

「もちろんです。陛下がカレン様のことを想い、直接お選びになったのですもの。素晴らしいに決まってます!」
「……へぇ」

 どうしたら、そんなふうに思えるのだろうか。

 頭の中がお花畑のリュリュに再び訊いてみたいと思ったけれど、期待する言葉は絶対にもらえないだろう。

(もういいや……)

 カレンはため息を吐くと、煌びやかなドレスに背を向け、出窓に腰かけた。

 アルビスからの贈り物なんて受け取りたくないし、見たくもない。さっさと返すなり捨てるなりして。

 そう伝えようと思ったけれど、ここで離宮の扉が開かれた。ビクッと肩を震わせてそこに視線を向ければ、見覚えのある騎士がいた。

 騎士の名は、ヴァーリ・ウルセル。二十代半ばの茶褐色の短い髪と瞳を持つ、爽やか系のイケメンでアルビスの側近兼護衛の一人。騎士らしく長身で筋肉質な体つきだ。

 ただ見た目は好青年ではあるが、中身は違う。佳蓮が召喚された時、「よっしゃ」とガッツポーズを決めた不届き者である。

「ごきげんよう、カレン様」
「……」
「あーえーっと、陛下からの伝言を預かったんでお届けにきました」
「……」
「温室で待ってる。とのことです……んじゃ!俺、外で待ってるんで、チャチャッと準備してきてくださいねー」

 殺意すら覚える騎士の一方的な発言に、佳蓮は「誰が行くか!」と怒鳴り声をあげようとした。

 けれどそれを拒むようにバタンッ!と乱暴に扉が閉められ、離宮内に沈黙が落ちる。

「……無視したらどうなるんだろう」

 ポツリと呟いた佳蓮に、リュリュがはっきりとした口調で答えた。

「わたくしの首が飛ぶだけでございます」

 この言葉に鳥肌が立った佳蓮は、不本意ながら温室に向かうことにした。
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