8 / 142
一部 基本無視させていただきますが......何か?
5
しおりを挟む
佳蓮が過ごしていた元の世界は、四季が色濃く感じる島国だった。
移り変わる季節を色で例えると、青春、朱夏、白秋、玄冬となる。
春は青色。夏は赤色。秋は白色。冬は黒色。
言い得て妙かもしれないけれど、佳蓮は秋に限っては違う色だと思う──柔らかい金の色だと。
佳蓮は四季の中で、秋が一番好きだった。
早足で陽が短くなり、風の冷たさを感じると共に木々が色づく季節は、春のように活動的ではなく、少し物悲しさを感じさせる。けれども食べ物や人の温もりをより感じることができるので、佳蓮はいつも秋になるのを楽しみにしていた。
メルギオス帝国も秋真っただ中。心躍る季節のはずだが、佳蓮は死んだ魚のような目をして眼前にある品々を眺めていた。
離宮は陽の光がふんだんに入るよう大きな窓がいくつもあり、アイボリー色の壁紙は光を反射して眩しい程に明るい。
そこに綺麗に並べられているのは、煌びやかな宝石と細部まで繊細な技巧を凝らしたドレス。歩くことを前提として作られていない装飾に重きを置いた靴。
(付けたくない。着たくない。履きたくない)
元の世界でマイスタイルと呼んでいたジャージにサンダル、髪はシュシュで一纏めにした格好を思い出し、佳蓮は望郷の念に駆られる。
佳蓮は母一人、娘一人の母子家庭だった。ベテラン看護師の母のおかげで生活は困窮しなかったけれど、佳蓮はジャージばかりを好んで着ていた。
そんな佳蓮を見て母親である美里は、事あるごとに「もう女の子なんだから、もっと可愛い恰好をしなさいよ」と嘆いていた。
(お母さんがこれ見たらなんて言うかな)
きっと「過激すぎる」と言って腹を抱えて笑うだろう。もしかしたら「機能性に欠ける」と真面目な顔でコメントするかもしれない。
母親と会えなくなって一ヶ月。アルビスからの贈り物を不快に思う気持ちと、母親への恋しさで佳蓮の心がぐちゃぐちゃになる。
なのに佳蓮のすぐそばにいる侍女は、満面の笑みを浮かべている。
「さぁ陛下がお待ちです。カレンさま、どうぞ袖を通してくださいませ」
侍女ことリュリュは、佳蓮が離宮に連行されてすぐに宛がわれた。
正確な年齢はわからないけれど、多分2、3歳年上でこげ茶色の髪は、いつもきっちりと結い上げている。
美人の部類に入るリュリュは背も高く、一見つんとした印象を与える。でも笑うとえくぼが浮かび、ガラッと雰囲気が変わる。
こんな出会い方をしなければと悔やむほど、リュリュは親しみやすい女性だ。
でも佳蓮はリュリュに何も言葉を返さず、更にうんざりした表情を浮かべた。
「あの……カレンさま、お気に召しませんでしたか?」
信じられないと目を丸くするリュリュに、佳蓮はあきれ顔になる。
この人はきっと、飼い主のエゴで服を着せられる犬や猫の気持ちなんてわからない。知ろうともしないし、知る必要だってないだろう。
(いいなぁー)
佳蓮は初めて、この世界の人間を羨ましいと思った。少し前の自分を見ているような気持ちにさえなった。
「ねえ、あなたはコレ、いいって思うの?」
気付けばそんな問いをリュリュに投げかけていた。
「もちろんです。陛下がカレン様のことを想い、直接お選びになったのですもの。素晴らしいに決まってます!」
「……へぇ」
どうしたら、そんなふうに思えるのだろうか。
頭の中がお花畑のリュリュに再び訊いてみたいと思ったけれど、期待する言葉は絶対にもらえないだろう。
(もういいや……)
カレンはため息を吐くと、煌びやかなドレスに背を向け、出窓に腰かけた。
アルビスからの贈り物なんて受け取りたくないし、見たくもない。さっさと返すなり捨てるなりして。
そう伝えようと思ったけれど、ここで離宮の扉が開かれた。ビクッと肩を震わせてそこに視線を向ければ、見覚えのある騎士がいた。
騎士の名は、ヴァーリ・ウルセル。二十代半ばの茶褐色の短い髪と瞳を持つ、爽やか系のイケメンでアルビスの側近兼護衛の一人。騎士らしく長身で筋肉質な体つきだ。
ただ見た目は好青年ではあるが、中身は違う。佳蓮が召喚された時、「よっしゃ」とガッツポーズを決めた不届き者である。
「ごきげんよう、カレン様」
「……」
「あーえーっと、陛下からの伝言を預かったんでお届けにきました」
「……」
「温室で待ってる。とのことです……んじゃ!俺、外で待ってるんで、チャチャッと準備してきてくださいねー」
殺意すら覚える騎士の一方的な発言に、佳蓮は「誰が行くか!」と怒鳴り声をあげようとした。
けれどそれを拒むようにバタンッ!と乱暴に扉が閉められ、離宮内に沈黙が落ちる。
「……無視したらどうなるんだろう」
ポツリと呟いた佳蓮に、リュリュがはっきりとした口調で答えた。
「わたくしの首が飛ぶだけでございます」
この言葉に鳥肌が立った佳蓮は、不本意ながら温室に向かうことにした。
移り変わる季節を色で例えると、青春、朱夏、白秋、玄冬となる。
春は青色。夏は赤色。秋は白色。冬は黒色。
言い得て妙かもしれないけれど、佳蓮は秋に限っては違う色だと思う──柔らかい金の色だと。
佳蓮は四季の中で、秋が一番好きだった。
早足で陽が短くなり、風の冷たさを感じると共に木々が色づく季節は、春のように活動的ではなく、少し物悲しさを感じさせる。けれども食べ物や人の温もりをより感じることができるので、佳蓮はいつも秋になるのを楽しみにしていた。
メルギオス帝国も秋真っただ中。心躍る季節のはずだが、佳蓮は死んだ魚のような目をして眼前にある品々を眺めていた。
離宮は陽の光がふんだんに入るよう大きな窓がいくつもあり、アイボリー色の壁紙は光を反射して眩しい程に明るい。
そこに綺麗に並べられているのは、煌びやかな宝石と細部まで繊細な技巧を凝らしたドレス。歩くことを前提として作られていない装飾に重きを置いた靴。
(付けたくない。着たくない。履きたくない)
元の世界でマイスタイルと呼んでいたジャージにサンダル、髪はシュシュで一纏めにした格好を思い出し、佳蓮は望郷の念に駆られる。
佳蓮は母一人、娘一人の母子家庭だった。ベテラン看護師の母のおかげで生活は困窮しなかったけれど、佳蓮はジャージばかりを好んで着ていた。
そんな佳蓮を見て母親である美里は、事あるごとに「もう女の子なんだから、もっと可愛い恰好をしなさいよ」と嘆いていた。
(お母さんがこれ見たらなんて言うかな)
きっと「過激すぎる」と言って腹を抱えて笑うだろう。もしかしたら「機能性に欠ける」と真面目な顔でコメントするかもしれない。
母親と会えなくなって一ヶ月。アルビスからの贈り物を不快に思う気持ちと、母親への恋しさで佳蓮の心がぐちゃぐちゃになる。
なのに佳蓮のすぐそばにいる侍女は、満面の笑みを浮かべている。
「さぁ陛下がお待ちです。カレンさま、どうぞ袖を通してくださいませ」
侍女ことリュリュは、佳蓮が離宮に連行されてすぐに宛がわれた。
正確な年齢はわからないけれど、多分2、3歳年上でこげ茶色の髪は、いつもきっちりと結い上げている。
美人の部類に入るリュリュは背も高く、一見つんとした印象を与える。でも笑うとえくぼが浮かび、ガラッと雰囲気が変わる。
こんな出会い方をしなければと悔やむほど、リュリュは親しみやすい女性だ。
でも佳蓮はリュリュに何も言葉を返さず、更にうんざりした表情を浮かべた。
「あの……カレンさま、お気に召しませんでしたか?」
信じられないと目を丸くするリュリュに、佳蓮はあきれ顔になる。
この人はきっと、飼い主のエゴで服を着せられる犬や猫の気持ちなんてわからない。知ろうともしないし、知る必要だってないだろう。
(いいなぁー)
佳蓮は初めて、この世界の人間を羨ましいと思った。少し前の自分を見ているような気持ちにさえなった。
「ねえ、あなたはコレ、いいって思うの?」
気付けばそんな問いをリュリュに投げかけていた。
「もちろんです。陛下がカレン様のことを想い、直接お選びになったのですもの。素晴らしいに決まってます!」
「……へぇ」
どうしたら、そんなふうに思えるのだろうか。
頭の中がお花畑のリュリュに再び訊いてみたいと思ったけれど、期待する言葉は絶対にもらえないだろう。
(もういいや……)
カレンはため息を吐くと、煌びやかなドレスに背を向け、出窓に腰かけた。
アルビスからの贈り物なんて受け取りたくないし、見たくもない。さっさと返すなり捨てるなりして。
そう伝えようと思ったけれど、ここで離宮の扉が開かれた。ビクッと肩を震わせてそこに視線を向ければ、見覚えのある騎士がいた。
騎士の名は、ヴァーリ・ウルセル。二十代半ばの茶褐色の短い髪と瞳を持つ、爽やか系のイケメンでアルビスの側近兼護衛の一人。騎士らしく長身で筋肉質な体つきだ。
ただ見た目は好青年ではあるが、中身は違う。佳蓮が召喚された時、「よっしゃ」とガッツポーズを決めた不届き者である。
「ごきげんよう、カレン様」
「……」
「あーえーっと、陛下からの伝言を預かったんでお届けにきました」
「……」
「温室で待ってる。とのことです……んじゃ!俺、外で待ってるんで、チャチャッと準備してきてくださいねー」
殺意すら覚える騎士の一方的な発言に、佳蓮は「誰が行くか!」と怒鳴り声をあげようとした。
けれどそれを拒むようにバタンッ!と乱暴に扉が閉められ、離宮内に沈黙が落ちる。
「……無視したらどうなるんだろう」
ポツリと呟いた佳蓮に、リュリュがはっきりとした口調で答えた。
「わたくしの首が飛ぶだけでございます」
この言葉に鳥肌が立った佳蓮は、不本意ながら温室に向かうことにした。
63
お気に入りに追加
3,076
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
逃がす気は更々ない
棗
恋愛
前世、友人に勧められた小説の世界に転生した。それも、病に苦しむ皇太子を見捨て侯爵家を追放されたリナリア=ヘヴンズゲートに。
リナリアの末路を知っているが故に皇太子の病を癒せる花を手に入れても聖域に留まり、神官であり管理者でもあるユナンと過ごそうと思っていたのだが……。
※なろうさんにも公開中。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
この国の王族に嫁ぐのは断固拒否します
鍋
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢?
そんなの分からないけど、こんな性事情は受け入れられません。
ヒロインに王子様は譲ります。
私は好きな人を見つけます。
一章 17話完結 毎日12時に更新します。
二章 7話完結 毎日12時に更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる