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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?(修正終わってます)
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元の世界では寝つきが良かった佳蓮だが、この世界に召喚されてから慢性的な不眠症になってしまった。
特にトゥ・シェーナ城に住まいを移してからは、寝るというより身体が限界を迎えて意識を失うといった感じで、睡眠らしい睡眠を取ることができていない。
それでも再び元の世界に戻ると気持ちを固めた今は、無理にでも睡眠を取ろうと頑張っている。
とはいえこの世界には良質な睡眠導入剤などない。佳蓮に与えられるのは、リュリュが用意するリラックス効果のあるお茶と、お香と、肌触りのいい寝具だけ。
眠りの浅い人間は、夢を見やすい。佳蓮も例外ではなく、やっと眠りにつけたとしても、嫌な夢ばかり見る。
けれど、今日は全く違う夢だった。懐かしくて、切なくて、これまでずっと望んでも見ることができなかった、元の世界の夢だった。
*
髪を振り乱して全速力で駆けるもう一人の自分を、佳蓮は少し離れた場所から見下ろしていた。
(あ、これ……異世界に召喚されてしまう直前の夢じゃん)
夢だと気付いた佳蓮は苦笑する。
「馬鹿だなぁ、あんなに頑張って走ったって、家に帰る事なんかできないのに……」
ため息交じりに呟いてみるが、もう一人の自分には離れすぎていて届かない。ふわふわと浮いているこの感じは、まるで自分が幽霊にでもなったようだ。
空を飛ぶ夢は、欲求不満の現れだと聞いたことがある。確かに今は元の世界に戻りたいという欲求が高まって、激しく欲求不満である。
浮遊感のある夢の中は、思うようには動けない。もどかしさを抱えながらも、佳蓮はもう一人の自分から目を離すことはしない。
この後の展開はわかっていても、最後の瞬間まで見届けたい。そう思っていたけれど、
「あ……!」
佳蓮は思わず声を上げた。
もう一人の自分が、ホームに到着した電車に飛び乗る直前に豪快に転倒したのだ。
転んだ本人は、かなりの衝撃を受けたのだろう。倒れ込んだまま動かない。無情にも電車は、もう一人の自分を残して進んでいく。
とても痛々し光景だったけれど、もう一人の自分は消えることなく、足を引きずりながらホームのベンチに腰を下ろす。
そして擦りむいた膝を見て半泣きになりながら鞄をガサゴソと探り、ほっとしたように笑みを浮かべた。
鞄には母親に渡す婚姻届が入っていた。ちょっと歪に結んだリボンも、そのままの形を整っている。
「……良かった」
傍観していた佳蓮は、胸を撫でおろした。もう一人の自分は、そわそわと落ち着かない様子で次の電車を待っている。
わかっている。これは自分の願望が見せている夢だ。
あの時、あの電車に無理して乗らなければ、こんなところに召喚されなかったと何度も悔いたから、そうじゃない未来を、自分が自分に見せているだけだ。
「……ははっ、なにそれ」
佳蓮は泣くのを我慢する代わりに、乾いた笑い声を上げた。その瞬間、芝居のように辺りが暗転して、景色が変わった。
目の前には、離宮の中の光景が広がっていた。懐かしいという感情は全くないけれど、見覚えがあるここにアルビスがいた。
佳蓮はやっぱりこれは夢だと痛感する。あんなことをされた後なのに、身体が震えていないし、冷静にアルビスを見ることだってできている。
離宮の中に移動した時にはもう、もう一人の自分はいなかった。自分自身がアルビスと向かい合っている。
真っ直ぐに佳蓮を見つめるアルビスは記憶の通りで、背の中ほどまである藍銀色の髪はさらさらで、深紅の瞳は窓から注ぐ陽の光で血の色に見えた。
規格外に美しい皇帝。
でもとても孤独な皇帝。
家来にさえ同情されてしまう可哀想な人。
そんな憐れな皇帝の寂しさを埋める為に、自分はたくさんのものを失ってしまった。大切な家族と未来を奪われてしまったのだ。許せない。許せるはずがない。
でも憎らしい相手でも、少しくらいは彼の事を知っている。
藍銀の髪は昼間は銀の色の方が強くて、夜になれば藍の色の方が強くなる。こちらが質問すれば、絶対に応えてくれる。
アルビスを見れば必ず目が合うことも。それは常に彼がこちらを見ているから。
知っていることを頭の中でつらつらと読み上げても、やっぱりそれだけだ。アルビスと自分はどうあっても他人で、それ以上のことは知りたいとも思わない。
だから自分がされた事と、彼の身に起こったことは一緒くたには考えられない。
どんなに考えても、アルビスの幸せのために自分が犠牲になったことには納得できない。反面、そうせざるを得なかった彼の選択はわからなくもない。
でもアルビスは何も犠牲にしていない。リスクはあったにせよ、それでも彼は召喚を成功させた時点で、一方的に得る立場になったのだ。
(私が一番許せないのは、そこなんだろうな)
アルビスへ向ける憎しみが何なのかわかったけれど、彼に自分と同じ思いをさせたからといって、果たしてそれで満足できるのだろうか。
ちょっとは溜飲が下がるかもしれないけれど、すぐに虚しい気持ちが追いつくだろう。
なら自分が抱えている、このモヤモヤした気持ちはどこにぶつければ良い?どうやったら元の世界に戻れるの?どうしたらサプライズのやり直しができるのだろう。
辛い。苦しい。悲しい。悔しい。痛い──寂しい。
「あとどれくらいこんな気持ちを抱えて過ごさなきゃいけないの!?誰でも良いから教えてよ……!」
いつの間にか悲痛な叫びに変わってしまった佳蓮の意識が途切れた。まるでテレビの電源を落としてしまったかのように、プツンと。
「──あ……れ、起きちゃったの?」
目を開けた途端、そんな困った声が耳朶に響く。
手に物騒なものを持った少年が、佳蓮を覗き込んでいたのだ。困惑しているしている少年の髪は、月明かりでも柔らかそうな黄金色の髪だった。
人形のような可愛らしい顔つきの少年を視界に収めた途端、佳蓮はひゅっと声にならない悲鳴を上げた。
この城は男子禁制に男性なのに、少年がいる。しかも目つきは鋭いし、口元に笑みを浮かべているが、親しげなものではない。何より彼は凶器を手にしている。
(ちょ、これ、もしかしてヤバイやつじゃ……)
気づきたくもなかった現実に気づいてしまえば、佳蓮は全身から血を抜き取られてしまったかのように、急激に身体がカタカタと震える。
(なんで起きちゃったのよ、私の馬鹿!)
この状況を打破する知恵もなければ、交渉する話術も持っていない。
無力な自分は、絶対に助からない。どうせ結果は同じなら、知らないうちに……と、佳蓮は恐怖に身をすくませながら、そんな投げやりなことを思ってしまった。
特にトゥ・シェーナ城に住まいを移してからは、寝るというより身体が限界を迎えて意識を失うといった感じで、睡眠らしい睡眠を取ることができていない。
それでも再び元の世界に戻ると気持ちを固めた今は、無理にでも睡眠を取ろうと頑張っている。
とはいえこの世界には良質な睡眠導入剤などない。佳蓮に与えられるのは、リュリュが用意するリラックス効果のあるお茶と、お香と、肌触りのいい寝具だけ。
眠りの浅い人間は、夢を見やすい。佳蓮も例外ではなく、やっと眠りにつけたとしても、嫌な夢ばかり見る。
けれど、今日は全く違う夢だった。懐かしくて、切なくて、これまでずっと望んでも見ることができなかった、元の世界の夢だった。
*
髪を振り乱して全速力で駆けるもう一人の自分を、佳蓮は少し離れた場所から見下ろしていた。
(あ、これ……異世界に召喚されてしまう直前の夢じゃん)
夢だと気付いた佳蓮は苦笑する。
「馬鹿だなぁ、あんなに頑張って走ったって、家に帰る事なんかできないのに……」
ため息交じりに呟いてみるが、もう一人の自分には離れすぎていて届かない。ふわふわと浮いているこの感じは、まるで自分が幽霊にでもなったようだ。
空を飛ぶ夢は、欲求不満の現れだと聞いたことがある。確かに今は元の世界に戻りたいという欲求が高まって、激しく欲求不満である。
浮遊感のある夢の中は、思うようには動けない。もどかしさを抱えながらも、佳蓮はもう一人の自分から目を離すことはしない。
この後の展開はわかっていても、最後の瞬間まで見届けたい。そう思っていたけれど、
「あ……!」
佳蓮は思わず声を上げた。
もう一人の自分が、ホームに到着した電車に飛び乗る直前に豪快に転倒したのだ。
転んだ本人は、かなりの衝撃を受けたのだろう。倒れ込んだまま動かない。無情にも電車は、もう一人の自分を残して進んでいく。
とても痛々し光景だったけれど、もう一人の自分は消えることなく、足を引きずりながらホームのベンチに腰を下ろす。
そして擦りむいた膝を見て半泣きになりながら鞄をガサゴソと探り、ほっとしたように笑みを浮かべた。
鞄には母親に渡す婚姻届が入っていた。ちょっと歪に結んだリボンも、そのままの形を整っている。
「……良かった」
傍観していた佳蓮は、胸を撫でおろした。もう一人の自分は、そわそわと落ち着かない様子で次の電車を待っている。
わかっている。これは自分の願望が見せている夢だ。
あの時、あの電車に無理して乗らなければ、こんなところに召喚されなかったと何度も悔いたから、そうじゃない未来を、自分が自分に見せているだけだ。
「……ははっ、なにそれ」
佳蓮は泣くのを我慢する代わりに、乾いた笑い声を上げた。その瞬間、芝居のように辺りが暗転して、景色が変わった。
目の前には、離宮の中の光景が広がっていた。懐かしいという感情は全くないけれど、見覚えがあるここにアルビスがいた。
佳蓮はやっぱりこれは夢だと痛感する。あんなことをされた後なのに、身体が震えていないし、冷静にアルビスを見ることだってできている。
離宮の中に移動した時にはもう、もう一人の自分はいなかった。自分自身がアルビスと向かい合っている。
真っ直ぐに佳蓮を見つめるアルビスは記憶の通りで、背の中ほどまである藍銀色の髪はさらさらで、深紅の瞳は窓から注ぐ陽の光で血の色に見えた。
規格外に美しい皇帝。
でもとても孤独な皇帝。
家来にさえ同情されてしまう可哀想な人。
そんな憐れな皇帝の寂しさを埋める為に、自分はたくさんのものを失ってしまった。大切な家族と未来を奪われてしまったのだ。許せない。許せるはずがない。
でも憎らしい相手でも、少しくらいは彼の事を知っている。
藍銀の髪は昼間は銀の色の方が強くて、夜になれば藍の色の方が強くなる。こちらが質問すれば、絶対に応えてくれる。
アルビスを見れば必ず目が合うことも。それは常に彼がこちらを見ているから。
知っていることを頭の中でつらつらと読み上げても、やっぱりそれだけだ。アルビスと自分はどうあっても他人で、それ以上のことは知りたいとも思わない。
だから自分がされた事と、彼の身に起こったことは一緒くたには考えられない。
どんなに考えても、アルビスの幸せのために自分が犠牲になったことには納得できない。反面、そうせざるを得なかった彼の選択はわからなくもない。
でもアルビスは何も犠牲にしていない。リスクはあったにせよ、それでも彼は召喚を成功させた時点で、一方的に得る立場になったのだ。
(私が一番許せないのは、そこなんだろうな)
アルビスへ向ける憎しみが何なのかわかったけれど、彼に自分と同じ思いをさせたからといって、果たしてそれで満足できるのだろうか。
ちょっとは溜飲が下がるかもしれないけれど、すぐに虚しい気持ちが追いつくだろう。
なら自分が抱えている、このモヤモヤした気持ちはどこにぶつければ良い?どうやったら元の世界に戻れるの?どうしたらサプライズのやり直しができるのだろう。
辛い。苦しい。悲しい。悔しい。痛い──寂しい。
「あとどれくらいこんな気持ちを抱えて過ごさなきゃいけないの!?誰でも良いから教えてよ……!」
いつの間にか悲痛な叫びに変わってしまった佳蓮の意識が途切れた。まるでテレビの電源を落としてしまったかのように、プツンと。
「──あ……れ、起きちゃったの?」
目を開けた途端、そんな困った声が耳朶に響く。
手に物騒なものを持った少年が、佳蓮を覗き込んでいたのだ。困惑しているしている少年の髪は、月明かりでも柔らかそうな黄金色の髪だった。
人形のような可愛らしい顔つきの少年を視界に収めた途端、佳蓮はひゅっと声にならない悲鳴を上げた。
この城は男子禁制に男性なのに、少年がいる。しかも目つきは鋭いし、口元に笑みを浮かべているが、親しげなものではない。何より彼は凶器を手にしている。
(ちょ、これ、もしかしてヤバイやつじゃ……)
気づきたくもなかった現実に気づいてしまえば、佳蓮は全身から血を抜き取られてしまったかのように、急激に身体がカタカタと震える。
(なんで起きちゃったのよ、私の馬鹿!)
この状況を打破する知恵もなければ、交渉する話術も持っていない。
無力な自分は、絶対に助からない。どうせ結果は同じなら、知らないうちに……と、佳蓮は恐怖に身をすくませながら、そんな投げやりなことを思ってしまった。
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