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一部 基本無視させていただきますが......何か?
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帝国とはいくつかの人種や民族を支配し、広大な領地を治める国家のこと。そして皇帝とは、自分の国だけでなく、他国や領土も支配する統治者のことである。
そのせいか皇帝というのは、血生臭い暴君というイメージを持つ者が少なからずいる。
例にもれずメルギオス帝国も長い歴史の中、侵略侵攻を繰り返し、領土を奪い、自国のものにしてきたが、若くして皇帝となったアルビス・デュ・リュスガレフは、人民を苦しめる暴虐な君主ではない。
税の徴収はすべて平等に行い、病院や学舎も領地に関係なく建築する。領主より民の声を優先し、必要であれば自らその地に赴き最善の指示を下すことも。
侵略された側からすればどうしたって禍根を残す部分はあるけれど、歴代の皇帝の中で最も民に慕われている君主であることは間違いない。
優しい皇帝陛下。
賢明な皇帝陛下。
見目麗しく、駿才と徳を兼ね備えた立派な皇帝陛下。
民はそう口をそろえてアルビスを崇め、褒め称える。
そんなアルビスだけれど、彼には唯一手に入らないものがある。それは妻となるはずの異世界の少女──結月佳蓮の心。
佳蓮とアルビスは被害者と加害者の関係で、アルビスは佳蓮にとって憎むべき加害者。罪を犯したアルビスは、一生、佳蓮から想いを向けられることはない。
このお話は、二人が夫婦の契りを交わす半年前から始まる。
*
帝都フィウォールにあるロダ・ポロチェ城は民を見下ろすかのように、岩山の上に建てられている。
城門から続く建物は外廷と呼ばれ、政務や謁見、国家的な儀式などを行う場所。近衛兵が厳重に警備する内門の奥には、皇族が私的な生活を行う内廷部分がある。
この巨大な城は二つの顔を持っている。
外廷部分は、国家の繁栄を見せ付けるかのように歴代の皇帝の肖像画が掲げられ、背に翼が生えた獅子の紋章が立ち入る者を威圧するように散りばめられている。
けれど、内廷部分は違う。皇族が生活をする場ということで、心地良さに重きを置いた空間となっている。
柔らかな曲線を描く窓から見える景色は四季折々の風景を楽しめるよう、整えられた庭がよく見えるように設計されている。
休日と呼べるものなどなく日中のほとんどを政務の為に使う皇帝は、内廷など寝るためだけに戻る場所だから不要なものに思えるかもしれない。
けれど内廷は皇帝だけの住処ではない。皇后と側室が生活する場でもある。
思うように外出することができないのは皇后も側室も同じ。鳥籠のように囲われている彼女たちのために、内廷は住み心地の良い造りとなっている。
もちろん皇后も側室がむやみに顔を合わせぬよう、居住区はしっかりと距離を取ってある。
そんなロダ・ポロチェ城は、政を行う場であり、国の中枢であり、皇族の住居であり、側室の住居でもある、寥郭たる建物なのだ。
木の葉を乾いた夜の秋風がさわさわと揺さぶり、物悲しい音色を奏でる。
それを耳に納めながら、アルビスは足早である場所へ向かっていた。頬にかかる藍銀の髪を払う時間を惜しむほどに。
彼にとって政務は、呼吸をするのと同義語だ。当たり前のことで、自分にとって必要なもの。
けれど通常の政務に加え緊急会議が入り、予期せぬ嘆願書が飛び込んでくれば、さすがに疲労を隠せない。しかしアルビスは、己の体調のことなどどうでも良かった。とにかく焦っていた。
夜は更け、月の位置はずいぶん高い場所にある。帝都の民は、とっくに眠りに落ちている時間だ。
(もう、眠ってしまっただろうか)
そならそれで構わない。
眠れているなら、それでいい。ただそれをきちんと自分の目で確かめたい。彼女がここにいることを、今日もこの目で確認したい。
アルビスは、これから向かう先にいる人物の顔を思いだし、無意識に胸に手を当てた。
そのせいか皇帝というのは、血生臭い暴君というイメージを持つ者が少なからずいる。
例にもれずメルギオス帝国も長い歴史の中、侵略侵攻を繰り返し、領土を奪い、自国のものにしてきたが、若くして皇帝となったアルビス・デュ・リュスガレフは、人民を苦しめる暴虐な君主ではない。
税の徴収はすべて平等に行い、病院や学舎も領地に関係なく建築する。領主より民の声を優先し、必要であれば自らその地に赴き最善の指示を下すことも。
侵略された側からすればどうしたって禍根を残す部分はあるけれど、歴代の皇帝の中で最も民に慕われている君主であることは間違いない。
優しい皇帝陛下。
賢明な皇帝陛下。
見目麗しく、駿才と徳を兼ね備えた立派な皇帝陛下。
民はそう口をそろえてアルビスを崇め、褒め称える。
そんなアルビスだけれど、彼には唯一手に入らないものがある。それは妻となるはずの異世界の少女──結月佳蓮の心。
佳蓮とアルビスは被害者と加害者の関係で、アルビスは佳蓮にとって憎むべき加害者。罪を犯したアルビスは、一生、佳蓮から想いを向けられることはない。
このお話は、二人が夫婦の契りを交わす半年前から始まる。
*
帝都フィウォールにあるロダ・ポロチェ城は民を見下ろすかのように、岩山の上に建てられている。
城門から続く建物は外廷と呼ばれ、政務や謁見、国家的な儀式などを行う場所。近衛兵が厳重に警備する内門の奥には、皇族が私的な生活を行う内廷部分がある。
この巨大な城は二つの顔を持っている。
外廷部分は、国家の繁栄を見せ付けるかのように歴代の皇帝の肖像画が掲げられ、背に翼が生えた獅子の紋章が立ち入る者を威圧するように散りばめられている。
けれど、内廷部分は違う。皇族が生活をする場ということで、心地良さに重きを置いた空間となっている。
柔らかな曲線を描く窓から見える景色は四季折々の風景を楽しめるよう、整えられた庭がよく見えるように設計されている。
休日と呼べるものなどなく日中のほとんどを政務の為に使う皇帝は、内廷など寝るためだけに戻る場所だから不要なものに思えるかもしれない。
けれど内廷は皇帝だけの住処ではない。皇后と側室が生活する場でもある。
思うように外出することができないのは皇后も側室も同じ。鳥籠のように囲われている彼女たちのために、内廷は住み心地の良い造りとなっている。
もちろん皇后も側室がむやみに顔を合わせぬよう、居住区はしっかりと距離を取ってある。
そんなロダ・ポロチェ城は、政を行う場であり、国の中枢であり、皇族の住居であり、側室の住居でもある、寥郭たる建物なのだ。
木の葉を乾いた夜の秋風がさわさわと揺さぶり、物悲しい音色を奏でる。
それを耳に納めながら、アルビスは足早である場所へ向かっていた。頬にかかる藍銀の髪を払う時間を惜しむほどに。
彼にとって政務は、呼吸をするのと同義語だ。当たり前のことで、自分にとって必要なもの。
けれど通常の政務に加え緊急会議が入り、予期せぬ嘆願書が飛び込んでくれば、さすがに疲労を隠せない。しかしアルビスは、己の体調のことなどどうでも良かった。とにかく焦っていた。
夜は更け、月の位置はずいぶん高い場所にある。帝都の民は、とっくに眠りに落ちている時間だ。
(もう、眠ってしまっただろうか)
そならそれで構わない。
眠れているなら、それでいい。ただそれをきちんと自分の目で確かめたい。彼女がここにいることを、今日もこの目で確認したい。
アルビスは、これから向かう先にいる人物の顔を思いだし、無意識に胸に手を当てた。
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