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ポンコツ愛と狂愛の戦い※またの名を【口付け事件】

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「俺は、お前が好きだ」

 耳に注ぎ込まれた言葉に、ユリシアは目を見張る。

「俺は父を......仲間を失った時から、家族を持たないと決めていた。幼い頃に死んだ母は、慣れない北の地で苦労したと聞いている。だから俺は誰かを不幸にさせるような結婚なんてする気はなかったし、新しい家族を守りきる自信もなかった。跡継ぎは遠縁を養子にすれば良いとすら思っていた。......だが、馬車から降りてくるお前を一目見た瞬間、心を奪われた。望んではいけないはずの未来を描いてしまった」
「......嘘。そんな......だって、だって」

 そんなふうに思ってくれていただなんて知らなかったし、そもそも一度として言葉で伝えてもらったことは無い。

 だからこそ、ずっと勘違いしたままだった。

 その思いは言葉にしていなくてもしっかり伝わったようで、グレーゲルはちょっとバツが悪い顔をしながら頬を撫でた。

「正妻にする。それ以上の言葉が見つからなかった」

 頬に触れるグレーゲルの手が冷たい。いや、違う。これは自分が火照っているからだ。
 
 戦で家族を失い、新たな家族を得たくないと思ったグレーゲルが、その決意を覆した理由なんて一つしかない。

 自分はそれほど強く彼に求められていたのか。

 今になってグレーゲルの想いを知ったユリシアは、くらくらと目眩を覚えてしまう。

 赤面するユリシアを嬉しそうに見つめていたグレーゲルだが、表情を一変させると真剣な眼差しを向けた。

「俺はお前を正妻にする。そして、離婚はしない。誰が何と言っても」 

 強い意志を伝えたかと思えば、すぐにいつもの彼の表情に戻る。

「で、話を元に戻すが、同じ気持ちと言ったお前はどんな気持ちなんだ?」
「ひゃい!?」

 てっきりそこは流してくれると思いきや、しっかり道筋を戻されたユリシアはすっとんきょうな声をあげる。

 しかしユリシアの奇声など慣れっこのグレーゲルは、動じること無くさあさあ言えと迫ってくる。もはや恫喝だ。

「もうっ……もうっ、わかっているくせに!」

 あまりの意地の悪さにユリシアはジト目で睨む。
 
 対して惚れた女にほとほと弱いグレーゲルは、うぐっと唸り、悩み、こんな折衷案を出した。

「なら、俺とお前はこういうことができる関係ってことで良いんだな?」

 壊れ物を扱うような手つきで顎に手をかけられ、親指の腹で唇をなぞられた。

 それ即ち、口付けができる関係かと問われているわけで。

「あ……えっと……リンヒニア国で魔法を使った件は大丈夫なんですか?」
「ああ、安心しろ。お咎め無しだ」
「それは何よりです。シャリスタンさんもエイダン殿下も?」
「同じく、問題ない」
「それはそれは何よりです」
「ところでユリシア」
「な、な、な、な、な、な、なんでしょう」
「そろそろ答えてくれるか」 

 目を泳がしながら的はずれな質問をぶつけるユリシアに付き合っていたグレーゲルだが、限界のようだった。

「俺と同じ気持ちなら目を閉じろ。違うなら拒め」

 反論は許さないと圧をかけられ、ユリシアはぎゅっと目を瞑った。そうすればどうなるかちゃんとわかっていて。

 真っ赤になったユリシアの顔に、グレーゲルがそっと顔を寄せた。

 二人の唇が重なり、言葉では伝えきれなかった互いの想いが交差する。

 グレーゲルから狂おしいほどの愛を受け、ユリシアの瞳から熱い雫が零れ落ちる。

 彼がこれまでのすれ違いも、家族を殺した国民であることも、全部受け入れて自分を選んでくれたことが嬉しくて幸せだった。

 そして、グレーゲルに相応しい女性になりたいと願った。

 大地に根を張る大木のように揺るぎない彼の隣に立った時、奢ることなく、卑屈にならず、だからといって意思を持たない従順な妻ではなく、春を告げる東風のような存在になりたい。

 手を伸ばして、伸ばされて。絡めた指を離さず共に歩んでいけたなら、それは甘美な夢の中を生き続けるようなもの。過去の辛い出来事だって、これからの糧にしてみせる。

「大好きです。グレーゲル」
「……俺もだ」

 ぎゅっと抱きしめる強い腕と、熱を持った掠れ声。

 これが自分の為だけにあると気付いた瞬間、ユリシアは見えなかった春の兆しを窓の向こうにある景色からしっかりと感じることができた。




 そんなこんなで北の最果てで繰り広げられたすったもんだの恋物語は、新たな章へと進んでいく。
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