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閑話

ある男の愛し方

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 その少年は、自分が父親だと思っていた男が一滴も血の繋がりが無いことを知った翌日、こっそり祖父の妾が住まう邸宅に足を運んだ。

 妾には娘がいると聞く。きっと自分と同じように辛い境遇にいるのだろう。

 正妻の座に付けなかった哀れな女の娘はさぞかし惨めな姿でいると思っていた。

 でも、違った。

 茂みからこっそり覗いたその先は、朝の清潔な日差しを受けながら、小さな庭でテーブルを囲む、祖父と妾と妾の娘がいた。

 少年は眼前に広がる光景に眩暈を覚えた。あまりに美しすぎて。

(そっか……これが幸福というものなのか)

 テーブルを囲む3人は、何が面白いのかわからないが絶えず笑みを浮かべていた。さやさやとそよぐ風や、木々の枝葉まで微笑んでいるようだった。

 茂みに隠れている少年は、非の打ち所がない家門の嫡男だった。

 しかし中身を開けてみれば、どこの馬の骨かわからない男が父親で、母親は夫がいるにもかかわらず別の男に熱を上げる始末。

 父親に至っては、そんな母親などさっさと捨てればいいものを、ちっぽけな矜持が邪魔して良き夫を演じる小心者。

 広い広い邸宅は常に寒く、幸福などどれだけ探したって欠片すら見つからない。

(……いいなぁ)

 何不自由無く育ったはずの少年は、自分より年下の少女を見て心から羨ましいと思った。

 と、同時に少女の全てを欲したいと願った。

 後になって気付くが、その時生まれた感情は独占欲だった。またの名を歪な初恋。

 それからずっと愛されることが無かった少年は、人の愛し方を知らないまま大人になった。

 対して沢山の愛情を注がれた少女は孤児になり、少年の家に身を寄せることになった。

 その時、既に少年は青年になっていた。

 息詰まる寄宿学校を卒業して自宅に戻れば、ずっと手に入れたいと切望していた少女が自分を出迎えてくれた。

(ああ、彼女がここにいるだけで、世界は色鮮やかになる)

 ずっとモノクロの世界を生きて来た青年は、眩しさに目を細めた。そして美しく成長した少女に更に恋慕の情を募らせた。

 しかし青年は、大切な人を慈しむやり方を知らなかった。

 ただただ己の掌中から逃げないようにするのが、正しい愛し方だと思い込んでいた。

 思考を奪い、身体を傷付け、周りから孤立させる。

 それが相手にとってどれだけ苦痛かなど、まったくわからなかった。

 いや建前上、父親と呼ぶ男も自分と同じように少女に接していたけれど、少女はその違いに気付いてくれていると思い込んでいた。

 だって青年は少女を愛しているから。愛するが故に傷付けるのと、私利私欲を満たす為に傷付ける違いなど言葉で説明する必要は無いと決めつけていた。

 そんな独りよがりの感情で、迷いなく少女を苦しめた青年だが、ここで転機が訪れる。

 少女に縁談が舞い込んできたのだ。相手は格下の貴族の男で父親が勝手に決めたものだった。

 青年は気が狂うほど狼狽えた。少女が誰かのモノになるなど、これまで一度も考えてなかったから。

 だがしかし、そこそこ頭の出来が良かった青年は考えた。運も味方してしてくれたのもあり、こう父親に提案した。

「彼女を同盟国の貢ぎ物にしてしまえ。そうすれば国王から褒美が貰える」と。

 貪欲で思考の浅い父親はあっさり頷き、少女を隣国へ送った。

 青年にとったらそれは身の千切れるような決断だった。だが、他の男に取られるくらいなら、いっそ少女は惨めな末路を迎えて欲しかった。

 最悪、少女が異国で死んでしまえば、もう誰のものにもならないで済む。

 ……そう一度は決断した青年だったが、少女が居なくなってしまって失ってしまったものの大きさを知る。

 息すら上手くできない苦しさの中、少女を再び手に入れる為に、たくさんの汚い手を使った。

 順調に計画を進め最後の仕上げに父親を事故にみせかけて殺し当主になったた今、もう誰も自分と少女を引き離すことは出来ないと確信を得た。




「……愛しているよ、早く戻っておいで」

 青年ことアルダードは、静かな邸宅で一人マルグルスの方向に視線を向けグラスを傾ける。

 酒を飲み干しコトリ、とテーブルにグラスを置いた途端、私室の床に黒文字の魔法陣が浮かび上がる。

 シャンパンピンクの髪を視界に入れたアルダードは無言で、魔法陣に近付く。

 立ち止まったと同時に二人の令嬢が自分の前に立つ。

 一人は適当な嘘を信じ込んた愚かな協力者。もう一人は、最愛の女性。

 アルダードは満面の笑みを浮かべて、肩から血を流している女性に手を伸ばす。


「おかえり、私のユリシア」
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