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被害者の仮面を被った、あなた。※またの名を【ご褒美事件】
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(勝手にフリーシアさんを呼び寄せてしまったこと、怒ってる……んだよね)
執務室に入ろうとしていたシャリスタンはとても険しい顔をしていた。控え目に言って激怒している様子だった。
きっと今頃グレーゲルは、冷や汗をかきながら一生懸命謝罪を繰り返しているだろう。
(私も……一緒に謝った方が良いよね。でも勝手に部屋に入るわけにはいかないし……うーん)
しっかり仮初の婚約者だと自覚してはいるが、やはりシャリスタンからすれば、自分がしゃしゃり出れば面白くないはずだ。
だからといってグレーゲルに丸投げするわけにはいかない。
そんなことを考えながらユリシアは本邸をウロウロと歩き回る。
ここでブランやラーシュが通りかかってくれたら、迷わず相談するところだが今日に限って彼らの姿を見付けることができない。
(別邸に戻って、モネリとアネリーに相談してみよっかな)
大丈夫、大丈夫と肩を叩いて見送ってくれた二人に、こんな不要な手土産を持って帰るのは気が重い。
などと鬱々と考えていても、名前もうろ覚えのメイドに相談する内容じゃないことはわかる。
ならここで時間を無駄にするより、信頼できる二人に相談するのが最善だと長い時間をかけて結論を出したユリシアは、別邸に戻るため身体の向きを変えた。
と、同時にかなり離れた場所で、フラフラとおぼつかない足取りで歩いているフリーシアが視界に入った。
彼女は遠目からでもわかるほど片手をドレスの裾に不自然に隠している。とても嫌な予感がする。
ユリシアは考える間もなくフリーシアの元に駆け寄った。
「フリーシアさん!」
「……なに?」
彼女の行く手を阻むように前に立って声をかければ、少し間を置いて返事が返って来た。
フリーシアに声音は心ここにあらずといった感じで、目も虚ろだった。でもその視線は間違いなく執務室に向いている。
嫌な予感は、確信に変わった。
「隠しているやつ、見せてください」
「……」
「そっちの手に持ってるもの、何ですか?」
「……」
「失礼しますっーー……っ!?」
無理矢理隠している方のフリーシアの腕を掴み上げれば、その手には短剣が握られていた。
慌てて取り上げようとするが、令嬢とは思えないくらい強い力で握っているせいでなかなか引き剥がすことができない。
それでも諦めるわけにはいかないユリシアは揉み合いながらも、フリーシアを思いとどまらせようと声をかける。
「フリーシアさん、馬鹿な真似はやめてくださいっ」
「ねえ、馬鹿な真似ってなあに?私が誰を刺すと思っているの?」
「や、それは……グレーゲルかシャリスタンさんのどっちかじゃ」
なんてことを聞いてくれるんだと思いつつ、とりあえずユリシアは答えてみる。
瞬間、フリーシアは壊れたように笑い出した。
「あははっははっははっはははっ。あなた、本当に馬鹿ね!あははっははっはは」
「……っ」
豹変したフリーシアは、顔を仰け反らせて大声で笑う。控え目に言って気持ち悪い。その怯えが伝わってしまったのだろうか、フリーシアは無言でユリシアを突き飛ばした。
え?と思ったと同時に背中にドンっという強い衝撃を覚え、壁に打ち付けられたことを知る。
「……ケホッ……ゴホッ……フ、フリーシアさん?」
上手く息が吸えなくて、視界が狭まる。
そんな中でもフリーシアは笑っている。笑いながらこちらに近付いてくる。
間近に見える彼女は憤怒の表情をしていた。
「わたくしがマルグルスの男を本気で望んでいると思われるなんて、とんでもない屈辱だわ。それにシャリスタンという女、どこが美しく聡明なの?わたくしがあんな女より劣っているだなんて、あなたの目は大丈夫かしら?ったく、アルダード様もどうしてあなたなんかに執着するのか意味が分からないわっ」
フリーシアはユリシアの髪を乱暴に掴み、それこそ唾を飛ばしそうな勢いで一気にまくし立てた。
対してフリーシアは、痛みと息苦しさに呻きつつ、最後の一文に息を呑む。
「え?……アルダードって」
フリーシアの言っていることは全てが意味不明だ。てんで理解できない。
ついさっきグレーゲルを射止めると宣言してたくせに、今の言葉は真逆のそれ。何より、アルダードが自分に執着しているなんでーー
「フリーシアさん……こんな時に、う、嘘はやめてください」
混乱する頭は今、真実だけを求めている。
なのにフリーシアはユリシアの髪を更に強く引っ張りながら、もっと理解不能なことを語り始めた。
執務室に入ろうとしていたシャリスタンはとても険しい顔をしていた。控え目に言って激怒している様子だった。
きっと今頃グレーゲルは、冷や汗をかきながら一生懸命謝罪を繰り返しているだろう。
(私も……一緒に謝った方が良いよね。でも勝手に部屋に入るわけにはいかないし……うーん)
しっかり仮初の婚約者だと自覚してはいるが、やはりシャリスタンからすれば、自分がしゃしゃり出れば面白くないはずだ。
だからといってグレーゲルに丸投げするわけにはいかない。
そんなことを考えながらユリシアは本邸をウロウロと歩き回る。
ここでブランやラーシュが通りかかってくれたら、迷わず相談するところだが今日に限って彼らの姿を見付けることができない。
(別邸に戻って、モネリとアネリーに相談してみよっかな)
大丈夫、大丈夫と肩を叩いて見送ってくれた二人に、こんな不要な手土産を持って帰るのは気が重い。
などと鬱々と考えていても、名前もうろ覚えのメイドに相談する内容じゃないことはわかる。
ならここで時間を無駄にするより、信頼できる二人に相談するのが最善だと長い時間をかけて結論を出したユリシアは、別邸に戻るため身体の向きを変えた。
と、同時にかなり離れた場所で、フラフラとおぼつかない足取りで歩いているフリーシアが視界に入った。
彼女は遠目からでもわかるほど片手をドレスの裾に不自然に隠している。とても嫌な予感がする。
ユリシアは考える間もなくフリーシアの元に駆け寄った。
「フリーシアさん!」
「……なに?」
彼女の行く手を阻むように前に立って声をかければ、少し間を置いて返事が返って来た。
フリーシアに声音は心ここにあらずといった感じで、目も虚ろだった。でもその視線は間違いなく執務室に向いている。
嫌な予感は、確信に変わった。
「隠しているやつ、見せてください」
「……」
「そっちの手に持ってるもの、何ですか?」
「……」
「失礼しますっーー……っ!?」
無理矢理隠している方のフリーシアの腕を掴み上げれば、その手には短剣が握られていた。
慌てて取り上げようとするが、令嬢とは思えないくらい強い力で握っているせいでなかなか引き剥がすことができない。
それでも諦めるわけにはいかないユリシアは揉み合いながらも、フリーシアを思いとどまらせようと声をかける。
「フリーシアさん、馬鹿な真似はやめてくださいっ」
「ねえ、馬鹿な真似ってなあに?私が誰を刺すと思っているの?」
「や、それは……グレーゲルかシャリスタンさんのどっちかじゃ」
なんてことを聞いてくれるんだと思いつつ、とりあえずユリシアは答えてみる。
瞬間、フリーシアは壊れたように笑い出した。
「あははっははっははっはははっ。あなた、本当に馬鹿ね!あははっははっはは」
「……っ」
豹変したフリーシアは、顔を仰け反らせて大声で笑う。控え目に言って気持ち悪い。その怯えが伝わってしまったのだろうか、フリーシアは無言でユリシアを突き飛ばした。
え?と思ったと同時に背中にドンっという強い衝撃を覚え、壁に打ち付けられたことを知る。
「……ケホッ……ゴホッ……フ、フリーシアさん?」
上手く息が吸えなくて、視界が狭まる。
そんな中でもフリーシアは笑っている。笑いながらこちらに近付いてくる。
間近に見える彼女は憤怒の表情をしていた。
「わたくしがマルグルスの男を本気で望んでいると思われるなんて、とんでもない屈辱だわ。それにシャリスタンという女、どこが美しく聡明なの?わたくしがあんな女より劣っているだなんて、あなたの目は大丈夫かしら?ったく、アルダード様もどうしてあなたなんかに執着するのか意味が分からないわっ」
フリーシアはユリシアの髪を乱暴に掴み、それこそ唾を飛ばしそうな勢いで一気にまくし立てた。
対してフリーシアは、痛みと息苦しさに呻きつつ、最後の一文に息を呑む。
「え?……アルダードって」
フリーシアの言っていることは全てが意味不明だ。てんで理解できない。
ついさっきグレーゲルを射止めると宣言してたくせに、今の言葉は真逆のそれ。何より、アルダードが自分に執着しているなんでーー
「フリーシアさん……こんな時に、う、嘘はやめてください」
混乱する頭は今、真実だけを求めている。
なのにフリーシアはユリシアの髪を更に強く引っ張りながら、もっと理解不能なことを語り始めた。
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