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被害者の仮面を被った、あなた。※またの名を【ご褒美事件】

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 きっちり半月後、アルダードの婚約者フリーシアがリールストン邸に客人として招かれることが決定した。

 

「ーーユリシア様、お部屋におられても良かったのですが……」

 あと数分後で到着するフリーシアを出迎えるために玄関前に立つユリシアに、執事のブランは物言いたげな視線を向ける。

 しかしユリシアは、頑として首を横に振った。

「いいえ。私がグレーゲルに頼んだことですし、お迎えしないわけにはいきません」
「さようでございますが……しかし、殿下は」
「グレーゲルからは、はっきりと駄目とは言われてませんので。ブランさん、ごめんなさい。やっぱり心配なんです。色々と」
「……はぁ」

 色々の中には、リールストン邸の使用人が不手際を働くという可能性は入っていない。ユリシアが心配しているのは、フリーシアの態度だ。

 アルダードから散々嫌がらせを受けてきたフリーシアは、きっと不信感でいっぱいだろう。最悪、性格がネジ曲がってしまった可能性だってある。しかも彼女は生粋のリンヒニア国民だ。

 フリーシアに悪気がなくても、ちょっとしたことで拗れることがあるかもしれない。

 だからユリシアはリンヒニア国生まれのマルグルス国民という中途半端な立ち位置を活かして、間に入ろうと決めていた。

 ちなみにグレーゲルは「フリーシアを匿う全ては全部こちらでやるからお前は何も心配するな」と遠回しにユリシアに別邸で過ごせと伝えていた。

 でも人任せにして、呑気に別邸でお茶を飲むほどユリシアの神経は太くない。そのため当日になった今日、渋るブランを説き伏せ強行手段に出た訳だ。

 隣に立つブランは、それでも何とか部屋に戻ってもらおうとアレコレ言ってくる。

(ぅう……ブランさん、本当にごめんなさい。でもね、アルダードの被害にあった自分じゃないとわからないことがあるんですぅ)

 自我を押し通すのは、あまり慣れていないユリシアとしては、執事の気遣いを無視することに罪悪感で胸が疼く。

 そんなユリシアに気づいているのだろうか。ブランは肩をしゅんと落として情に訴えかけてくる。

 到着時刻は過ぎているけど、もう言葉を選ばず赤裸々に説明しようか。ユリシアが悩んで口を開きかけたと同時に、青白い魔方陣が玄関前に浮かび上がった。

 ゆっくり瞬きを二回すれば、魔方陣の中央にラーシュとくだんの女性がいた。

「ーーようこそお越しくださいました。ユリシアです」
「知っているわよ」

 ブランより先にフリーシアの前に立ったユリシアは、にこりと笑みを浮かべる。返ってきたのは予想通りそっけないものだった。

 やっぱり自分が出迎えて正解だった。

 ユリシアは己の判断が間違っていなかったことに安堵し、そっとフリーシアを伺い見る。

 典型的な貴族令嬢であるフリーシアは、決してみすぼらしい恰好では無かった。普段着とおぼしきドレスには染みも、汚れも、ほつれも見当たらない。

 また下ろしたままの焦げ茶色の髪には艶があり、顔色もそこまで悪くない。ドレスで素肌はほとんど見えないけれど、きちんと一人で立っているということは酷い怪我を負っているわけではなさそうだ。

 とはいえ、これは見た目だけのこと。傷ついているのは何も肉体だけではないはずだ。

 グレーゲルは抜かりなく医者も待機させてくれている。素人判断ではなく、一刻も早く専門家に診てもらうのが一番だと、ユリシアは玄関扉を手のひらで示した。

「お寒いでしょう。部屋の用意は整ってますので、どうぞゆっくりお過ごしください」

 今日のトオン領は晴天。庭には魔法石を敷き詰めてもらっているので、コート要らずの初春の気温だ。

 でも邸宅の外は雪だらけ。見た目は極寒だからという気持ちでユリシアが声をかければ、フリーシアは露骨に顔をしかめた。

「わかっているなら、こんなところで立ち止まらないで。それに、どうして屋敷の中じゃなくってこんな場所に到着させたの?あんまりだわ」
「……ゴメンナサイ」

 世界中の不幸を背負ったようなフリーシアの態度に、ブランとラーシュの目が剣呑に光る。

 ええっと……やっぱり自分が出迎えて正解だった。あと予想以上にフリーシアは外に牙を向けるタイプなんだと、ユリシアは苦笑する。

 そして早急に部屋に案内して、気持ちを落ち着かせてもらおうと決心する。

「配慮に欠けていたことをお詫びします。では、参りましょう」

 ユリシアは手負いの獣を見る目になりながら、玄関扉を開けてフリーシアを客室に案内した。
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