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くだんの彼女とバッタリ遭遇※またの名を【夜会事件】

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 王太子に向け初対面で数多くの無礼をしてしまったことを懇切丁寧に謝罪していたユリシアだが、最終的に「もう良い、もう良いから顔上げてっ。お願い!!」と懇願されようやっと顔を上げた。

 その時、視界の隅にテラスに消えていくグレーゲルとシャリスタンの姿が入り込む。

(あれ?ダンス踊らないんだ)

 あれだけダンスを踊りたかったのだから、てっきり本命の彼女と夢の時間を過ごすと思っていた。しかし彼は一足飛びで闇夜で二人っきりになりたいらしい。

(……シャリスタンさんも、どうせダンスを踊るならドレスの方が良いってことかな?)

 ならなぜ先ほどシャリスタンは自分をダンスに誘ったのかという疑問を持ったが、すぐに会話のきっかけが欲しかっただけかなと思い直す。

 ちょっと無理はあるが、ありすぎることは無い結論に満足したユリシアは二人に向け「がんば」とエールを送る。

「ーー二人のこと、気になるかい?」

 テラスの方をじっと見つめていたユリシアは、エイダンの声ではっと我に返る。

「失礼しました。……あの、気になります」

 エイダンはグレーゲルとシャリスタンの関係を知っているのだから、隠す必要はない。

 少し悩んで素直に認めたユリシアに、エイダンは「大丈夫、安心して」と慰めるように言った。

 エイダンの発言は、どんなふうにも受け取れるもの。どうせならもっと具体的に言うべきだ。

 だがついさっきグレーゲルから余計なことは喋るなと釘をさされてしまった以上、詳しい説明はできず……案の定、ユリシアはシャリスタンとグレーゲルが二人っきりになることをエイダンは容認してくれるのだと受け取ってしまった。

「ありがとうございます、殿下」
「?……ああ、うん」

 そこまで深く感謝されることでは無いと思いつつも、エイダンはとりあえず頷いた。

 実はエイダンは、この期にユリシアに伝えたいことがあるのだ。

 そのため、ちょっと心に引っ掛かったユリシアの態度に気付かないフリをして、休憩用のサロンに案内することにした。




 夜会において色恋や火遊びの為に離席する者は、庭に向かう。反対に色気の無い真面目な会話をするものは小規模なサロンに移動する。

 これは夜会での暗黙の了解なので、エイダンとユリシアが個室で二人っきりになっても変な勘ぐりをする者は誰もいなかった。

「ーーま、とりあえずお疲れ。人が沢山で疲れただろう?お酒じゃなくって、ハーブティーにしたけれど口に合うかな?」
「は、はい。お茶は何でも……大好きです……はい」

 王太子自ら淹れていただけたハーブティーをユリシアいただこうとしたけれど、有難いやら申し訳ないやらで、なかなか手を伸ばすことができない。

「あはっ。そんなに緊張しなくていいよ。僕が飲みたかったついでだから。さ、飲んで」
「お気遣いいただきありがとうございます」

 屈託なく笑うエイダンに、ユリシアもちょびっと緊張がほぐれてティーカップを傾けた。

 互いに無言でお茶を啜る。エイダンの淹れてくれたハーブティーは、オリジナルブレンドみたいで初めて口にする味だった。

 でも、飲みやすく忖度無しに美味しい。モネリとアネリーにも飲んで欲しいけれど、さすがにレシピを強請るのは図々しいだろう。

 などと取り留めもないことをユリシアが考えていたけれど、

「ーーあのね、聞いて欲しいことがあるんだ。グレーゲルのことで」

 彼の名前が飛び出してきたことで、ユリシアの意識は現実に戻る。

「グレーゲルの……ことですか」
「そう。きっと彼は一生君に伝えない話。でも僕としては、どうしても聞いて欲しい話。ちょっと長くなるかもしれないけれど、良いかな?」

 こちらを慮ってくれる言葉ではあるが、その眼は否とは言わせないと訴えている。

(……ううーん。私なんかが聞いて良いのかな?)

 聞きたくないわけじゃないが、婚約を破棄した後にやっぱ忘れてと言われてもできるだろうか。

 そんな不安からなかなか頷けない。だがユリシアは、ここが魔法大国マルグルスであることを思い出す。

 探せばきっと物忘れの魔法の一つや二つあるだろう。

 そう楽観的な結論に落ち着いたユリシアは、居住まいを正してエイダンを見つめる。

「お話、聞かせていただきます」
「うん。ありがとう」

 破顔一笑したエイダンは、すぐに表情を変えて語り始めた。
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