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出来損ない令嬢のささやかな反撃 ※またの名を【ダンス事件】

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(ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムーカーつーくー、ムカつくったらムカつく!!)

 別邸に戻って来たユリシアは、荒れる狂う感情のままソファに置いてあったクッションを壁に投げつけた。

 ちなみに別邸の居間には、ユリシアを含めて5人いる。

 侍女のモネリとアネリーはデフォルトで。執事のブランと、グレーゲルの側近ラーシュは廊下でユリシアとすれ違った際に、彼女のただならぬ様子を見て後を追って来たのだ。

 そんな4人は、荒れ狂うユリシアにどう言葉をかけて良いのか悩んでいる。

 視線だけで使用人による使用人のための緊急会議が開かれているが、名案は浮かんでこない。

 そんなわけで別邸の居間で、ボスッボスッとクッションの悲鳴が続くこと十数分。醜い押し付け合いの末、ラーシュが口火を切ることになった。

「ーーあ、あのう……ユリシア様」
「あ゛」
「い、いえ。なんでも」

 秒速で心が折れたラーシュは、ブランに救いを求める。しかしブランは窓に目を向けて午後の天気を読むのに忙しい。

 モネリとアネリーはユリシアが好むお菓子を並べるのに必死だ。

 つまり誰もラーシュに手を貸す気は無い。だがしかし「再チャレンジしろ!」という圧は遠慮なしによこしてくる。

 追い詰められたラーシュは、やけくそ気味にもう一度ユリシアに声を掛けた。

「ぅう……あーくそっ。……あ、あの!ユリシア様!!」
「なんですか?」

 先ほどよりはまだマシな返答に、ラーシュは額の汗を拭いながらおずおずと問いかけた。

「あの……どうかなさったんですか?」

 どうもこうもグレーゲルが何かしたのは間違い無い。どうせ空回って、変なことを言ったのだろう。

 大公殿下は良く言えば不器用。身も蓋も無い言い方をするならデリカシーが無いお方だ。

 そこそこ側近歴が長いラーシュは、グレーゲルの失態を見てもいないのに手に取るようにわかる。

 ま、まぁ……わかるが、ここはユリシアの口から何があったのか聞きたい。後で大公殿下に苦言を呈するためにも。  
 
「……殿下が」
「はい」

 長い沈黙の後、蚊の鳴くような声で口を開いたユリシアに、ラーシュは慎重に相槌を打つ。

 他の使用人3人も固唾をのんで聞き耳を立てている。

「あのね殿下が……」
「はい」
「……」

 再び続きを促せば、ユリシアは何かを言いかけて口を噤んでしまった。

 よほど言葉にできないことがあったのだろう。ぐっと唇を噛んだユリシアの目は涙で潤んでいる。

 だからラーシュ他3名は息を殺して続きを待った。

 その気遣いが功を成したのかわからないが、ずびっと鼻をすすったユリシアは小さな声でポツリと呟いた。

「殿下が私の事、出来損ない令嬢って言ったの」

 そう言った後の空気をどう説明すればいいのだろうか。

 使用人3は一斉に本邸に向けて「……うわぁ」という眼差しを向けた。

 モネリとアネリーに至っては、更に虫でも見るような目つきに変わり、ブランは天の救いを求めるように、手を祈りの形に組んだ。
 
 最後にラーシュは全員の気持ちを代弁するかのように「あの馬鹿」と吐き捨てた。その声は思いのほか大きくて、居間の隅々まで届いてしまった。

 誰に向けてのものなのか明確にわかっていたにも関わらず、咎める者は誰もいない。

 だって皆、同じ気持ちだったから。

 ーーっというわけで、ラーシュの不敬罪発言は闇に葬ることが即、決定した。
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