上 下
11 / 93
初めまして、血濡れの大公様 ※安全な距離を保ちつつ

7

しおりを挟む
 ーー時を戻して、ここはユリシアがいる別宅。

 予定よりも早い大公様のご帰宅だけでも寿命が縮まるというのに、加えて彼の元に連行されるなんて冗談じゃない。

 ということを口に出せないユリシアは、ゆるやかに首を横に振った。行きたくないよとナチュラルに、でも全力で訴えた。

 しかし執事のブランは無情にもこう言った。

「殿下は待たされるのがお嫌いです」

 要約するならば「命が惜しけりゃ、とっとと付いてこい」だ。

 しかし、とっとと付いて行った先に命の保証があるのだろうか。来世の運を使ったとて、無事に生きて帰れる保証は五分五分だ。

「……あの、実は私……頭痛がして……」
「では、後ほどお薬をお持ちしましょう」
「眩暈で歩けそうにも───」
「担ぎましょうか?」
「……いえ」

 最後の悪あがきで仮病を使ってみたけれど、ブランの目は諦めろと訴えている。

 一縷の望みを掛けて、モネリとアネリーを見る。

「行ってらっしゃいませ、ユリシア様」
「お戻りになるまでに美味しいお菓子をご用意させていただきまーす」

 そんな見送りの言葉と共に、ひらひらと手を振られてしまった。ただ、目は「早く行け」と必死で叫んでいる。

 4つの瞳は、強盗に襲われ誰かに助けを求める時より切実な何かを秘めていた。

(ああ……私がゴネた結果、二人に何らかの危害が加えられるかもしれない。いや、加えられるよね絶対)

 なんといっても呼びつけた相手は、気分と機嫌次第で人を殺す血濡れの熊ゴリラ。メイドの命などバナナ代わりにむしってしまうかもしれない。

 そりゃあ他人の命を心配する前に、自分の身を守る方が先決だ。

 でも、そうわかっていても、気付けばユリシアは立ち上がり、足は自然と扉に向かっていた。

 ただ最後に、これだけはモネリとアネリーに伝えておかなければならない。

「私が死んだら……絶対に、絶っ対に、この読みかけの小説を棺桶に入れてね!!」

 間髪入れずにメイド二人は返事をしてくれたけれど、語尾は「はいぃ?」と疑問形だった。


***



 執事のブランを先頭に、ユリシアは長い回廊を歩いて本邸の中に入る。

 初日に通過しただけではあるが、ユリシアの存在は知られているのだろう。メイド達は深く腰を折り道を譲る。

(ご丁寧にありがとう。じゃあ、そのお礼に熊ゴリラ大公と面談できる権利をお譲りしまーす……って、いらないよね。うん、私もいらない。できることなら希望者に差し上げたいよぅ)

 北風が染みたという言い訳が通用しないほど涙目になっているユリシアは、ぼそぼそとそんなことを心の中で呟く。

 しかし足は止まらない。もちろんブランの足も止まらない。彼の背中が「足を止めたら【死】のみ」と語っているのは気のせいであろうか。……気のせいだったら、超うれしい。

 なぁーんてことを考えてもやっぱり足は止まらない。

 そしてこのままずっと歩いていたいと願う中、ブランの足はとある扉の前でピタリと止まった。ユリシアの口からか細い悲鳴が出る。

「ひぃ……あ、あの……ブランさん。最後に一つだけ質問があります」
「手短にしてもらえたら嬉しゅうございます」
「はい。では、単刀直入に聞きますが、この扉とリールストン大公はどちらが大きいでしょうか?」
「……は?」
「ですから、大公様はこの扉から出入りできる程度の大きさなんですか?」

 まったく意味がわからないとポカンとするブランに、ユリシアは語尾を強めて問うた。

 予め知っておかなければならないのだ。熊ゴリラ大公の大きさを。

 そして安全距離ソーシャルディスタンスを保ってないといつ殺されるかわからないから、今のうちに立ち位置を決めておかなければならない。

 だって読みかけの小説を読了するためにも、何としてでも生き残りたいのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下が私を諦めない

風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。 今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。 きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。 どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。 ※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

悪役令嬢の悪行とやらって正直なにも悪くなくない?ってお話

下菊みこと
恋愛
多分微ざまぁ? 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄されまして(笑)

竹本 芳生
恋愛
1・2・3巻店頭に無くても書店取り寄せ可能です! (∩´∀`∩) コミカライズ1巻も買って下さると嬉しいです! (∩´∀`∩) イラストレーターさん、漫画家さん、担当さん、ありがとうございます! ご令嬢が婚約破棄される話。 そして破棄されてからの話。 ふんわり設定で見切り発車!書き始めて数行でキャラが勝手に動き出して止まらない。作者と言う名の字書きが書く、どこに向かってるんだ?とキャラに問えば愛の物語と言われ恋愛カテゴリーに居続ける。そんなお話。 飯テロとカワイコちゃん達だらけでたまに恋愛モードが降ってくる。 そんなワチャワチャしたお話し。な筈!

一般人な僕は、冒険者な親友について行く

ひまり
ファンタジー
気が付くと、そこは異世界だった。 しかも幼馴染にして親友を巻き込んで。 「ごめん春樹、なんか巻き込ん―― 「っっしゃあ――っ!! 異世界テンプレチートきたコレぇぇぇ!!」  ――だのは問題ないんだね。よくわかったとりあえず落ち着いてくれ話し合おう」 「ヒャッホ――っっ!!」 これは、観光したりダンジョンに入ったり何かに暴走したりしながら地味に周りを振り回しつつ、たまに元の世界に帰る方法を探すかもしれない物語である。

私の作った料理を食べているのに、浮気するなんてずいぶん度胸がおありなのね。さあ、何が入っているでしょう?

kieiku
恋愛
「毎日の苦しい訓練の中に、癒やしを求めてしまうのは騎士のさがなのだ。君も騎士の妻なら、わかってくれ」わかりませんわ? 「浮気なんて、とても度胸がおありなのね、旦那様。私が食事に何か入れてもおかしくないって、思いませんでしたの?」 まあ、もうかなり食べてらっしゃいますけど。 旦那様ったら、苦しそうねえ? 命乞いなんて。ふふっ。

遊び人公爵令息に婚約破棄された男爵令嬢は恋愛初心者の大公様に嫁いで溺愛される

永江寧々
恋愛
マリー・アーネット男爵令嬢は公爵子息であるネイト・アーチボルトから求婚を受けた。 求婚した日の一年後に結婚しようと約束し、その一ヵ月前の前祝いパーティーが開かれた場でネイトは別の女を連れて現れ、マリーに婚約破棄を言い渡した。 挙式の一ヵ月前の婚約破棄、そしてネイトが連れてきた女性が美人と有名な公爵令嬢だったことでダブルパンチを受けたマリーは反論もできず逃げるようにその場を立ち去ったとき、馬車の傍で男とぶつかる。 ネイトの伯父であり、アルキュミア大公国の大公でもあるアーサー・アーチボルトだった。 事情を知ったアーサーはマリーを連れてネイトの前に戻り、ネイトを怒ってくれたのだが、送ると言われた馬車の中でなぜか「私と結婚しないか?」と言われて…… ※四十二歳の男が赤面したり童貞であることに嫌悪感を持たれる方はリターン願います。 ※キスシーン多いかもなので苦手な方はご注意ください。 ※2022年1月29日 完結となりました。 足をお運びいただきましたこと、感想を書いてくださいましたこと、感謝申し上げます。 最後の数話、間の空いた投稿になってしまい申し訳ございませんでした!

婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
突然、婚約解消を告げられたリューディア・コンラット。 彼女はこのリンゼイ国三大魔法公爵家のご令嬢。 彼女の婚約者はリンゼイ国第一王子のモーゼフ・デル・リンゼイ。 彼は眼鏡をかけているリューディアは不細工、という理由で彼女との婚約解消を口にした。 リューディアはそれを受け入れることしかできない。 それに眼鏡をかけているのだって、幼い頃に言われた言葉が原因だ。 余計に素顔を晒すことに恐怖を覚えたリューディアは、絶対に人前で眼鏡を外さないようにと心に決める。 モーゼフとの婚約解消をしたリューディアは、兄たちに背中を押され、今、新しい世界へと飛び出す。 だけど、眼鏡はけして外さない――。

処理中です...