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第一部 王女と、移し身の乙女の願い

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 ディモルトは、アジェーリアを迎えに来たと言ったが、それはただの照れ隠し。
 本気でこのままオルドレイ国にアジェーリアを連れて行くつもりはなかった。

 ……まぁ、やっても良いと言われたら、迷わすそうするだろう。
 だが、これは一応、二国間での行事。そして、ディモルトは王子という立場をちゃんと弁えている。

 アジェーリアが無事に、何事もなく、無傷で関所に到着し、それ相応の手順を踏んでからではないと、迎えることができないことは、誰に言われなくてもちゃんと理解している。

 なので、突然の訪問(?)は、大切な婚約者の無事を自分の目で確認したかっただけのこと。
 そして、元反逆者を捕えたのは、本当に。手土産のようなものだった。


 
「それじゃあ、私達はこの辺で失礼するよ。なんの手続きもしないで、入国しちゃったから、バレたらちょっとアレだからね」
 
 ディモルトは、状況が落ち着いたこと。そして、これ以上アジェーリアに危険がないことを確認すると、そう言って颯爽と馬に跨った。
 
 オルドレイ国の側近達もそれに倣い、アジェーリアに綺麗な一礼をすると、全員が馬に跨った。

 ちなみに、キバルを始めとする側近たちは全員、ウィリスタリア国の王女と騎士に対して申し訳なさそうな顔をしている。

 きっと普段から王子の奇抜な行動に付き合わされてしまっているのだろう。
 その表情は申し訳なさの中に、子供の不始末を詫びる母親のような雰囲気を醸し出していた。
 
 そして、王族に翻弄される気持ちが痛い程わかるウィリスタリア国の騎士達も、オルドレイ国の王子と騎士に向け、綺麗な幕引きをするために、きちんと礼を返した。

 そんな両国の騎士達の心情をさらりと無視して、ディモルトは寂しげな笑みを婚約者に向ける。

「アジェ。また明日」

 ディモルトは華麗にアジェーリアに向かってウィンクをかまして、あっという間に側近たちを引き連れて闇森の中に消えて行った。

 それを岩に腰かけたまま、しっかりと見ていたティアは、生粋のキザ男だと思ったけれど、口に出すことはしない。

 美男子は何をやってもサマになるし、ウィンク程度は、顔が良ければ許される範疇なので、とやかく言う必要もない。
 それに何よりアジェーリアが、まんざらでもなさそうだったので、心の中でご馳走さまでしたと呟くだけにする。

 そして地響きと馬の蹄の音が遠のいて行ったと同時に、ここにいる全員は深いため息を吐いた。その表情は皆、ことごとく疲れ切っていた。

「……まったく嵐のような一時じゃったな」 

 アジェーリアの言葉に、これまた、ここにいる者全員が深く深く頷いた。

 本当に逃走あり、戦闘あり、珍客アリの怒涛の時間であった。
 そして、落ち着きを取り戻そうとしている今、疲労感がじわじわと押し寄せてくる。

 けれど、ここは城塞からも離れた森の中。
 このまま夜を過ごすわけにはいかない。

 そんなわけで、アジェーリアは気抜けしたような表情のまま、グレンシスに問いかけた。

「……で、これからどうするのじゃ?」

 問いかけられたグレンシスも、疲労を滲ませた声で答えた。  
 
「……当初の予定通り、ロハンネ卿の元へ行きます」
「そうじゃな。それが良い。すぐに向かうぞ」
「そうしたいお気持ちは重々わかります。が、今、替えの馬車をこちらに向かわせております。もうしばらくお待ちください」
「もう夜分遅い。このまま馬で向かった方が早いのではないか?」
「……馬で乗りつけられたロハンネ卿のお気持ちも察してあげてくださ……───ああ、到着したようです。どうぞ、お乗りください」

 お騒がせな市民を城塞に連行し終えた騎士と共に、馬車が静かな車輪の音を立てて姿を現した。

 それを視界に納めたアジェーリアは、素直に馬車の方に身体を向けた……けれど、すぐにグレンシスに向かってこう言った。

「そうじゃな。わらわも何だかんだ言っても疲れた。馬車でゆるりと移動することにしよう。……あ、あとグレンシス、」

 アジェーリアの前半の言葉はやけに棒読みで、その後、なぜか不自然に言葉を区切った。

 次いでアジェーリアは、ちょいちょいと指先をグレンシスに向かって動かす。口元はにんまりとした笑みを浮かべて。

 対して、そこそこの期間をお目付け役として過ごしてきたグレンシスは、それが『耳を貸せ』という意味だということはすぐわかる。

 そして、王女の命令を断る名分がないグレンシスは素直に従った。

 膝を折り、アジェーリアの口元に耳を近づける。
 そうすれば、家臣想いの王女はお節介レベルすれすれの言葉を、その耳に落とした。

 グレンシスの表情が、みるみるうちに訝しげになものから、苦いものに変わっていく。

「───……お気遣いいただきありがとうございます……とでも言えばよろしいでしょうか?」
「そうじゃな」
「……」

 すまし顔で頷くアジェーリアに、グレンシスは何も言わなかった。

 アジェーリアの言葉は、男の矜持として素直に喜べないものではあったが、露骨に嫌だと突っぱねることができないもの。
 
 はっきり言ってしまうと、ありがた迷惑ではなく、ありがたきお節介であった。



 ……という一連の出来事を、ティアは相も変わらず少し離れた岩に腰かけて傍観していた。

 だから、アジェーリアがグレンシスに何を言ったのかまでは聞こえていない。

 そしてなんとなくの流れで、このままアジェーリアと一緒に馬車に乗り込むか、後片付けの為に一人、城塞に戻されるものだと思っていた。

 思っていたのだが……なぜか、ティアは問答無用でグレンシスに抱き上げられ、そのまま馬に乗せられてしまったのであった。
 
 大切なことなので2度言うけれど、馬車ではなく、グレンシスの馬に。
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