上 下
7 / 25

なにもしない日常

しおりを挟む
 自分を殺したリコッタと、その義理の母親を玄関ホールで迎え、フローレンスの死に戻りの生活が始まった。



「食事の前の祈りは、今日はリコッタに任せよう」

 当主であり父であるアールベンは、目を細めてリコッタにそう言った。

「......え......今日も私がやるの?」

 食前の祈りを当主から指名されるのは家族の中で名誉なことである。

 けれども、リコッタは露骨に嫌な顔をした。

(どうせ、覚えてないんでしょ?)

 声に出すことはしないが、フローレンスは冷めた目で義理の妹を見る。

 朝晩と食事を共にするようになって、早1ヶ月以上が経過した。

 継母であるヴェラッザは、女主人として堂々とした様子で過ごしているが、実の娘のことになると途端に庶民の母の顔になる。

「リコッタ、どうしたの?お父様があなたを指名されたたのよ。さぁ、早く祈りの言葉を唱えなさい」
「......嫌よ、面倒くさい。それに何で、私ばっかりなの? あっちは全然やらないのに。ずるいわ」

 あっちと言ってリコッタは隣に座るフローレンスを指差す。

 言葉遣い云々の前に、人として礼儀を欠いたその態度に、つい彼女の指をへし折ってやりたい衝動に駆られる。

 しかし敢えてフローレンスは微笑んだ。

「なら、一緒に祈りましょう、リコッタ。......お父様、お母様、今日はそれで宜しいでしょうか?」

 伺うような眼差しを向ければ、両親は即座に頷いた。

 

 
 
 リコッタを助けたフローレンスだけれど、誓って二度目の人生は義理の妹と仲良くしたいだなんてこれっぽっちも思っていない。

 ただ一度目の自分がやったことと、同じようにしただけ。

(......過去の私はずいぶんお人好しだったのね)

 前菜の後に運ばれてきたスープを、フローレンスは音を立てずに飲みながら苦笑する。

 ちなみに隣からは意地汚く豪快な音を立ててそれを飲み干す音がする。

 テーブルマナーのレッスンはリコッタを屋敷に迎えた5日目から始まったというのに、一向に上達する気配は無い。

「こらリコッタ。きちんとナイフで切り分けてからお口に運びなさい」

 今度は豪快に白身魚のソテーにかぶりついたリコッタに、ヴェラッザは鋭い声で注意する。

「もう、お母様は一々うるさいわ。お腹の中に入れば全部一緒じゃない?……ねえ?お父様もそう思うでしょ?」
「……ああ、そうだな。でも、リコッタの口は小さいから少しは切り分けなさい」
「はぁーい」

 父はリコッタのことを褒めて伸ばしたかったのをフローレンスは思い出す。そして自分が同じころ、フォークを落とした数だけ手の甲を鞭で叩かれたことも。

(ま、別に構わないわ。リコッタにはと同じようになってもらわないと困るし)

 テーブルマナーのお手本のような優雅な手つきで、フローレンスは白身魚を切り分ける。

 すぐに面白くなさそうなリコッタの視線を感じたけれど、気付かないフリをする。これも、以前と同じ。


 フローレンスは来るべき日に備え、粛々と一度目の生と全く同じように演技をする。

 でもそれは、意外に難しい。なにせ、先のことを知っているのだから。それでもフローレンスは、徹底して自慢の長女を演じ続ける。

 ─── そして年月は、ゆっくりと過ぎていった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?

当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。 ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。 対して領民の娘イルアは、本気だった。 もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。 けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。 誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。 弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。

婚約破棄イベントが壊れた!

秋月一花
恋愛
 学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。  ――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!  ……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない! 「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」  おかしい、おかしい。絶対におかしい!  国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん! 2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

さようならお姉様、辺境伯サマはいただきます

夜桜
恋愛
 令嬢アリスとアイリスは双子の姉妹。  アリスは辺境伯エルヴィスと婚約を結んでいた。けれど、姉であるアイリスが仕組み、婚約を破棄させる。エルヴィスをモノにしたアイリスは、妹のアリスを氷の大地に捨てた。死んだと思われたアリスだったが……。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

姉の所為で全てを失いそうです。だから、その前に全て終わらせようと思います。もちろん断罪ショーで。

しげむろ ゆうき
恋愛
 姉の策略により、なんでも私の所為にされてしまう。そしてみんなからどんどんと信用を失っていくが、唯一、私が得意としてるもので信じてくれなかった人達と姉を断罪する話。 全12話

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。 朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。 そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。 「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」 「なっ……正気ですか?」 「正気ですよ」 最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。 こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……まさかの事件が起こりまして!? ~人生は大きく変わりました~

四季
恋愛
私ニーナは、婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……ある日のこと、まさかの事件が起こりまして!?

処理中です...