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5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた

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 レンブラントの気持ちがちゃんと伝わったのかどうかはわからない。ただ、ベルは一度俯き、すぐに顔を上げて口を開いた。

「ずばり聞きますが、レイカールトン侯爵さまは、もうここにいらっしゃるのですか?」 
「いるさ。すぐに会わせてやる」

 ベルが怪我をおしてまで会いたがっていたのをレンブラントは知っている。

 だから望み通りの答えを与えれば、なぜかベルは唇を噛んだ。そして自分の上着をぎゅっと握った。

「ねえ、レンブラントさん……約束覚えてます?レイカールトン侯爵の元に嫁ぎたくないなら、逃してくれるって」
「ああ、覚えてる」 
「……あれ、まだ有効ですか?」
「有効だと言ったら?」

 明確な答えが欲しくてわざと質問を質問で返せば、ベルはさらにレンブラントの上着を強く握る。

 そして、震える声でこう言った。

「逃げたい。だって私……あなたのことが好きだから」

 レンブラントはベルの言葉を最後まで聞くことなく、強く彼女を抱きしめた。

 最後まで聞かなくても、もう十分だった。渇望し、でも手に入らないと諦めかけていた言葉を貰えたのだ。

 これまで感じたことが無い幸福感が体中に広がる。

「俺は、あんたからそう言われるのを……この時をずっと待っていた。好きだ、ベル。あんたが俺を好いてくれる前から、ずっと好きだった」

 腕の中にいるベルが小さく震えるのがわかった。

 更に強く抱きしめ、彼女の髪に顔をうずめる。甘い香りが鼻腔をくすぐり、レンブラントは不意に涙が零れそうになった。

 触れるだけで、こんなにも愛おしく、胸を熱くさせるものがあるなんてレンブラントは知らなかった。

 ただ、レンブラントはベルに伝えなければならないことがある。
 
 それは出会ってからずっとずっと、抱えていた秘密だった。

「ベル、聞いてほしいことがある」
「なんでしょう?でも、その前に……ちょっと苦しいです、コレ」
 
 くぐもった声が腕の中から聞こえて、レンブラントはすこしだけ拘束を緩める。それから膝を折って、ベルと目線を合わせた。

「あのな、実は」

 ……っと、そこまでレンブラントが口を開いたその時、まるで図ったかのようにガドバルドがひょっこり顔を出した。

「─── ぅおっほんっ、取り込み中悪いがちょっと良いか?」
「ああ、構わない」

 邪魔をするなと言いたい気持ちをぐっと堪えて、レンブラントは顔だけガドバルドの方を見る。

 腕を解かないのは、ベルが真っ赤になった顔を、自分の胸に押し付けているから。確かに身内にこういう所を見られるのは恥ずかしいという気持ちはわかる。

 だからレンブラントは、さっさとガドバルドを追い払うために目だけで「要件を早く言え」と訴えた。

 そうすればガドバルドは、チラッとベルを見てから口を開く。

「一先ず連中は、王都へと護送することにした。あと、雇われていた手練れたちは、ここの詰所で対処するようにした。でもって、隊長殿はどうする?すぐにでも王都へ向かうか?」
「いや、一旦はフローチェの屋敷に戻るつもりだ。怪我人の手当てもしたいしな。おっさんは、悪いが先に向かってくれ」
「わかった。何かあったら馬を走らせてくれ」
「了解、では道中気を付けてな」

 早口で会話を終えた二人は、小さく頷き合う。そしてガドバルドは背を向けて再び外へと向かう。

 ……と、思いきや、ガドバルドは倉庫の出口まであと3歩といったところで足を止めた。

 そして、くるりと振り向き口を開いた。少々意地の悪い笑みを浮かべて。

「では、姪のことは任せしますよ、。……くれぐれも私に殴られるようなことがないように」
「ああ、わかってる。おっさんも気を付けて帰ってくれ」

 レンブラントはさらりと笑って頷いた。

 だが、内心は違う。

(くっそ。まさか、こんなふうに伝える結果になるとはっ)

 苦々しい気持ちでいっぱいだった。

 けれど覆水盆に返らず。それに、伝えるタイミングはいくらでもあったのに、自分がもたもたしていたせいでこうなってしまったのだ。これはある意味、自業自得。

 だがらレンブラントは苛立つ気持ちを切り替えて、絶賛腕の中で目を白黒している彼女に視線を向けた。

「どーも、初めまして。レイカールトン侯爵です」

 そう言った瞬間のベルの顔は見ものだった。そして───

「はぁ!?なんでっ。なんでっ、レンブラントさんが……どうして!? は?はぁ??レイカールトン侯爵って……はぁ!?」
 
 人が混乱したときに取る全てのリアクションを披露するベルを、レンブラントはぎゅっと抱きしめた。

 今にもベルが、自分の元から逃亡しそうだったので。
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