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5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた
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言われるがまま跪いたベルを見て、ケンラートは満足そうに笑う。
しかし、それだけで彼が満足するはずがなかった。
「ベル、今度は俺の靴を舐めろ」
「……っ」
さすがの命令にベルは項垂れた姿勢のまま、思わず息を吞んだ。
(は?……靴を舐めろ?……はぁ??)
よくもまぁそんなことを思いつくものだと、呆れてものが言えない。
しかしベルは、足を伸ばしてきたケンラートの靴に顔を寄せる。さすがに舐める気は無いからフリだけで誤魔化そうとした。けれども───
「───……痛っ」
あと少しで鼻先が靴に届くといったところで、思いっきり顔を蹴られた。
(なるほど。とことん、いたぶる気か)
血の滲んだ唇の端を手の甲で拭いながら、ベルは半目になった。元軍人という贔屓目を抜いても、この男最高に性格が悪い。
ついでにコイツが軍人を辞めたのは、絶対に自主退役じゃなく、除籍処分だろうと勝手に結論付けたりもする。
「なにやってんだよ、ベル。ほら、さっさと靴を舐めろ」
心の底から嬉しそうに笑いながら、ケンラートは煽るようにつま先を動かす。
多分これは何度も続くだろう。そうわかっていても、ベルは大人しく同じ動作を繰り返す。そして、また同じように蹴られる。
その間、何度もパウェルスが「やめろっ、やめてくれ!」と叫ぶ声が耳朶を差す。最後はもう涙声になっている恩師の声を聞いても、嘲笑うフロリーナ達の声が追加されても、ベルは無表情で跪く。
そして屈辱的な行為は何度も繰り返され、ベルは体力的にも精神的にも自分の限界が近いことを悟る。
しかしベルは精一杯、なんでもない顔をして同じ動作を繰り返す。ケンラートがこんな鬼畜な行為をしているのは、ただ鬱憤を晴らしたいからではなく、自分の心を折りたいからだとわかっているから。
(誰が折れるもんか!馬鹿にしないで!!)
心の中でベルは叫ぶ。そして、コレをしている間は、恩師の命が守られるのだと自分に言い聞かせる。
けれどこの果てしないと思われた時間は、突如として終わりを告げた─── この場を制圧するような一発の銃声によって。
耳をつんざく程の破裂音がしたと同時に、剣を持つケンラートの手が鮮血に染まる。彼の手から滑り落ちる剣の音が銃声の余韻の中、やけに大きく響いた。
弾けるように立ち上がり、こちらに駆け寄る恩師の姿と、泣き喚きながら倒れるケンラートの姿が同時に視界に移り、少し遅れて青ざめながら後退するフロリーナ達が見えた。
それらの全ては、銃声に驚いたベルが尻もちを付いた間の出来事で、時間にして数秒。
しかし、たった数秒でこの状況はチェス盤をひっくり返したように変わった。
「─── 先に言っておく、あんたはロクな死に方をしない」
悠然とカツン、カツンと靴音を響かせて、引き金を引いた人物は物騒この上ない台詞を吐いた。
しかしベルは振り返って、それが誰なのか確認しなくてもわかる。
そして後に続く足音は複数で、これもまた確認する必要はない。
(……来てくれた。助けに……来てくれた)
近付いてくる足音を聞きながら、ベルは震える手を胸の位置でぎゅっと組み合わせる。そうしなければ、みっともなく泣いてしまいそうだから。
「……遅くなってすまなかったな」
足音が止まると同時に、ぽんっと大きな手が頭の上に乗った。
ゆるゆると顔を上げると、そこには銀髪の軍人がいた。
相変わらず目つきは悪いけれど、ベルは目が合った途端、迷子になった子供が親を見付けた時のようにくしゃりと顔を歪ませた。
しかし、それだけで彼が満足するはずがなかった。
「ベル、今度は俺の靴を舐めろ」
「……っ」
さすがの命令にベルは項垂れた姿勢のまま、思わず息を吞んだ。
(は?……靴を舐めろ?……はぁ??)
よくもまぁそんなことを思いつくものだと、呆れてものが言えない。
しかしベルは、足を伸ばしてきたケンラートの靴に顔を寄せる。さすがに舐める気は無いからフリだけで誤魔化そうとした。けれども───
「───……痛っ」
あと少しで鼻先が靴に届くといったところで、思いっきり顔を蹴られた。
(なるほど。とことん、いたぶる気か)
血の滲んだ唇の端を手の甲で拭いながら、ベルは半目になった。元軍人という贔屓目を抜いても、この男最高に性格が悪い。
ついでにコイツが軍人を辞めたのは、絶対に自主退役じゃなく、除籍処分だろうと勝手に結論付けたりもする。
「なにやってんだよ、ベル。ほら、さっさと靴を舐めろ」
心の底から嬉しそうに笑いながら、ケンラートは煽るようにつま先を動かす。
多分これは何度も続くだろう。そうわかっていても、ベルは大人しく同じ動作を繰り返す。そして、また同じように蹴られる。
その間、何度もパウェルスが「やめろっ、やめてくれ!」と叫ぶ声が耳朶を差す。最後はもう涙声になっている恩師の声を聞いても、嘲笑うフロリーナ達の声が追加されても、ベルは無表情で跪く。
そして屈辱的な行為は何度も繰り返され、ベルは体力的にも精神的にも自分の限界が近いことを悟る。
しかしベルは精一杯、なんでもない顔をして同じ動作を繰り返す。ケンラートがこんな鬼畜な行為をしているのは、ただ鬱憤を晴らしたいからではなく、自分の心を折りたいからだとわかっているから。
(誰が折れるもんか!馬鹿にしないで!!)
心の中でベルは叫ぶ。そして、コレをしている間は、恩師の命が守られるのだと自分に言い聞かせる。
けれどこの果てしないと思われた時間は、突如として終わりを告げた─── この場を制圧するような一発の銃声によって。
耳をつんざく程の破裂音がしたと同時に、剣を持つケンラートの手が鮮血に染まる。彼の手から滑り落ちる剣の音が銃声の余韻の中、やけに大きく響いた。
弾けるように立ち上がり、こちらに駆け寄る恩師の姿と、泣き喚きながら倒れるケンラートの姿が同時に視界に移り、少し遅れて青ざめながら後退するフロリーナ達が見えた。
それらの全ては、銃声に驚いたベルが尻もちを付いた間の出来事で、時間にして数秒。
しかし、たった数秒でこの状況はチェス盤をひっくり返したように変わった。
「─── 先に言っておく、あんたはロクな死に方をしない」
悠然とカツン、カツンと靴音を響かせて、引き金を引いた人物は物騒この上ない台詞を吐いた。
しかしベルは振り返って、それが誰なのか確認しなくてもわかる。
そして後に続く足音は複数で、これもまた確認する必要はない。
(……来てくれた。助けに……来てくれた)
近付いてくる足音を聞きながら、ベルは震える手を胸の位置でぎゅっと組み合わせる。そうしなければ、みっともなく泣いてしまいそうだから。
「……遅くなってすまなかったな」
足音が止まると同時に、ぽんっと大きな手が頭の上に乗った。
ゆるゆると顔を上げると、そこには銀髪の軍人がいた。
相変わらず目つきは悪いけれど、ベルは目が合った途端、迷子になった子供が親を見付けた時のようにくしゃりと顔を歪ませた。
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