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5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた
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「ははっ、良い顔してるなベル」
いつの間にか立ち上がったケンラートは、パウェルスの首筋に剣を突きつけていた。
(あれほど蹴り倒したのに、まだ立てるなんて。さすが元軍人。無駄に頑丈だ)
ベルはぎりっと歯ぎしりをしながら、ケンラートを睨みつける。
けれど心の中で悪態を吐いてみたものの、これは強がりだということは自覚している。そしてあまりの衝撃に不覚を取ってしまったことも。
ケンラートは元軍人だ。身体もそれなりに鍛えているし、多分、ついさっき倒した手練れたち並みに剣を扱えるだろう。いや、それ以上か。
パウェルスの元までは、大股でも4歩。一気に距離を詰めたとて、間違いなくケンラートの方が早くパウェルスの首に刃を埋め込むことができるだろう。
(……下手に動くことはできない。なら、時間を稼ぐ?でも……現状を打破できる案など、思いつくだろうか)
焦りは禁物、冷静になれ。と、自分に言い聞かせているが、どうしたって動揺を隠すことはできない。
せめて表情だけでも無でいようとするが、わずかな唇の震えはしっかりケンラートに見られていた。
「ベル、ここに跪け。俺様に首を垂れろ」
案の定、ケンラートはえげつない命令を下してきた。
いっそのことクルトの上で跪いてやろうかとすらベルは思った。しかし、ご丁寧にケンラートはクルトから少し離れた位置を指で示している。
不本意この上ないが、ベルは迷うそぶりを見せずクルトの背中から降りる。もちろん、こっそり彼のわき腹につま先を埋め込んでから。
腎臓近くのそこは急所の一つ。自分は痛覚が麻痺していたから動けたけれど、本来なら激痛が走り、しばらくは動けないはずだ。
……などとベルが頭の隅で考えながら、膝を折ろうとしたその時。
「ベル様、なりません!老い先短い爺のことなど放っておいてください!!」
迷いを振り切ったような顔つきになったパウェルスは、あらんかぎりの声で叫んだ。
ベルは気付いている。パウェルスが唯一の肉親である孫娘を人質に取られてしまったことを。
そうでなければ、かつて剣豪と謳われた男がこんな簡単に屈するようなことはないはずだから。
しかしパウェルスは、今、自分を選ぼうとしている。孫娘が成長する姿を楽しみにしていたのに、それさえも捨てようとしている。
そんな血の吐くような恩師の叫びを聞いても、ベルはあっけらかんと笑う。
「ごめん、師匠。それはできないよ」
だって領印を破壊するときに、決めていたのだ。誰も犠牲にしないと。
罪も罰も、全部自分が負うと決めていた。そして、今この時点でもその決意は変わっていない。
パウェルスはベルにとって恩師だ。でもその前に、ケルスの領民だ。父であるラドバウトが愛し護り続けた領地で、幸せになるべき人間の一人なのだ。
ベルだって恩師の幸せを心から望んでいる。
だから笑って、床に落ちたゴミでも拾うような仕草で地面に跪いて首を垂れた。
いつの間にか立ち上がったケンラートは、パウェルスの首筋に剣を突きつけていた。
(あれほど蹴り倒したのに、まだ立てるなんて。さすが元軍人。無駄に頑丈だ)
ベルはぎりっと歯ぎしりをしながら、ケンラートを睨みつける。
けれど心の中で悪態を吐いてみたものの、これは強がりだということは自覚している。そしてあまりの衝撃に不覚を取ってしまったことも。
ケンラートは元軍人だ。身体もそれなりに鍛えているし、多分、ついさっき倒した手練れたち並みに剣を扱えるだろう。いや、それ以上か。
パウェルスの元までは、大股でも4歩。一気に距離を詰めたとて、間違いなくケンラートの方が早くパウェルスの首に刃を埋め込むことができるだろう。
(……下手に動くことはできない。なら、時間を稼ぐ?でも……現状を打破できる案など、思いつくだろうか)
焦りは禁物、冷静になれ。と、自分に言い聞かせているが、どうしたって動揺を隠すことはできない。
せめて表情だけでも無でいようとするが、わずかな唇の震えはしっかりケンラートに見られていた。
「ベル、ここに跪け。俺様に首を垂れろ」
案の定、ケンラートはえげつない命令を下してきた。
いっそのことクルトの上で跪いてやろうかとすらベルは思った。しかし、ご丁寧にケンラートはクルトから少し離れた位置を指で示している。
不本意この上ないが、ベルは迷うそぶりを見せずクルトの背中から降りる。もちろん、こっそり彼のわき腹につま先を埋め込んでから。
腎臓近くのそこは急所の一つ。自分は痛覚が麻痺していたから動けたけれど、本来なら激痛が走り、しばらくは動けないはずだ。
……などとベルが頭の隅で考えながら、膝を折ろうとしたその時。
「ベル様、なりません!老い先短い爺のことなど放っておいてください!!」
迷いを振り切ったような顔つきになったパウェルスは、あらんかぎりの声で叫んだ。
ベルは気付いている。パウェルスが唯一の肉親である孫娘を人質に取られてしまったことを。
そうでなければ、かつて剣豪と謳われた男がこんな簡単に屈するようなことはないはずだから。
しかしパウェルスは、今、自分を選ぼうとしている。孫娘が成長する姿を楽しみにしていたのに、それさえも捨てようとしている。
そんな血の吐くような恩師の叫びを聞いても、ベルはあっけらかんと笑う。
「ごめん、師匠。それはできないよ」
だって領印を破壊するときに、決めていたのだ。誰も犠牲にしないと。
罪も罰も、全部自分が負うと決めていた。そして、今この時点でもその決意は変わっていない。
パウェルスはベルにとって恩師だ。でもその前に、ケルスの領民だ。父であるラドバウトが愛し護り続けた領地で、幸せになるべき人間の一人なのだ。
ベルだって恩師の幸せを心から望んでいる。
だから笑って、床に落ちたゴミでも拾うような仕草で地面に跪いて首を垂れた。
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