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5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた

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(さすがにミランダとレネーナは殴りかかってこないか。できれば反撃して、1発くらい蹴りを入れたかったんだけど。でも、やっぱり女性を殴るのは気が引けるから、全員気絶させるのが手っ取り早いか)

 ベルはクルトの背中に足を置いたまま、これからの段取りをさくさくと考える。

 ちなみにクルトを踏んづけたままでいることに他意はない。ただ単に踏み心地が良いからで。

 ……嘘である。

 ベルはどさくさに紛れて、ちゃっかりクルトに意趣返しをさせてもらっている。

 あの日───イマナの町で踏みつけられたことをベルは、未だにがっつり根に持っているのだ。

 コートを汚されたことも、数日間まともに寝返りを打てなかったことも、銀髪軍人に半裸を見られたことも。全部全部、忘れていないし許せない。

 でも口が利けないほど満身創痍にするつもりはない。それを理由に、裁きの場で黙秘なんてされたらたまったもんではないから。
 
 だからベルは、仕返しはこのあたりで終わりにして、さっさとフロリーナ達の身動きを封じようとした。

 けれどベルはクルトの背を踏みつけたまま動かない。否、動けなかった。

 懲りずに立ち上がりながら拳を振り上げたケンラートを蹴り上げた僅かな間に、ミランダとレネーナが背後に隠していた男を引きずるように、ベルの目の前に転がしたから。

「……どうして、ここに」

 ベルはかすれた声で、目の前にいる人物に問いかけた。

 しかし問われた主は、何も語らない。ただただ心の底から申し訳なさそうに唇を噛み締めるだけ。何度も殴られたのだろう。顔中アザだらけで、とてもとても痛々しい。

 そして拘束された身体では、起き上がることすらできないのかもしれない。だってこの人は、片腕が使えないのだから。

「ベル、わたくしが手ぶらでケルス領を出ると思ったの?思いの外、馬鹿なのね、あなたは」

 くすくすとフロリーナの耳障りな笑い声がベルの耳朶を差す。少し遅れて、ミランダとレネーナの嘲笑う声も重なる。

 しかし、ベルは3人の声などまったく聞こえていなかった。

 ここに居るはずのない人物を食い入るように見つめるだけ。

(......寒そう。痛そう。ねえ、どうして一人でこんなとろに居るの?ねえ、どうして......こんな奴らに拘束されちゃったの?......たとえ片腕が使えなくったって、あなたはこの程度の相手に屈するはずがないのに)

「……どうして」

 再びベルは呟いた。たくさんの疑問と不安をつめこんで。

 その声は掠れて小さいものだったが、目の前に転がる男にはきちんと届いてくれた。

「......お許しください、お嬢様」

 男はわずかに首を捻って、それだけをベルに伝えた。取り返しのつかない罪を犯した人間の顔だった。 

 彼の名はパウェルス。

 ベルにとって師匠であり、恩人であり、家族のように慕い、これまで自分を支えてくれた─── とても大切な人だった。
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