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5.【私は】【俺は】─── この時をずっと待っていた

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 窓から飛び降りたベルは、華麗に着地を決める。

 そして頬に張り付いた髪を乱暴に耳に掛けたと同時に、ちょうど誰かが乗り捨てた馬が、使用人に手綱を引かれ厩へと移動しているのが目に入った。

(なんという幸運!)

 咄嗟のことで、実はベルは所持金ゼロで庭に降りてしまっていた。

 そのため、辻馬車すら拾えない状況だったので、街まで駆け足しないといけないのかと覚悟していた。けれど、どうやら病み上がりの身体に鞭打って走る必要は無くなった。

 ただ馬はポッカポッカと、大股で移動している。急がなければ、このまま視界から消えてしまいそうだ。

 そんなわけでベルは全速力で駆け出すと、使用人から手綱を奪って馬に跨った。

「ごめんなさい!ちょっと借ります」
「は?───…… えっ、ちょ、ベル様!!」

 あまりの素早い動きに、使用人は一瞬何が起こったかわからなかったようだ。

 しかし、己の手から手綱が消えたことに気付いた瞬間、ぎょっとした表情でベルを呼び止めた。

 ただ残念ながらベルはしっかり使用人の声を聞いたけれど、既に門を通り抜けるところだった。

「……ダミアンさん、ちゃんと誤魔化してくれるかな」

 風を切るように走り出した馬の手綱を強く握って、ベルは独り言つ。

 ベルにとってダミアンは、カードゲームが弱くてレンブラントに下僕のように扱われるちょっと残念な人という認識だ。

 そんな彼が、使用人たちの対処ができるかと聞かれると、不安だとしか言えない。せめて足止めの時間稼ぎ程度には役に立ってほしいと切に願う。

 もちろんダミアンが自分の為に心を砕いてくれているのはわかっている。

 でも、これまでずっと血縁関係があることを黙っていたのは確かな事実で、そのことにしこりを覚えてしまうのは仕方がない。

(まぁその件は後回しにしよう。今はそんなことより、無事に街に行くのは先決だ)

 なにせベルが馬に乗るのは5年ぶり。正直、今こうして落馬せずにいるのが不思議なくらいだ。

 などという大きな不安を抱えているベルであるが、お借りした馬は大変お利口さんだった。誰の馬かはわからないが、心から感謝したい。

 そして、どうかお利口さんのまま、街まで連れて行って欲しいと願うベルだった。 




***



 ここ最近、ずっと冷たい神様が気まぐれをおこしたのか、それとも馬が優秀過ぎたのかわからないが、無事にベルは目的地であるフローチェ邸から一番近い街に到着した。




「……さあて、フローチェさんはどこにいるか……と」

 馬を適当な場所に繋ぎ終えたベルは、てくてくと街の中を歩き出す。

 ここはマクシという名の街。王都の次に大きな街で、宿場街というよりは産業がさかんなところ。

 実業家のフローチェは、ここの街のどこかに大規模なドレス工房を構えている。

 そこで沢山のドレスを作って、王都の店舗に卸しているのは本人から聞いているので確かな情報だ。

(やみくもに探すよりは、まずは工房にお邪魔したほうが良いな)

 商談が嘘ではないなら、フローチェの最後の足取りは工房の誰かが知っているだろう。知らないなら、それはそれで捜索材料の一つとなる。

 といっても、マクシの街は広い。

 市場も賑わっているし、宿屋も軒を連ねている。酒場も昼間っから店を開けているし、土産屋も雑貨店も営業中なので、酔っ払いや旅行者。それから浮浪者っぽい人まで歩いているので、真っすぐ歩くだけでもなかなか苦労する。

 そんな中、ベルはきょろきょろと辺りを見渡しながら歩く速度を上げる。大きな工房ならすぐに見つかると思ったが、なかなか見つからない。

(人に聞いた方が早いか。でも、むやみに声を掛けるのはちょっと危険か……それに、工房の名前なんて知らないし。もうっ、こんなことになるなら、ちゃんと聞いておけばよかった)

 フローチェが消えて、もう既に1日以上時間が過ぎている。焦る気持ちばかり膨れ上がって、ベルはかなり冷静さを欠いていた。

 だから、後ろからバタバタとこちらに近付いてくる足音に警戒する余裕がなかった。

 そして足音が間近に迫った途端、やっと危険を感じてベルが振り向こうとした瞬間、誰かに肩を強く掴まれてしまった。 

「ベルちゃん!駄目だ!!急いで戻ろうっ」

 切羽詰まった声を出して、ベルの肩を掴んだのは─── またもやダミアンだった。
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