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3.毒舌少女は捨てたいソレを手放せない

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(は?……これ手じゃない??)

 冷たい雨でずぶ濡れになっているのに、自分の唇に触れているものは柔らかく温かい。

(手じゃないなら……何? え??これってまさか!?)

 自分の唇に何が触れたのか気付いた瞬間、ベルは心臓が止まるほど驚いた。

 口封じというにはあまりに破廉恥な行動に「他にやりようはなかったのか?!」と初キスの感想を自分に求めるよりも、この不埒な唇の持ち主に詰め寄りたくなる。

 でも、ベルは唇を動かすことができない。なぜなら、現在進行形でレンブラントの唇がくっついているからだ。

 これは俗にいうキスというものなのだが、状況が状況だけに、ベルは唖然とすることしかできない。

「……よし、大人しくなったな」

 多分時間にして数秒の出来事だったのに、レンブラントはふぅっと息を漏らした。

 雨で濡れてしまった首筋に、それは必要以上に熱かった。

「…… 覚えていなさいよ。このロリコン変態軍人さん」

 ベルは、首筋を擦りながらレンブラントを睨みつけた。また唇を塞がれたらたまったもんではないから、もちろん小声で。

 すぐに、くすっと余裕のある笑いが降って来た。

「ああ、わかったわかった。あんたの貞操を奪った責任は、俺がとってやるから、とりあえず今は大人しくしてろよ。良いな?───……ちっ、来たか」

 子供をあしらう口調から一変して、舌打ち交じりにレンブランドは片腕でベルを持ち上げる。

「ぅわぁ……っ」

 ベルは、急に視線が高くなったのことに一瞬たじろいでしまったが、すぐに状況を把握した。

 いつの間にか、十数人の武器を手にした覆面の男達に囲まれていた。

「さて、今すぐ回れ右をしてお家に帰れと言ったところで、あんた達は素直に頷いてくれるかな?もしくは取引を持ち掛けてくれるなら、こっちもそれ相応の対応をしてやるが?」

 片手で前髪をかき上げながらレンブラントは、親しい友人の問いかけるような口調で覆面達に言った。

 じっとりと濡れた銀色の髪は、闇に覆われた森の中で星のようにきらめいている。それがまるで、刃のように美しくて恐ろしい。

 しかし覆面達からは、うんともすんとも返事はない。雨の音だけが、辺りに響く。

「ま、そうだろうな」

 肩を竦めたレンブラントの声音は、真冬の湖よりも冷たかった。

 そして静かに腰に差してた剣を片手で抜く。

 それを合図に、覆面達もじりじりと距離を詰めてくる。

「……レンブラントさん」
「お、なんだ?キスのお代わりの催促か?」

 もはや気が触れたとしか思えないレンブラントの発言に、ベルは無表情で首を左右に振った。

「ただでさえ不得意な剣を扱うのですから、私を降ろしてください」
「アホなことを言うな。こんな時なんだから、ちっとは可愛らしいことを言えないのか?」

 拗ねた顔をするレンブラントの頭を、引っ叩きたいとベルは本気で思った。

(あのねえ……こんな時だからこそ、あなたの身を案じて降ろせと言っているというのに、どうしてとんちんかんな返答しかしてくれないの!)

 だがベルは、それをレンブラントに伝えることはできなかった。覆面の一人が、勢いよく斬りかかってきたからだ。

 ─── キンッ。

 剣と剣がぶつかり合う独特の金属音が、夜の森にこだまする。

「あのなぁ、ベル。言っておくがな、俺は剣は得意じゃない」

 覆面の男と鍔迫り合いをしながら、レンブラントは片腕で抱きかかえているベルにきっぱりと言った。

 すぐさまベルは、この世の終わりのような顔をする。

 しかし、レンブラントの言葉には続きがあった。

「なんでかっていうとな、拳銃と違って、こっちは急所しか狙うことができないんだ」 
 
 淡々とレンブラントが宣言して剣を振り払ったと同時に、覆面の男が目を見開いたまま地面に倒れ込んだ。

 倒れた男は、激しい雨が降り続いているというのに瞬きをしない。絶命しているのは明らかだった。

 そして、そこそこ強いはずの手練れをあっさりと斬り殺したレンブラントは、冷笑を浮かべながら、他の覆面に向け口を開く。

「先に言っておく。死にたくないなら、今すぐ去れ。それでも向かって来るなら、容赦はしない」

 切っ先を向けながらそう言い放ったレンブラントに気圧されたのか、覆面達が小さく息を呑むのがわかった。



 ─── けれどそれは一瞬のこと。

 雨音が響く森の中で、再び、剣と剣がぶつかり合う音が響き始めた。
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