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3.毒舌少女は捨てたいソレを手放せない

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 冬の夜の森は、全てが闇に飲み込まれてしまったかのように静かだった。月が厚い雲に覆われている今は尚更に。

 ただ良く目を凝らせば、森の奥に6等星のようにぼやけた灯りが見える。

 僅かに見えるそれは、冴え冴えとした夜空に輝くものではなく、人工的な温かみがある。

 更に目を凝らせば、その灯りは民家より二回り大きくそして武骨な建物から漏れていることに気付く。

 これはかつて夜襲に供えて建設された見張り台を兼ねた砦。今は軍事訓練の休憩所として、ごく稀に使用される場所。

 そしてここは、ベル達の本日の宿である。


 厚い雲が夜空を覆ってしまっているので、月の位置はわからない。けれど今は夜が深く、誰もが眠りに落ちる時間帯であった。

 そんな深い静寂に包まれている中、砦から冬眠中のクマが目覚めてしまう程の大声が響いた。







「なんでだよっ。何でベルちゃんがあんな大怪我を負わなきゃいけないんだ!!」
「落ち着け、ダミアン」
「できるかよっ。だいたい何でレンがいたのに、こんなことになるんだよっ」
「……だから、それは今、説明したはずだ」
「納得できるわけないじゃんっ」
「できるできないの問題じゃない─── それと気持ちはわかるが声を荒げるな。ベルが起きる」
「……っ」

 激昂していたダミアンは、レンブラントの最後の一言を耳に入れた途端、はっと我に返った。

 すかさずレンブラントは言葉を重ねる。

「あと、その手を離せ」
「……うん」

 淡々とした口調で命じられたダミアンは素直に従った。

 ちなみにダミアンの両手は、レンブラントの胸倉をがっつりつかんでいた。

「お前が怒り狂うのはわかるし、その通りだ。俺は言い訳をするつもりはない。殴られてしかるべきことをした」

 レンブラントは乱れた胸元を整えながら、淡々と言った。 
 
 かつて執務室として使われていたここは、そこそこに広い。

 けれども、流行遅れの壁紙に、煤まみれの暖炉。そして色褪せしたソファーセットに、ニスが取れかかった大きな机があるのみ。

 片側の壁はかつて本棚として使用されていたと思われる作り付けの棚があるが、今はほとんどが空洞だった。

 そんな廃墟臭が漂うここは、遮るものが少ないせいで声が良く響く。

「……どうしよう。ベルさん、起きちゃったかなぁ」
「かもな」

 我に返ったダミアンがオロオロとそんなことを言えば、レンブラントは気の無い返事をしながら執務机に移動して書類を読み始める。

 ダミアンをぞんざいに扱っているわけではないし、本当はちょっと怒っているわけでもない。

 ただ単に時間が惜しいのだ。

「ねぇ、レン」
「……なんだ。殴るのは構わないが、悪いがこれを読んでからにしてくれ」
「しないよぅ。そうじゃなくってさぁ」
「だから何だ?」
「さっきは、その……ごめんね」
「……ああ」

 再びそっけ無い返事をするが、レンブラントは別段怒ってはいない。

 ダミアンに罵倒されたことも、胸倉をつかまれたことも当然だと思っているし、自分だったらどんな事情であれ、2、3発ぶん殴るだろうと冷静に思っているから。

 あの時─── レンブラントはクルトがベルの背中を踏み潰している時には既に近くにいた。けれど、領印をベルが破壊したことを聞いてしまい、助けることができなかった。
 
 レンブラントは軍人である。
 知ってしまえば、ベルを処罰しなければならない立場だ。

 それに見過ごしたくても、あの時はクルトが必然的に証人となってしまっていたから、揉み消したくても難しい状況だった。

 だからレンブラントは間を置いて登場した。聞かなかったことにしたのだ。

 結果的には、ベルが殴られ、蹴られているのを傍観したことになる。それをダミアンは激怒しているのだ。

 ただ、レンブラントの手のひらには己が付けた傷がある。耐える為に強く手を握りしめたせいで、爪が食い込んでしまったのだ。

 ダミアンはその傷に気付いている。その状況だったら自分だってレンブラントと同じ行動を取るとも思っている。

 ─── とはいえ、感情を抑えることができなかった。そして只今、大変深く反省している。

 でもしつこいが、今はそんなわかりきった会話をする時間すら惜しい。

 なので、レンブラントはその辺の全部を端折って、口を開いた。

「報告書、助かった。これでベルのことは、大体理解することができた。……あと、領印の再造許可は下りたか?」
「うん!」

 元気よく返事をしたダミアンに、レンブラントは「だから声量を落とせ」と唸る。

 あと、あまりに簡単に頷くダミアンに、レンブラントは少々疑念を抱いてしまった。
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