上 下
33 / 117
2.他称ロリコン軍人は不遇な毒舌少女を癒したい

14

しおりを挟む
 ベルは必死に考える。この危機的状況をどう打破すべきかを。

(いや、考えるまでもなかった。こりゃあ、自分が逃亡するしかないっ)

 幸い路銀はある。こう言ってはアレだが、金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる。

 ───……じり、……じりり。

 ベルはレンブラントに気付かれぬよう距離を取る。けれどその瞬間、

「お嬢ちゃん、動くな。あんたはそこにいろ」

 クルトに向けるそれよりは柔らかい。だが、かなり厳しい口調で制止を命じられ、ベルの足は待てを命じられた犬のように止まってしまった。

 焦りから、ベルの喉がこくりと鳴る。

 地面に這いつくばるクルトの背には相変わらずレンブラントの足が乗っかっている。

 こんなところに立ち止まらずに、逃げるなら今しかないのはわかっている。でもレンブラントから逃げ切るのは、かなり難易度が高いのも事実だ。

 それに今、仮に逃げ切ることができても、この先間違いなく彼は追ってくる。そして逃げ切れる自信は……悔しいが、無い。

 だからベルは発想を切り替えた。 

 あと、クルトは厄災しか生まない存在なだけれど、諸般の事情で生きていてもらわなければならないし。

 ならば───こうするしかない。不本意だが。本っ当に不本意だけれどっ。

「レンブラントさんっ、兄に乱暴するのはやめてくださいっ」

 ベルは今にも泣きそうな顔を作って、レンブラントの元まで掛け戻ると崩れるように膝を付いた。次いでその長い足にしがみつく。

 それから視線が同じになったクルトに『逃げろ』と口パクで伝えようとし……ようとしたけれど、僅かな隙をついてクルトはレンブラントの足から逃げ出した。

「おいっ、待て!」
「駄目!レンブラントさん、追わないでっ」

 レンブラントは咄嗟にクルトの後を追おうと足を動かそうとする。けれど、ベルがしがみ付いているせいで、バランスを崩してしまった。

 幸い持ち前の身体能力で転倒することはなかったけれど、クルトは予想以上に逃げ足が早くみるみるうちに小さくなっていく。

「ベル!!」

 空気を引き裂くような怒声が降ってきてもベルの腕は、レンブラントから離れない。

「……あ、あんな奴でも、私にとって兄なんです」

 ベルは目を閉じて震える声でそう言った。

 嘘であっても、こんなことを口にして胸糞悪いと内心吐き捨てながら。

「あんな奴でも、か……」

 幸いにもレンブラントはそれを都合よく解釈してくれたようで、これ以上怒声が降ってくることはなかった。

 ただ、バタバタと地面を蹴りながら、複数の足音が背後から近づいてきた。

「隊長っ」
「いた!」
「……っ」

 声の主たちを振り返って確認しなくてもわかる。市場ではぐれてしまったラルク達だ。

「……ベル、いい加減その手を離せ」
「嫌ですっ」

 ベルはぎゅっとレンブラントの足を掴んだまま、首を激しく横に振った。そして彼を見上げて”ラルク達に追う命令を下さないで”と目で必死で訴える。

 その申し出は、ため息交じりに認可された。

「わかった。わかったから……離せ。俺は女を跪かせる趣味はない」
「……はい」

 言質を貰えたベルは嫌々ながらも、手を離す。

 そうすればレンブラントは膝を付いてベルと向き合う形を取った。と、同時に大きな手をベルに伸ばす。
 
「……ひっ」

 ベルは小さく悲鳴を上げた。

 レンブラントの言葉を借りるなら自分は公務執行妨害をしてしまったのだ。だから絶対に殴られると思った。

 でも伸びた手は殴ることなく、ベルの頬直前で止まった。

「痛むか?……いや、この腫れならかなり痛むだろう。すぐに手当てが必要だ。宿屋に戻るぞ」

 痛々し過ぎて、触れることすら憚られる。そんな顔をして、レンブラントはベルの顔を覗き込む。

 けれど反対の手は、己の背に回し、ベルに気付かれぬよう部下達に指示を送っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雪うさぎ

恋愛
*エロいの苦手な方はダッシュで回れ右 どうやら私は異世界転生をやらかしてしまったようです。2度目の人生を異世界で、と言えばやっぱりあれですよね?転生チート! え?転生チートは無い? え?!無いの!? ☆チート☆加護☆聖獣☆獣耳☆

突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。 だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。 そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。

ヒーローは洗脳されました

桜羽根ねね
BL
悪の組織ブレイウォーシュと戦う、ヒーロー戦隊インクリネイト。 殺生を好まないヒーローは、これまで数々のヴィランを撃退してきた。だが、とある戦いの中でヒーロー全員が連れ去られてしまう。果たして彼等の行く末は──。 洗脳という名前を借りた、らぶざまエロコメです♡悲壮感ゼロ、モブレゼロなハッピーストーリー。 何でも美味しく食べる方向けです!

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

年下王子の猛愛は、魔力なしの私しか受け止められないみたいです

卯月ミント
恋愛
旧題:年下隣国王子は欲求不満! 王立魔術研究所の研究員である伯爵令嬢アデライザは、妹のイリーナに婚約者を寝取られてしまう。 傷心した彼女は国をはなれ、隣国第三王子の住み込み女家庭教師となった。 第三王子ルベルドは森の館に引きこもって魔術研究をしている研究者の青年。 森の館の人々の若き恋愛矢印を愛でて癒されるアデライザに、されど第三王子は猛アプローチ! いや自分への矢印は望んでないですけど! でも媚薬的なもの飲んで身体が熱くなっていたら鎮められてしまったり、他の男と話していたら嫉妬されたり。 年下王子に溺愛されて、アデライザは身も心も甘くほどけていく……。 *R18シーンは物語の後半からあります *R18回には★を入れてあります *お気に入り登録、本当にありがとうございます!めちゃくちゃモチベアップします! *hotランキングに載ることができました。これも読者様のおかげです。本当にありがとうございます…!! *なんと、hotランキング2位になっておりました!スマホにお気に入り登録通知が来るように設定しているのですが、スマホと一緒に震えておりました。ドっキドキ。凄いです。ほんとにありがとうございます!!!!! *2024年3月、書籍刊行いたしました!読者様のおかげです。本当にありがとうございます! *書籍化していない部分を残していただけることになりました!歯抜けになってしまいますが、このバージョンもお気に入りですので、WEB連載版として記念として残しておきます。主に後半、書籍版とどう違うか、お楽しみいただけますと嬉しいです。つまり、書籍版はWEB版とは後半がかなり違っているということです……。ただ、書籍化した部分は取り下げとなっておりますので、そこはご了承くださいませ。

兄の恋人(♂)が淫乱ビッチすぎる

すりこぎ
BL
受験生の直志の悩みは、自室での勉強に集中できないこと。原因は、隣室から聞こえてくる兄とその交際相手(男)のセックスが気になって仕方ないからだ。今日も今日とて勉強そっちのけで、彼らをオカズにせっせと自慰に励んでいたのだが―― ※過去にpixivに掲載した作品です。タイトル、本文は一部変更、修正しています。

赤獅子王子と囚われ姫の戯れ【アルファポリス版】

みきかなた
恋愛
獅子のたてがみのような真っ赤な髪をした王子セインは、隣国に攻め入りその国の美しい姫を見初める。 武骨な王子と囚われの姫の一夜の物語です。

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

処理中です...