上 下
6 / 117
1.毒舌少女は他称ロリコン軍人を手玉に取る

しおりを挟む
 説教中に飲食をする。

 これはどう考えても相手を煽る行為であり、また怒りを助長させる行為に他ならない。

 そして予想通り、絶賛説教中のレンブラントは息を呑み、大きく目を見張った。もう一人の軍人と謎の濃紺髪の男も唖然としている。

(......あー、こりゃやっちまったな)

 しんと静まり返った部屋の中、身の危険を感じたベルは、そんなことを心の中で呟きながら思わずスープ皿で顔を隠した。

 けれど、これまた斜め上の展開が待っていた。

「そうか食欲はあるようだな。......良かった」
「......はぁ?」

 なぜか安堵の表情を浮かべる銀髪軍人に対し、ベルは間の抜けた声を出してしまった。

 ちなみにもう二人も、銀髪軍人と同じ表情にいつの間にか変わっていた。

 更に意味がわからなくなり、ベルは我知らず胡乱げな目を向けてしまう。

 けれど銀髪軍人は気を悪くする素振りを見せることはしない。それどころか「もっと食べろ。でも、熱いから気を付けろ」と言いながら、ご丁寧に匙まで差し出してくる。

 延々と続きそうな説教を取るか、スープを取るか。

 そんなもの迷う必要は無い。

 ベルは無言で匙を受け取ると、ちまちまとスープを食すことを選んだ。

 ただ、人前で、しかも自分だけ食すというのは、何とも居心地が悪い。でも、ベルは心を無にして食べる。だって説教よりマシだから。

 そしてかなりの時間をかけてベルはスープを完食した。

「……ごちそうさまでした」
「もう良いのか?まだあるぞ」
「あ、いいえ。もう十分です」
「そうか」

 銀髪軍人からご丁寧にお代わりまで進められ、ベルは食い気味に断った。

 そうすれば、手にしていた皿と匙は銀髪軍人に取り上げられ、次いで、後ろにいた濃紺髪の男に預けられる。

 ナチュラルなそのやり取りを見て、銀髪軍人と濃紺髪の男の力関係がわかってしまった。あきらかに濃紺髪の男は、銀髪軍人のしもべだ。

 ただ、それを知ったところで興味は無い。あるのは、逃亡をリトライできるかどうかだけ。

 ベルは無表情のまま、ちらちらと周囲を確認する。

 可能ならこのまま”じゃあ、おやすみなさい”的なノリで一人にしてもらえないだろうか。

 それか”淑女の部屋にまだ居座るのかよ、オイ”的な空気を出して追い出すか。

 性懲りも無くそんなことを考えたのが顔に出てしまったのかはわからない。が、銀髪軍人は今度はベルに向け手を伸ばした。

「……ひぃ」

 顔面を覆う程の大きな手がすぐ目の前に来て、ベルは不覚にも小さく悲鳴を上げてしまった。

 けれど、その手はベルを殴ることはしなかった。優しく口元を拭われただけ。

 強張るベルに気付いた銀髪軍人は、眉を下げ「すまない」と短く謝罪をする。次いで膝を付いて、ポカンとするベルと視線を合わせた。

「自己紹介が遅くなって悪かった。俺はレンブラント・エイケン。レイと呼んでくれ。で、窓にいるのはラルクだ」

 銀髪軍人ことレンブラントが窓の方を向く。

 ベルもつられるようにそこに視線を向ければ、詰襟軍人はぺこりと頭を下げた。

 茶褐色の髪にそばかすが浮いた頬。ラルクは良く見れば、まだあどけなさを残している。

 多分、自分とそう年齢は変わらない。あと罪人相手に随分と礼儀正しい、上官である銀髪軍人とは雲泥の差だとベルは思った。
 
「それとあっちは」
「僕はダミアン。よろしくね」

 ぼんやりとラルクを見つめていれば、今度はレンブラントの言葉を引き継いで、濃紺髪の男がベルに向かって軽く手を振った。

「......」

 大変フレンドリーな挨拶を頂戴したが、この男とは縁もゆかり無い赤の他人である。

 それにチャラい感じがする男は好みではない。故に仲良くする義理は無い。

 そんな理由から綺麗に無視をかましたベルに、ダミアンは「嫌われちゃったかなぁ」と呟き、苦笑を浮かべた。

(そうだ。その通り。だからさっさと出て行け)

 口にこそ出さないが、がっつり表情に出して訴えれば、なぜかダミアンは軽い足取りでこちらに近付いて来た。

 そして、意地悪な視線をレンブラントに向けた。

「……それにしてもさぁ、レン」
「なんだ?」
「このお嬢さん、大人しいって言ってたけど、ぜんぜん違うじゃん。あーあ、どんな生活をしていたら、こんなお転婆になるんだろうねぇ」

 このダミアンの発言は、ただレンブラントの洞察力のなさをいじりたかっただけ。

 でも、ベルからしたら大変腹が立つことだった。

(……なにも知らないくせに)

 ベルは心の中でそう吐き捨てた。

 そして、これもまた無視しようと思った。いや、だった。

 でもなぜだか、これまで一度も苦労をしたことが無いようなヘラヘラ笑いを浮かべるダミアンに苛つきを抑えることができなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜
恋愛
娼館に身を置くティアは、他人の傷を自分に移すことができる通称”移し身”という術を持つ少女。 そんなティアはある日、路地裏で深手を負った騎士グレンシスの命を救った。……理由は単純。とてもイケメンだったから。 そして二人は、3年後ひょんなことから再会をする。 けれど自分を救ってくれた相手とは露知らず、グレンはティアに対して横柄な態度を取ってしまい………。 これは複雑な事情を抱え諦めモードでいる少女と、順風満帆に生きてきたエリート騎士が互いの価値観を少しずつ共有し恋を育むお話です。 ※◇が付いているお話は、主にグレンシスに重点を置いたものになります。 ※他のサイトにも重複投稿させていただいております。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています

四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

処理中です...