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1.毒舌少女は他称ロリコン軍人を手玉に取る
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【泣く子も黙るレン隊長からそんな言葉を聞くとは、僕、夢にも思わなかったよ】
その言葉を聞いた途端レンブラントは、己の失言が面倒くさいことになる予感がして顰めた。
しかし、もはや手遅れだった。
ダミアンはレンブラントの表情の変化すら面白いらしい。食べ途中のバケットを一旦テーブルに置き、ルンタッタと彼の元へと近づいた。
「ねぇねぇ、レンは、あのお嬢ちゃんの事、一目見て気に入ったの?」
「……」
「もしかして、一目惚れしちゃった?」
「......」
机に手を付き、生温い笑みを浮かべながら顔を覗き込もうとするダミアンを、レンブラントは黙殺して書類を読み続けようとする。
でも、ダミアンの口は止まらない。それどころか、こりゃあ堪らんと肩を震わせながら、更にぐいっと身体を近付けてくる。
「あっごめん、ごめん。聞くまでもないか。僕としたことが失敬、失敬。だって、この前の夜会ではヴァース卿のご令嬢を泣かせてたのに、平然としてたしねぇ」
「……あれはダンスを断っただけなのに、勝手に泣き出したんだ」
うっかり返事をしてしまったのは、大いなる過ちであった。
ダミアンは「やっとノッてきたかと」言いたげに弾んだ声で言葉を続ける。
「あーら、そぉーですかぁー。でもさぁ、ダンスくらい踊ってあげればいいじゃん。っていうか泣くほどキツイ断り方したの?鬼だね、レンは」
「はっ、冗談じゃない。任務でもないのに好きでもない女と踊ってられるか。それにあの女は泣けば言うことを聞いてくれるという打算からの涙だった。そんなもんに一々構ってやれるか。馬鹿らしい」
「それすら可愛いって思ってあげなよ。それに嘘泣きまでしてレンと踊りたかったなんて健気じゃん」
「ふざけるな。……ん?お前、盗み見てたんだな。ったく、ならお前が踊ってやればよかったじゃないか」
「嫌だよー。僕はそんなチャラい男じゃない」
「確かにそうだな。だが、馬鹿息子であることは間違いない」
「……そんなぁ」
なんだかんだと言い合って、最終的にダミアンを言い負かしたレンブラントはこれで終わりと言いたげに、手にしていた書類を机に叩きつけた。
ダミアンの前髪が風圧でふわんと揺れる。
それは、残りのバケットでも食ってろと言われているようで、ダミアンは大人しくソファに戻り、食べかけのそれをもそもそと食べ始めた。
そして、ひしゃげたバケットがしっかりダミアンの胃に収まったのと同時に、ノックの音が部屋に響いた。
「入れ」
「お邪魔しますよー」
レンブラントが机に着席したまま入室の許可を出せば、ガチャリと扉が開いてふくよかなご婦人こと宿屋の女将が顔を出した。
手には湯気の立ったスープが乗ったトレーを持っている。
今度は待ち人だったのだろう。レンブラントは眉間に皺を寄せることはなかった。
しかも、わざわざ立ち上がり扉まで移動し、丁寧に腰を折った。
「夜分に無理を言って申し訳なかった」
「いえいえ、良いんですよー。そんなことお気になさらず。それより、はいっ。ご注文いただいたものです。温かいうちにどうぞ」
「助かります。本当にありがとうございました」
「……ふふっ。若い女の子は、見た目が良いと食欲が増すみたいだから、ニンジンを星型にしてみましたよ。では、わたくしはこれで」
若い頃はさぞ男性を虜にしたであろうチャーミングなウィンクをレンブラントにかました女将は、手にしていたトレーを押し付け背を向けた。
「なになに?どしたの?」
扉がきちんと閉めたのを確認してからダミアンはそう問いかける。
ただその目は、キラキラと下世話な好奇心で輝いている。
対してレンブラントは再び面倒くさいことになる予感がして、さっきよりも更に苦い顔をする。
でも、答える。なぜなら、もっと鬱陶しい事態になること間違いないから。
「……アルベルティア嬢が食欲が無く伏せっているとラルクから報告を受けたからな……」
嫌々答えたレンブラントは、露骨に”これ以上詮索するな”と目で訴えている。
けれど、ダミアンはそれを華麗に無視した。
「えっ、えっ、えっ、それでまさかレン隊長はわざわざ女将さんにスープを作ってもらったの?!お嬢ちゃんの為に?嘘だろ!?君にそんな気遣いができるなんて……どうした?熱でもあるの?」
「……黙れ」
ぐっと呻きながらなんとかその一文字を言葉にしたレンブラントは、そのまま部屋を出ようとする。ベルにスープを届けるために。
あと、もしベルが起きていたなら、こうなった事情も説明したいと思って。
予想外の出来事が起こったため、レンブラントはまだベルに事の詳細を話していない。自分の名前すら。
「あ、待って待って。僕も行くよー」
黙って見送る気は無いダミアンは、すぐさまレンブラントの後に続く。「付いてくるな、殺すぞ」というレンブラントの視線をさらっと無視して。
レンブラントが不本意ながらコブ付きでベルの部屋の前に到着すると、その前にいた部下の一人は敬礼をして端的に状況を説明する。
ベルは早々に休むと言ったきりで、耳を澄ましても物音一つしないそうだ。つまりもう寝ているということ。
だがレンブラントは、少し悩んで入室することにした。
婦女子の部屋に無断で入室するのは心痛いが、万が一夜中に目が覚めて空腹を覚えた際にスープがあればと思って。
─── カ……チャ。
ベルを起こさぬよう細心の注意を払ってレンブラントは扉を開けた。けれど次の瞬間、彼はカッと目を見開いた。
「おい!!何をやっているんだ!?」
素っ頓狂というよりは、怒声に近い声でレンブラントは叫んだ。
次いで、すぐ隣にいるダミアンにトレーを押し付け、部屋の奥へと駆け出す。
なぜそんな行動に出たかというと……あろうことか、ベルは今まさに窓から身を乗り出し、逃亡を計ろうとしていたところだったのである。
その言葉を聞いた途端レンブラントは、己の失言が面倒くさいことになる予感がして顰めた。
しかし、もはや手遅れだった。
ダミアンはレンブラントの表情の変化すら面白いらしい。食べ途中のバケットを一旦テーブルに置き、ルンタッタと彼の元へと近づいた。
「ねぇねぇ、レンは、あのお嬢ちゃんの事、一目見て気に入ったの?」
「……」
「もしかして、一目惚れしちゃった?」
「......」
机に手を付き、生温い笑みを浮かべながら顔を覗き込もうとするダミアンを、レンブラントは黙殺して書類を読み続けようとする。
でも、ダミアンの口は止まらない。それどころか、こりゃあ堪らんと肩を震わせながら、更にぐいっと身体を近付けてくる。
「あっごめん、ごめん。聞くまでもないか。僕としたことが失敬、失敬。だって、この前の夜会ではヴァース卿のご令嬢を泣かせてたのに、平然としてたしねぇ」
「……あれはダンスを断っただけなのに、勝手に泣き出したんだ」
うっかり返事をしてしまったのは、大いなる過ちであった。
ダミアンは「やっとノッてきたかと」言いたげに弾んだ声で言葉を続ける。
「あーら、そぉーですかぁー。でもさぁ、ダンスくらい踊ってあげればいいじゃん。っていうか泣くほどキツイ断り方したの?鬼だね、レンは」
「はっ、冗談じゃない。任務でもないのに好きでもない女と踊ってられるか。それにあの女は泣けば言うことを聞いてくれるという打算からの涙だった。そんなもんに一々構ってやれるか。馬鹿らしい」
「それすら可愛いって思ってあげなよ。それに嘘泣きまでしてレンと踊りたかったなんて健気じゃん」
「ふざけるな。……ん?お前、盗み見てたんだな。ったく、ならお前が踊ってやればよかったじゃないか」
「嫌だよー。僕はそんなチャラい男じゃない」
「確かにそうだな。だが、馬鹿息子であることは間違いない」
「……そんなぁ」
なんだかんだと言い合って、最終的にダミアンを言い負かしたレンブラントはこれで終わりと言いたげに、手にしていた書類を机に叩きつけた。
ダミアンの前髪が風圧でふわんと揺れる。
それは、残りのバケットでも食ってろと言われているようで、ダミアンは大人しくソファに戻り、食べかけのそれをもそもそと食べ始めた。
そして、ひしゃげたバケットがしっかりダミアンの胃に収まったのと同時に、ノックの音が部屋に響いた。
「入れ」
「お邪魔しますよー」
レンブラントが机に着席したまま入室の許可を出せば、ガチャリと扉が開いてふくよかなご婦人こと宿屋の女将が顔を出した。
手には湯気の立ったスープが乗ったトレーを持っている。
今度は待ち人だったのだろう。レンブラントは眉間に皺を寄せることはなかった。
しかも、わざわざ立ち上がり扉まで移動し、丁寧に腰を折った。
「夜分に無理を言って申し訳なかった」
「いえいえ、良いんですよー。そんなことお気になさらず。それより、はいっ。ご注文いただいたものです。温かいうちにどうぞ」
「助かります。本当にありがとうございました」
「……ふふっ。若い女の子は、見た目が良いと食欲が増すみたいだから、ニンジンを星型にしてみましたよ。では、わたくしはこれで」
若い頃はさぞ男性を虜にしたであろうチャーミングなウィンクをレンブラントにかました女将は、手にしていたトレーを押し付け背を向けた。
「なになに?どしたの?」
扉がきちんと閉めたのを確認してからダミアンはそう問いかける。
ただその目は、キラキラと下世話な好奇心で輝いている。
対してレンブラントは再び面倒くさいことになる予感がして、さっきよりも更に苦い顔をする。
でも、答える。なぜなら、もっと鬱陶しい事態になること間違いないから。
「……アルベルティア嬢が食欲が無く伏せっているとラルクから報告を受けたからな……」
嫌々答えたレンブラントは、露骨に”これ以上詮索するな”と目で訴えている。
けれど、ダミアンはそれを華麗に無視した。
「えっ、えっ、えっ、それでまさかレン隊長はわざわざ女将さんにスープを作ってもらったの?!お嬢ちゃんの為に?嘘だろ!?君にそんな気遣いができるなんて……どうした?熱でもあるの?」
「……黙れ」
ぐっと呻きながらなんとかその一文字を言葉にしたレンブラントは、そのまま部屋を出ようとする。ベルにスープを届けるために。
あと、もしベルが起きていたなら、こうなった事情も説明したいと思って。
予想外の出来事が起こったため、レンブラントはまだベルに事の詳細を話していない。自分の名前すら。
「あ、待って待って。僕も行くよー」
黙って見送る気は無いダミアンは、すぐさまレンブラントの後に続く。「付いてくるな、殺すぞ」というレンブラントの視線をさらっと無視して。
レンブラントが不本意ながらコブ付きでベルの部屋の前に到着すると、その前にいた部下の一人は敬礼をして端的に状況を説明する。
ベルは早々に休むと言ったきりで、耳を澄ましても物音一つしないそうだ。つまりもう寝ているということ。
だがレンブラントは、少し悩んで入室することにした。
婦女子の部屋に無断で入室するのは心痛いが、万が一夜中に目が覚めて空腹を覚えた際にスープがあればと思って。
─── カ……チャ。
ベルを起こさぬよう細心の注意を払ってレンブラントは扉を開けた。けれど次の瞬間、彼はカッと目を見開いた。
「おい!!何をやっているんだ!?」
素っ頓狂というよりは、怒声に近い声でレンブラントは叫んだ。
次いで、すぐ隣にいるダミアンにトレーを押し付け、部屋の奥へと駆け出す。
なぜそんな行動に出たかというと……あろうことか、ベルは今まさに窓から身を乗り出し、逃亡を計ろうとしていたところだったのである。
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