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妹リリーナの独白

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 リリーナがアンジェラに”何でも欲しがる妹”と誤解されるようになったきっかけは、母親であるエルアの何気ない一言だった。


***


「あらリリーナ、そんな物が欲しいの?趣味が悪いわね」

 呆れ顔でそう言った母親の顔は、今でも鮮明に覚えている。



 ーーあれは十年くらい前のこと。

 家族で買い物をしていた時、リリーナは玩具屋のショーウィンドウに飾られていた小さなネズミのぬいぐるみに釘付けになった。

 そのネズミの縫いぐるみは、人間の服を着ていたし小さな本まで持っていてたから、好みが別れるものだったのかもしれない。

 でもリリーナにとったら、それはとても可愛らしくて愛らしいものだった。

 なのに母親は眉をひそめて「そんな物」と言った。続けて「趣味が悪い」とも。

 家族間ゆえの無神経さと残忍さをはらんだその言葉に、リリーナは「ううん、あんなの欲しくない」と咄嗟に口にした。嘘とわかっていても、自分を守るためにそう言うしかなかった。

 エルアは納得してない様子で「そう?」と言ってリリーナに疑いの目を向ける。

 その視線が嫌で、リリーナは何度も「要らない、欲しくない」と首を横に振りながら叫んだ。

 嘘を口にする度に、あれだけ可愛いと思ったネズミの縫いぐるみが色あせて見えて、リリーナは泣くのを堪えるために唇を強く噛んだ。

 結局、ネズミの縫いぐるみを手に入れることができなかった。

 なのにその後も、エルアは笑い話としてリリーナが趣味の悪い縫いぐるみを欲しがったことを何度も口にした。

 しかも家族の中だけに留まらず知人を招いての晩餐会の時や茶会の時など、リリーナの知らない人たちに向けて面白おかしく語った。

 とはいえ母親であるエルアには、悪意は無かった。

 過去エルアは家柄も容姿も良く生まれたせいで、完璧すぎると貴族令嬢達から嫌厭されたことがあり、自分によく似た娘にはそんな思いをしてほしくなかっただけだった。

 だから、わざと人前で娘が完璧でないことを語って聞かせた。

 将来、娘が孤立して傷付くのを恐れて。

 けれど幼いリリーナにとっては、そんな母親の気持ちは汲み取れない。

 ただただ自分の趣味の悪さを他人に語って聞かせる母親に、底知れぬ恐怖と怒りを覚えた。

 きっと気の強い娘なら、我慢の限界を超えて母親に「やめて」と言えただろう。もしくは「どうしてそんなことを言うの!?」と喰ってかかることもできただろう。

 でもリリーナは、できなかった。

 勉強も楽器も刺繍も何でも完璧にできる出来の良い姉に比べ、どれだけ頑張っても人並みにしかできないリリーナは自分に自信が持てなかったから。

 母親の言うことが正しい。
 そもそもそんなことを言われるのは、自分の趣味が悪かったから。

 そう思い込んでしまった。

 とはいっても、人前で趣味が悪いと親に言われるほど恥ずかしいことはない。

 だからリリーナは姉の持ち物と同じものを選ぶようになった。

 それが”姉アンジェラの物を何でも欲しがる妹リリーナ”の始まりだった。
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