15 / 33
仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ
9
しおりを挟む
叩きつける雨の中、二人そろって転がるように旧図書館に入る。
カーテンを閉め切っているせいで室内は暗く、湿気のせいで独特の紙の匂いがいつもより強い。
なにより秋の始まりでも、雨が降ると一気に肌寒くなる。濡れてしまったから尚更に。
アンナは頭から被っていたカイロスの上着を両手に持つと、軽く振って水気を取る。自分はさほど濡れていないが、こっちはびちゃびちゃだ。
流石に絞って水気を取るなんていう豪快なことはできないから、ポケットからハンカチを取り出して、そっと彼の上着に押し当ててみる。
あっという間にハンカチもびちゃびちゃになるが、上着には何の変化もない。
「流石に寒いな」
濡れた上着をどう乾かそうか頭を悩ましていたら、少し離れた場所にいるカイロスがぼそっと呟いた。
「そうですね……くちっ」
小さくくしゃみをした途端、カイロスがちょっと待ってろと慌てた様子で暖炉に足を向ける。
深く考えずにカイロスを追って見ていれば、彼は濡れた前髪を鬱陶し気に払いながら、長い間使われることがなかった暖炉に火を入れていた。魔法で。
ランラード学園の魔法科は、授業以外で魔法を使うのを禁じられている。見つかれば間違いなく生徒指導室に呼び出しだ。
当然カイロスはそれを知っているだろう。
でも彼は成績優秀だけれども、優等生でも模範生でも無いのはとっくに調査済みなので、アンナは見て見ぬふりをする。
「アンナ、こっちに来い」
「あ、はい」
目に付いた椅子をズルズルと引っ張って暖炉の前に置く。
それから椅子の背にカイロスの上着をかけて、アンナは満足げに頷いた。でもカイロスは怪訝そうにしている。
「何やってるんだ?」
「上着を乾かそうと」
「はぁ?お前、馬鹿なのか?」
「……っ」
学年首位の人間から馬鹿と言われたら返す言葉なんて見つからない。
でも仮初とはいえ恋人に向けて馬鹿はないだろう。
そんな気持ちでアンナはついムッとしてしまえば、カイロスは溜息を付きながら上着を椅子の背からひったくった。次いで濡れ具合を確かめると指をパチンと鳴らす。
すぐにカイロスの辺りだけ柔らかい風が吹き、上着がふわりと靡く。カイロスが魔法によって乾かしてくれたのだ。ついでに彼も濡れ鼠だったけれど、もうさらっさらに乾いている。
さすが魔法科の生徒様。教養科の自分には無い発想だった。
「ほら座れ。風邪ひくぞ」
椅子を軽く叩いて着席を促すカイロスにアンナは素直に従う。なぜなら自分は魔法が使えないから。
「私、間近で魔法を見たの始めてです。なんか感動しましたっ」
ちょこんと椅子に座ったと同時に、アンナは無駄に元気にカイロスに語りかける。
雨の旧図書館は、いつもと違う雰囲気で沈黙が怖いのだ。
対してカイロスは、切ないほどにいつも通りで。
「ん?見たこと無いって……お前、去年の創立記念日は寮に引きこもってたのか?」
「いいえ、一応庭園パーティーは参加したんですが、ご馳走目当てだったもので……」
「はん。魔法科の努力の結晶なんて、食い物の前では勝ち目はないか」
拗ねた表情になったカイロスはアンナの背後に回る。それから突然、何の断りも無くアンナのおさげを解いた。
カーテンを閉め切っているせいで室内は暗く、湿気のせいで独特の紙の匂いがいつもより強い。
なにより秋の始まりでも、雨が降ると一気に肌寒くなる。濡れてしまったから尚更に。
アンナは頭から被っていたカイロスの上着を両手に持つと、軽く振って水気を取る。自分はさほど濡れていないが、こっちはびちゃびちゃだ。
流石に絞って水気を取るなんていう豪快なことはできないから、ポケットからハンカチを取り出して、そっと彼の上着に押し当ててみる。
あっという間にハンカチもびちゃびちゃになるが、上着には何の変化もない。
「流石に寒いな」
濡れた上着をどう乾かそうか頭を悩ましていたら、少し離れた場所にいるカイロスがぼそっと呟いた。
「そうですね……くちっ」
小さくくしゃみをした途端、カイロスがちょっと待ってろと慌てた様子で暖炉に足を向ける。
深く考えずにカイロスを追って見ていれば、彼は濡れた前髪を鬱陶し気に払いながら、長い間使われることがなかった暖炉に火を入れていた。魔法で。
ランラード学園の魔法科は、授業以外で魔法を使うのを禁じられている。見つかれば間違いなく生徒指導室に呼び出しだ。
当然カイロスはそれを知っているだろう。
でも彼は成績優秀だけれども、優等生でも模範生でも無いのはとっくに調査済みなので、アンナは見て見ぬふりをする。
「アンナ、こっちに来い」
「あ、はい」
目に付いた椅子をズルズルと引っ張って暖炉の前に置く。
それから椅子の背にカイロスの上着をかけて、アンナは満足げに頷いた。でもカイロスは怪訝そうにしている。
「何やってるんだ?」
「上着を乾かそうと」
「はぁ?お前、馬鹿なのか?」
「……っ」
学年首位の人間から馬鹿と言われたら返す言葉なんて見つからない。
でも仮初とはいえ恋人に向けて馬鹿はないだろう。
そんな気持ちでアンナはついムッとしてしまえば、カイロスは溜息を付きながら上着を椅子の背からひったくった。次いで濡れ具合を確かめると指をパチンと鳴らす。
すぐにカイロスの辺りだけ柔らかい風が吹き、上着がふわりと靡く。カイロスが魔法によって乾かしてくれたのだ。ついでに彼も濡れ鼠だったけれど、もうさらっさらに乾いている。
さすが魔法科の生徒様。教養科の自分には無い発想だった。
「ほら座れ。風邪ひくぞ」
椅子を軽く叩いて着席を促すカイロスにアンナは素直に従う。なぜなら自分は魔法が使えないから。
「私、間近で魔法を見たの始めてです。なんか感動しましたっ」
ちょこんと椅子に座ったと同時に、アンナは無駄に元気にカイロスに語りかける。
雨の旧図書館は、いつもと違う雰囲気で沈黙が怖いのだ。
対してカイロスは、切ないほどにいつも通りで。
「ん?見たこと無いって……お前、去年の創立記念日は寮に引きこもってたのか?」
「いいえ、一応庭園パーティーは参加したんですが、ご馳走目当てだったもので……」
「はん。魔法科の努力の結晶なんて、食い物の前では勝ち目はないか」
拗ねた表情になったカイロスはアンナの背後に回る。それから突然、何の断りも無くアンナのおさげを解いた。
0
お気に入りに追加
494
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
死にたがり令嬢が笑う日まで。
ふまさ
恋愛
「これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない」
真剣な表情で言い放つアラスターの隣で、肩を抱かれたカイラは、突然のことに驚いてはいたが、同時に、嬉しそうに頬を緩めていた。二人の目の前に立つニアが、はい、と無表情で呟く。
正直、どうでもよかった。
ニアの望みは、物心ついたころから、たった一つだけだったから。もとより、なにも期待などしてない。
──ああ。眠るように、穏やかに死ねたらなあ。
吹き抜けの天井を仰ぐ。お腹が、ぐうっとなった。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる