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仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ

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 これまでアンナにとって創立記念日とは、”ただ授業が無い日”という認識で、マチルダの讃美歌だけが楽しみだった。

 そりゃあ当日カイロスの姿を探して、一目見れたら幸せな気持ちになっていたけれど、それだけだ。

 だってあの頃はオフェールアを筆頭に、カイロスには婚約者候補が数名いた。パーティーの際には、彼の隣の席を得るために壮絶な争いを繰り広げていた。

 よもすれば血を見るような現状の中、自分から積極的にカイロスに近付く勇気なんてなかった。

 だけれども、今年は違う。

 すでにカイロスから庭園パーティーには一緒にと誘いを受けている。その証しとして、彼のネクタイを預かっている。

「アンナさん、本当にありがとう。あ......」

 アンナの手を握っていたシェリーは、何かに気づいたようでパッと手を離して直立した。

 級友の急変に首を傾げたアンナであるが、すぐにわかった。カイロスが教室に入ってきたからだ。

「取り込み中か?」

 下級生の教室だというのに我が物顔でこちらにやってきたカイロスは、アンナをシェリー交互に見ながら尋ねた。

「いえ、取り込んではいませんが……」
「ん?……ああ、いつものか」
「ええ。いつものです」

 ここ数日、橋渡し役を引き受けてくれているカイロスは、もじもじする級友の仕草ですぐに理解した。

 そして軽く眉を上げながら、シェリーにくるりと視線を向ける。

「どいつをご指名だ?」
「……あの、あ……えっと……」
「魔法科のニルバスさんっていう人です」

 さして親しくもない相手に向かって好きな人の名前を口にできない恥ずかしさがわかるアンナは、先回りしてカイロスに伝えることにする。

「なるほど。なかなか趣味が良いな……あと、アイツは今、フリーだ」
「そうなんですか!?」

 思わぬ吉報に、シェリーはパッと顔を輝かせた。

「間違いない。ってことで、明日の昼休み第3談話室で良いか?」
「はい!」

 つい今しがた好きな人の名前すら言えなかったことなど嘘だったかのように、シェリーは元気に返事をして自分の席に戻る。その足取りはルンタッタとステップを踏んでいるかのよう。

「で、お前はもう出れるか?」
「はい。いつでも」

 帰り支度は大方終わっているアンナは、こくこくと頷きながら席を立った。

 


 カイロスと仮初の恋人になってから、放課後はいつも旧図書館で過ごす。

 だから今日もそのつもりでいた。けれど昇降口まで行けば、残念ながら小雨が降っている。今朝女子寮を出る時は曇りだったからアンナは傘を持ってきていない。カイロスの手にも傘は無い。

「走るか?」
「置いていかないでくださいね」
「なら担ぐか」
「全力で走ります」

 天候ごときで予定を変更しないところは、さすが王子様だ。

 でも当たり前のように自分の上着を脱いでこちらの頭に被せる動作は、王子様がすることじゃない。だってカイロスは傅かれる側の人間なのだから。

 アンナはカイロスに大事にされる度に泣きたくなるし、いっそ聞いてしまいたい衝動に駆られる。

 ーーちょっとだけ、勘違いしても良いですか?と。

 無論、思っているだけ。世の中には、言葉にしてしまえば取り返しがつかないことがあるのをアンナは知っている。

 だから黙って、カイロスの優しさを受け入れる。身の丈を弁えろと自分に言い聞かせて。

「行くぞ、濡れないように木の中を走ってくけど転ぶなよ」
「お、お手柔らかに!」

 しばらく空を見上げていたカイロスだけれど、意を決したようにアンナの腕を掴んで校舎の外に出た。

 そこからは考える余裕はなかった。

 パシャパシャと濡れた石畳を駆けながら、カイロスに付いていくのに必死だった。

 雨脚はどんどん強くなる。遠くで雷鳴が聞こえてくる。

 それでもカイロスの足は止まらないし、自分の腕を掴む手も緩めない。

 カイロスがまるで急き立てられるように走り続けるのが演技では無くて、自分と一緒にいたいからだとちょっとでも思ってくれたら良いのに……。

 そんな愚かなことをアンナは考えて、更に泣きたくなった。
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