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仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ

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 ーー見つめ合うこと数秒。

 カイロスが堪え切れないといった感じでぷっと噴き出したのを見て、アンナはこれがタチの悪い冗談だったことを知る。

 ムッとしつつもほっとしたアンナであるが、赤面した顔は食事が終わるまで元に戻らなかった。

 その後、頬に集まる熱を冷ましながら食後のお茶を飲んでいたら、窓越しにルームメイトと顔見知りの先輩男子生徒を見かけてアンナは手を振る。

「そっちに行くか?」
「良いんですか?」
「俺は恋人の行動を束縛するほど狭小じゃないからな」

 理解ある恋人を演じるカイロスに小さく笑って、アンナは窓越しにルームメイト達に「ちょっと待ってて」と身振り手振りで伝えて席を立つ。

 小走りに庭に出れば、ルームメイトは大きく手を振ってくれた。

「アンナ!」
「マチルダ!」

 向かい合った途端に熱い抱擁を交わせば、背後から「こら、浮気だ」と冗談交じりにカイロスが言う。

 それに応えたのは、アンナではなく別の人だった。

「いやぁーこの二人の仲を割くのは、神様だって無理ですよ。殿下」

 最後だけは敬称を付けてカイロスにそう言ったのは、アンナより一つ先輩の男子生徒ーーアレク・ガーウィンだった。

 彼は平民であるが父親が王宮騎士団長と懇意にしているため、推薦をもらえた奨学生。

 教養科を学び終えたアレクは、現在観戦武官という特殊な職業に付くため士官養成科に席を置いている。

 ただアレクの容姿は、こげ茶色の髪と瞳にほっそりとした体形。おまけに童顔で銀ブチ眼鏡。情報収集が趣味のせいでいつもメモ帳を手にしている。

 そんな彼はどう見たって、武官向きではない。そのため士官養成科ではちょっと浮いた存在である。

 余談だがアレクとカイロスは、男子寮では隣同士の部屋の為、実はそこそこ仲が良かった。

「言ってくれるな、アレク。まぁでも、神でも無理なら俺は諦めるしかないか。但し、予鈴が鳴るまでの間だ」

 寛大なのか狭小なのかわからない台詞を吐くカイロスに、アレクは「いやぁー暑い。暑いですねぇ」と手に持っていたメモ帳を団扇代わりにして扇ぐ。

 それからニヤリと笑って、アンナに視線を向ける。

「アーンナ、殿下は人前でこれなんだから、二人っきりの時は相当束縛が厳しいんだろうな。嫌なら嫌ってはっきり言った方がいいぞ」
「ぅあはい!?」

 まさかここで自分に振られるなんて思ってなかったせいで、アンナは素っ頓狂な声を出してしまう。

 代わりに口を開いたのは、現在アンナと抱き合っているマチルダだった。

「あら殿下、チャイムが鳴ったら一旦アンナを貸してあげますが、夜はわたくしとアンナは一緒のベッドで寝ますのよ」

 ふふーん、良いでしょー。

 そんなニュアンスを込めて、マチルダはアンナの頭を豊満な胸に抱え込む。完璧なる煽り行為にカイロスの眉間に皺が寄る。

 一気に険しい空気に様変わりした午後の学園内の庭園は、たちまち火花散る闘技場に代わりそうだ。

 でもアンナと同学年でルームメイトでもあるマチルダことマチルダ・ハイリは、この程度で怯んだりしない。だって彼女は地方豪族の末姫だから。

 かつては一国の主であった彼女の一族は、皆総じて美しい顔立ちをしている。

 例にもれずマチルダも波打つ赤髪と金茶の瞳を持つ艶やかな美人で、来年からは声楽科の特待生になることが決まっている。 

 加えてアンナの親友でもある彼女は、アンナがずっとカイロスに片思いをしていることを知っていて、この度めでたく両想いになったと思い込んでいる。

 ただ親友を取られてしまったような気持ちになっているマチルダは、顔を合わせる度にこうして彼を煽るような発言をするのだ。

 その度にアンナは心中穏やかではない。

 だって、マチルダはこの男女交際が仮初であることを知らないから。

 だからうっかり自分がずっと片思いをしていたことをカイロスにバラされるのではないかと、アンナはハラハラしてしまう。

 親友にも隠し事をして、好きな人にも隠し事をしている。

 その事実にアンナは罪悪感を覚えるが、どうしたって語れる内容ではないので一刻も早くチャイムが鳴るのを祈ることしかできなかった。
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