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仮初めの恋人と過ごす日々※なぜか相手はノリノリ

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 羨望と生温い目に見守られ食堂に到着したアンナは既に疲労困憊だった。

 しかしカイロスは、そんなアンナに労わる言葉をかけずに席に着く。ワイトは途中で消えた。

 ちなみに学園の食堂はビュッフェスタイルのため広い。

 だがカイロスが毎度選ぶのは一部の生徒のみ使用が許可されている特別席。そこは所謂プライベート空間で、自ら料理を取りに行かなくても望むものを席に運んでくれるVIP席である。

 アンナはその存在は知っていた。ただ自分には縁の無い場所だと思っていた。

 なのにこの一週間、毎日ここに座る自分が未だに信じられない。

「あのなぁ……いい加減、慣れてくれ」

 向かいの席に座るカイロスの主語を抜かした言葉に、アンナは項垂れる。

 彼が毎日ここに自分を連れてくるのは、共犯者を大切に扱いたい気持ちもあるかもしれないが、ボロを出さないか不安だからなのだとアンナは思っている。

「……ごめんなさい」
「謝るな」
「でも私、上手に恋人役をやれているか自信がなくて……あのっ、気付かないうちに何か失敗していたらごめんなさい」
「いや、今のところは上出来だ。慣れて欲しいのは俺から与えられることに対してだ。俺は自分のものにはとことん大事にする主義なだけで、相手を恐縮させるためにやっているわけじゃない」

 不機嫌というよりは、呆れた口調にアンナの心はちょっとだけ浮上する。ついつい顔も緩んでしまう。

「褒めてもらえて嬉しいです。へ、へへっ」
「あのなあ、俺はそっちじゃなくて……ーーああ、もういい。とりあえず食べるぞ」

 大事なことを伝えようとしたカイロスだが、タイミング悪く給仕が料理を運んできたため、フォークを手に取った。

 アンナもそれに倣って、ナプキンを膝に置く。

 テーブルにはメイン料理以外にもサラダやスープ、副菜もあり、昼食なのにかなりの量だ。そのほとんどがカイロスの胃に収まる。

「今日はいつにも増して食べるということは、もしかして午後は魔法実技ですか?」
「ああ。模擬試合だ」

 長い歴史を持つマルグネス国は、魔法文化が盛んである。

 ただ魔法は選ばれた者しか使えないし、そもそも無から有を作り出せる便利なものじゃない。対価を必要とする。

 人によって様々だけれど、カイロスは魔法を使うと体力を消耗するらしい。魔法の才能ゼロのアンナからすれば体力勝負のそれなら、自分の分も食べて欲しい。

「お怪我の無いよう祈ってますね。あと、良かったらこれもどうぞ」

 魔法科は一番人気の高いコースであるが、選択できる倍率はかなりのもの。

 つまり魔法技術が高い生徒の集まりで、しかも今日は模後とはいえ戦うのだからアンナは心配で仕方が無い。

 なのに、メインの魚のソテーを差し出されたカイロスは苦笑する。

「あのなあ、恋人の食事を奪う男がどこにいる?それと、普通は”絶対に負けないでね”じゃ無いのか?」
「そうでしょうか?負けても無傷でいて欲しいと思いますけど……」
「ははっ」

 なぜここで声を上げて笑われるのかアンナは理解ができない。

 でもカイロスの笑顔を独り占めできるのは嬉しかった。

「じゃあカイロスさん、怪我をしないで他の先輩方に負けたりなんかしないでくださいね」
「俺の恋人はなかなか難しいことを言う」
「あら……できませんか?」

 わざと目を丸くしてそう言えば、カイロスは意地悪く笑う。

「いや、お安いごようさ。女神の口づけをいただけるなら」
「……っ!!」

 カイロスは、フォークを置いた手をそのまま伸ばしてアンナの唇に触れる。 
  
 形を確認するように唇をなぞる彼の指は太くて長い。異性のそれ。

「それとも、ご褒美として取っておくか」
「なっ!!」

 軽い口調なのにカイロスの目は真剣で、アンナはスプーンを持ったままピキッと固まってしまった。
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