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 フェイルは、大きな対価を支払って惚れ薬を手に入れた。

 そして自分の思惑通り、ルナーダは惚れ薬が入ったお茶を飲んでくれた。でも、そこに喜びは無かった。あるのは胸をえぐる罪悪感だけだった。


***


「……ごめんなさい、お兄ちゃん」

 ルナーダが自分に向けて愛の言葉を囁いた途端、フェイルは両手で顔を覆ってむせび泣いた。

 俯いた拍子に、栗色の髪が肩から滑り落ち、フェイルの顔を隠す。

 けれど、フェイルはそれを背中に流そうとはしない。それどころか、もっともっと俯いて、終いには白いうなじが見えてしまっている。

 フェイルは申し訳なくて、ルナーダの顔が見れないのだ。見る勇気がないのだ。

 どの面下げて拝めばいいのだろうかと、罪悪感で胸が張り裂けそうに痛んでいる。

 惚れ薬を飲んだルナーダは、今、フェイルを心から愛している。どんなに魅力的な女性が彼を誘惑したって絶対になびくことはない。断言できる。

 なのに、フェイルはちっとも嬉しくない。あれほどルナーダを欲していたのに、今あるのは虚しさと、激しい後悔の気持ちだけ。

 フェイルは気付いてしまったのだ。好きな人の心を無理矢理歪めて愛してもらっても、ただただ苦しいだけだということに。それなのに、

「なあ、フェイル。どうしてそんなことを言うんだい?なにが悲しくて泣いているんだい?」

 頭上からいつになく穏やかで優しいルナーダの声が降ってくる。

 その声が更に罪悪感を煽り、フェイルの胸をズタズタに差す。

 とうとう耐えきれなくったフェイルは声を張り上げた。

「ごめんなさい!私、あなたに惚れ薬を飲ませてしまったの!!」
「惚れ……薬?」

 穏やかな表情を浮かべていたルナーダは、ここで初めて表情を動かした。

「なぁフェイル、どうしてそんなことをしたんだい?怒らないから、言ってごらん」
「嫌っ」
「嫌じゃない。答えてくれ」
「……嫌なの。言いたくない」

 項垂れて首を横に降るフェイルの肩を、ルナーダは突然乱暴に掴んだ。

「フェイル、答えろ」

 跳ねるように顔を上げれば、ルナーダは眉間に皺を寄せていた。目付きも鋭い。まるで別人みたいだ。

 普段、フェイルがつまらないことで拗ねたり、ワガママを言ったりしても、そんな顔などしたことないのに。

 フェイルの細い肩が小刻みに震える。サクラ色の唇は色を失くしてしまっている。

 けれどルナーダはフェイルがどれだけ怯えようとも、表情を変えない。肩を掴む腕も離してくれない。

 いやもっと厳しいものに変える。彼の手が肩に食い込んで痛い。

 睨まれることしばしば。根負けしたのはフェイルの方だった。

「私、お兄ちゃんに、王都を離れてほしくなんかなかったの。ずっと私のそばに居て欲しかったの」

「……」

「でも、それは無理だってわかってる。だからせめて、お兄ちゃんが王都を離れるまでの間だけ、恋人になりたかったの。ごめんなさい」

「……」

 フェイルの悲痛な告白を聞いても、ルナーダの表情は、まったく変わらなかった。肩に置かれた手もそのままで。

 再び重い沈黙が部屋に落ちる。

 少し身動ぎするだけでも、衣擦れの音がやけに大きく響いた。

 そして今度こそ永遠に続くと思われた沈黙は、ルナーダの静かな声音で破られた。

「……ねえ、フェイル、質問があるんだけど」

「……うん」

「俺のこと、そんなに好きだったのか?」

 言うに事を欠いてなんてことを聞いてくれるんだ、この人はっ。

 フェイルはそう叫びたかった。

 けれど、できたことは、情けないほど弱々しく頷くことだけだった。

「うん。……好き」
「そうか」

 ため息と共に頷いたルナーダだが、なぜだかすぐに豪快に噴き出した。
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