上 下
4 / 11

4

しおりを挟む
「惚れ薬を売ってください」

 建付けの悪い扉を開き店に入ったフェイルは、そう言ってフェイルが有り金をカウンターにおいた。

 間髪入れずに、あり得ない返答が飛んできた。

「はんっ。そんなはした金じゃ売れないよっ。出直しておいでっ」

 薄汚れたローブを纏った老婆は、瞬時に硬貨の枚数を確認した途端、鼻で笑って吐き捨てた。

 人の足元みやがって。このドぐされババア!!

 フェイルは唖然としながらも心の中で悪態を吐く。

 ルナーダに映る自分を意識して、普段から”良い子”を心掛けているフェイルだけれども、さすが老婆……もとい魔女の対応はひどすぎる。

 両親はいつも言っている「お客様あっての商売」だと。なのにこれは、あんまりじゃないのか。

 幼い頃からフェイルは夜更かしをしたり、食べ物の好き嫌いを言ったりすれば、すぐさま楡の木の下の小屋から怖い婆が出てくると脅かされてきたのだ。

 ちなみにフェイルは良く言えば素直。悪く言えば、悲しい程に単純な子供だった。

 そんなフェイルがありったけの……いや、未来で使うはずの勇気すら前借りして、魔女の元にやって来たというのに、この仕打ち。

 どうやら魔女は、恋する乙女を応援する気持ちなど更々持ち合わせていない守銭奴であった。

 そして、なかなかえげつない性格でもあった。

「ま、でもどうしてもっていうなら、仕方がないねぇ」

 顔中しわくちゃで、目などどこにあるのかわからない魔女は、もったいぶった仕草で肩をすくめる。でも、皺の奥に隠れた瞳は、意地悪く光っている。

 ここである程度の大人なら、これからロクでもない提案をされること気付くだろう。

 しかしまだ世間知らずなフェイルは、思わず前のめりになってしまう。

「魔女さん、お願いします!!売ってくれるなら何でもします!!」 

 つい今しがた、この魔女に悪態を付いたことなど忘れ、フェイルは懇願する。

 すかさず魔女は、口のすみだけに始めて笑いらしいものを漏らした。それは、皮肉な笑み痙攣とも、老人特有の痙攣とも思いなされた。

「じゃあ、足りない代金は、お前さんの身体で支払ってもらうとするか」

「は?……か、身体?」

「ああ。お前さん、絶世の美女ってわけじゃないけれど、若い女はそれだけで価値があるからね。しかも、10代ならなおさら」

「……ちょ、ちょっと、それは……」

「なんだい、お前さん。さっきの意気込みは何処に行った?まあ良いんだよ。あたしゃ赤字覚悟で、お前さんに提案してやっただけさ。嫌なら良いさ。とっととお帰り」

「……そんなぁ」

 涙目になるフェイルを、魔女はしっしと羽虫を追い払うかのように、手の甲を振る。

 けれど、長く生きてきた魔女は、慧眼の持ち主でもあった。だからフェイルがここで帰らないことを、ちゃんとわかっていた。

 そして、読み通りになってしまった。

「魔女さん……私、……何をしたら良いんですか?」

 邪心の欠片もない表情で、そう問うたフェイルに、魔女はゆったりとした笑みを浮かべながら、惚れ薬の対価を口にした。そして、フェイルはそれを差し出した。


 惚れ薬の代金の不足分を補う対価とは──自分の笑顔だった。

 魔女の呪い針で指を刺されたフェイルは、もう一生笑顔を浮かべることはできなくなったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私は婚約者に冷たくされてるけど、溺愛されている。

ほったげな
恋愛
私の婚約者・アリスタルフは、冷たくぶっきらぼうな態度を取る。嫌われているのかなと思っていたのだが、実は好きな子にぶっきらぼうな態度を取ってしまう性格だったようで……。彼は私のこと好きらしいです。

この恋、諦めます

ラプラス
恋愛
片想いの相手、イザラが学園一の美少女に告白されているところを目撃してしまったセレン。 もうおしまいだ…。と絶望するかたわら、色々と腹を括ってしまう気の早い猪突猛進ヒロインのおはなし。

悪魔な娘の政略結婚

夕立悠理
恋愛
悪魔と名高いバーナード家の娘マリエラと、光の一族と呼ばれるワールド家の長男ミカルドは婚約をすることになる。  婚約者としての顔合わせの席でも、夜会でもマリエラはちっとも笑わない。  そんなマリエラを非難する声にミカルドは、笑ってこたえた。 「僕の婚約者は、とても可愛らしい人なんだ」 と。  ──見た目が悪魔な侯爵令嬢×見た目は天使な公爵子息(心が読める)の政略結婚のはなし。 ※そんなに長くはなりません。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

(完)悪役令嬢は惚れ薬を使って婚約解消させました

青空一夏
恋愛
私は、ソフィア・ローズ公爵令嬢。容姿が、いかにも悪役令嬢なだけで、普通の令嬢と中身は少しも変わらない。見た目で誤解される損なタイプだった。 けれど大好きなロミオ様だけは理解してくれていた。私達は婚約するはずだった。が、翌日、王太子は心変わりした。レティシア・パリセ男爵令嬢と真実の愛で結ばれていると言った。 私は、それでもロミオ様が諦められない・・・・・・ 心変わりした恋人を取り戻そうとする女の子のお話(予定) ※不定期更新です(´,,•ω•,,`)◝

【完結】大嫌いなあいつと結ばれるまでループし続けるなんてどんな地獄ですか?

恋愛
公爵令嬢ノエルには大嫌いな男がいる。ジュリオス王太子だ。彼の意地悪で傲慢なところがノエルは大嫌いだった。 ある夜、ジュリオス主催の舞踏会で鉢合わせる。 「踊ってやってもいいぞ?」 「は?誰が貴方と踊るものですか」 ノエルはさっさと家に帰って寝ると、また舞踏会当日の朝に戻っていた。 そしてまた舞踏会で言われる。 「踊ってやってもいいぞ?」 「だから貴方と踊らないって!!」 舞踏会から逃げようが隠れようが、必ず舞踏会の朝に戻ってしまう。 もしかして、ジュリオスと踊ったら舞踏会は終わるの? それだけは絶対に嫌!! ※ざまあなしです ※ハッピーエンドです ☆☆ 全5話で無事完結することができました! ありがとうございます!

うるさい!お前は俺の言う事を聞いてればいいんだよ!と言われましたが

仏白目
恋愛
私達、幼馴染ってだけの関係よね? 私アマーリア.シンクレアには、ケント.モダール伯爵令息という幼馴染がいる 小さな頃から一緒に遊んだり 一緒にいた時間は長いけど あなたにそんな態度を取られるのは変だと思うの・・・ *作者ご都合主義の世界観でのフィクションです

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?! ♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

処理中です...