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 ルナーダとフェイルは、客と店主の娘という関係から始まった。

 当時見習い騎士だったルナーダは、フェイルの両親が営むパン屋で昼食を買うのが日課だった。

 店番をする母親のそばでうろちょろするフェイルに、ある日、ルナーダが何の気なしに声をかけた。それがきっかけで、半年後にはフェイルはルナーダを「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。

 でもルナーダが自分より年上の女性と歩いているのを目にした時から、フェイルはルナーダのことを、お兄ちゃんと呼べなくなってしまった。

 理由は、とても単純。

 それを見たとき、フェイルはルナーダに恋をしていることに気付いてしまったから。

 でもルナーダはフェイルが突然「お兄ちゃん」ではなく、名前で呼ぶようになった理由を知らない。

 そしていつまでも妹扱いするルナーダに、フェイルがどれだけ焦れた想いを抱えていたのかも、きっと知らないのだろう。

 だって、ここノルドレリン国は厳格な階級社会だから。

 貴族と平民の身分の差は、どうやっても越えられない。

 だけれども、そんな常識を持ってしてもフェイルはルナーダに恋い慕う気持ちを抑えられなかった。

 気付いて欲しいとまではいわないが、気付かれたくないと隠しきるほど、気持ちを抑えていたわけじゃない。

 ただ勇気を出して自分の気持ちを伝えても、ルナーダを困らせるだけなのはわかっていた。

 だからあと一歩を踏み出すことができなかった。失うより、知り合いで居続けることをフェイルは選んだだけ。

 なのにルナーダは、つい先日フェイルにこう告げた。

「来月、王都を離れることになったよ」と。

 身分差故に手の届かぬ相手とわかっていても、せめて彼の姿を見てひっそり恋慕うことが喜びだったのに、それすら奪われてしまうのだ。

 フェイルはまだ子供だけど、無知ではない。

 ルナーダが王都を離れてしまえば、毎日通ったパン屋のことも、まして自分のことなど過去になる。すぐに忘れてしまうだろう。

 想像するだけで、胸が苦しくて涙が溢れてくる。
 
 ……耐えられなかった。

 だからフェイルは、絶対にやると決めた。

 何が何でも、やってやる。誰にどう言われても、偽りの愛情だって、紡ぐ言葉が全て嘘だって、それも良い。虚しさなんて感じない。

 ルナーダを騙す罪悪感なんて無かった。

 生まれてきてからコツコツ貯めてきたお小遣いを全部つぎ込むことも厭わなかった。


 そんなふうに思い詰めたフェイルが何をしたかというと、とてもとても酷いズルをした。

 人の心を強制的に変えてしまう悪魔の薬───惚れ薬を手に入れることだった。
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