2 / 11
2
しおりを挟む
ルナーダとフェイルは、客と店主の娘という関係から始まった。
当時見習い騎士だったルナーダは、フェイルの両親が営むパン屋で昼食を買うのが日課だった。
店番をする母親のそばでうろちょろするフェイルに、ある日、ルナーダが何の気なしに声をかけた。それがきっかけで、半年後にはフェイルはルナーダを「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。
でもルナーダが自分より年上の女性と歩いているのを目にした時から、フェイルはルナーダのことを、お兄ちゃんと呼べなくなってしまった。
理由は、とても単純。
それを見たとき、フェイルはルナーダに恋をしていることに気付いてしまったから。
でもルナーダはフェイルが突然「お兄ちゃん」ではなく、名前で呼ぶようになった理由を知らない。
そしていつまでも妹扱いするルナーダに、フェイルがどれだけ焦れた想いを抱えていたのかも、きっと知らないのだろう。
だって、ここノルドレリン国は厳格な階級社会だから。
貴族と平民の身分の差は、どうやっても越えられない。
だけれども、そんな常識を持ってしてもフェイルはルナーダに恋い慕う気持ちを抑えられなかった。
気付いて欲しいとまではいわないが、気付かれたくないと隠しきるほど、気持ちを抑えていたわけじゃない。
ただ勇気を出して自分の気持ちを伝えても、ルナーダを困らせるだけなのはわかっていた。
だからあと一歩を踏み出すことができなかった。失うより、知り合いで居続けることをフェイルは選んだだけ。
なのにルナーダは、つい先日フェイルにこう告げた。
「来月、王都を離れることになったよ」と。
身分差故に手の届かぬ相手とわかっていても、せめて彼の姿を見てひっそり恋慕うことが喜びだったのに、それすら奪われてしまうのだ。
フェイルはまだ子供だけど、無知ではない。
ルナーダが王都を離れてしまえば、毎日通ったパン屋のことも、まして自分のことなど過去になる。すぐに忘れてしまうだろう。
想像するだけで、胸が苦しくて涙が溢れてくる。
……耐えられなかった。
だからフェイルは、絶対にやると決めた。
何が何でも、やってやる。誰にどう言われても、偽りの愛情だって、紡ぐ言葉が全て嘘だって、それも良い。虚しさなんて感じない。
ルナーダを騙す罪悪感なんて無かった。
生まれてきてからコツコツ貯めてきたお小遣いを全部つぎ込むことも厭わなかった。
そんなふうに思い詰めたフェイルが何をしたかというと、とてもとても酷いズルをした。
人の心を強制的に変えてしまう悪魔の薬───惚れ薬を手に入れることだった。
当時見習い騎士だったルナーダは、フェイルの両親が営むパン屋で昼食を買うのが日課だった。
店番をする母親のそばでうろちょろするフェイルに、ある日、ルナーダが何の気なしに声をかけた。それがきっかけで、半年後にはフェイルはルナーダを「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。
でもルナーダが自分より年上の女性と歩いているのを目にした時から、フェイルはルナーダのことを、お兄ちゃんと呼べなくなってしまった。
理由は、とても単純。
それを見たとき、フェイルはルナーダに恋をしていることに気付いてしまったから。
でもルナーダはフェイルが突然「お兄ちゃん」ではなく、名前で呼ぶようになった理由を知らない。
そしていつまでも妹扱いするルナーダに、フェイルがどれだけ焦れた想いを抱えていたのかも、きっと知らないのだろう。
だって、ここノルドレリン国は厳格な階級社会だから。
貴族と平民の身分の差は、どうやっても越えられない。
だけれども、そんな常識を持ってしてもフェイルはルナーダに恋い慕う気持ちを抑えられなかった。
気付いて欲しいとまではいわないが、気付かれたくないと隠しきるほど、気持ちを抑えていたわけじゃない。
ただ勇気を出して自分の気持ちを伝えても、ルナーダを困らせるだけなのはわかっていた。
だからあと一歩を踏み出すことができなかった。失うより、知り合いで居続けることをフェイルは選んだだけ。
なのにルナーダは、つい先日フェイルにこう告げた。
「来月、王都を離れることになったよ」と。
身分差故に手の届かぬ相手とわかっていても、せめて彼の姿を見てひっそり恋慕うことが喜びだったのに、それすら奪われてしまうのだ。
フェイルはまだ子供だけど、無知ではない。
ルナーダが王都を離れてしまえば、毎日通ったパン屋のことも、まして自分のことなど過去になる。すぐに忘れてしまうだろう。
想像するだけで、胸が苦しくて涙が溢れてくる。
……耐えられなかった。
だからフェイルは、絶対にやると決めた。
何が何でも、やってやる。誰にどう言われても、偽りの愛情だって、紡ぐ言葉が全て嘘だって、それも良い。虚しさなんて感じない。
ルナーダを騙す罪悪感なんて無かった。
生まれてきてからコツコツ貯めてきたお小遣いを全部つぎ込むことも厭わなかった。
そんなふうに思い詰めたフェイルが何をしたかというと、とてもとても酷いズルをした。
人の心を強制的に変えてしまう悪魔の薬───惚れ薬を手に入れることだった。
4
お気に入りに追加
221
あなたにおすすめの小説
私は婚約者に冷たくされてるけど、溺愛されている。
ほったげな
恋愛
私の婚約者・アリスタルフは、冷たくぶっきらぼうな態度を取る。嫌われているのかなと思っていたのだが、実は好きな子にぶっきらぼうな態度を取ってしまう性格だったようで……。彼は私のこと好きらしいです。
この恋、諦めます
ラプラス
恋愛
片想いの相手、イザラが学園一の美少女に告白されているところを目撃してしまったセレン。
もうおしまいだ…。と絶望するかたわら、色々と腹を括ってしまう気の早い猪突猛進ヒロインのおはなし。
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
悪魔な娘の政略結婚
夕立悠理
恋愛
悪魔と名高いバーナード家の娘マリエラと、光の一族と呼ばれるワールド家の長男ミカルドは婚約をすることになる。
婚約者としての顔合わせの席でも、夜会でもマリエラはちっとも笑わない。
そんなマリエラを非難する声にミカルドは、笑ってこたえた。
「僕の婚約者は、とても可愛らしい人なんだ」
と。
──見た目が悪魔な侯爵令嬢×見た目は天使な公爵子息(心が読める)の政略結婚のはなし。
※そんなに長くはなりません。
※小説家になろう様にも投稿しています
(完)悪役令嬢は惚れ薬を使って婚約解消させました
青空一夏
恋愛
私は、ソフィア・ローズ公爵令嬢。容姿が、いかにも悪役令嬢なだけで、普通の令嬢と中身は少しも変わらない。見た目で誤解される損なタイプだった。
けれど大好きなロミオ様だけは理解してくれていた。私達は婚約するはずだった。が、翌日、王太子は心変わりした。レティシア・パリセ男爵令嬢と真実の愛で結ばれていると言った。
私は、それでもロミオ様が諦められない・・・・・・
心変わりした恋人を取り戻そうとする女の子のお話(予定)
※不定期更新です(´,,•ω•,,`)◝
【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。
【完結】大嫌いなあいつと結ばれるまでループし続けるなんてどんな地獄ですか?
杏
恋愛
公爵令嬢ノエルには大嫌いな男がいる。ジュリオス王太子だ。彼の意地悪で傲慢なところがノエルは大嫌いだった。
ある夜、ジュリオス主催の舞踏会で鉢合わせる。
「踊ってやってもいいぞ?」
「は?誰が貴方と踊るものですか」
ノエルはさっさと家に帰って寝ると、また舞踏会当日の朝に戻っていた。
そしてまた舞踏会で言われる。
「踊ってやってもいいぞ?」
「だから貴方と踊らないって!!」
舞踏会から逃げようが隠れようが、必ず舞踏会の朝に戻ってしまう。
もしかして、ジュリオスと踊ったら舞踏会は終わるの?
それだけは絶対に嫌!!
※ざまあなしです
※ハッピーエンドです
☆☆
全5話で無事完結することができました!
ありがとうございます!
婚約解消と婚約破棄から始まって~義兄候補が婚約者に?!~
琴葉悠
恋愛
ディラック伯爵家の令嬢アイリーンは、ある日父から婚約が相手の不義理で解消になったと告げられる。
婚約者の行動からなんとなく理解していたアイリーンはそれに納得する。
アイリーンは、婚約解消を聞きつけた友人から夜会に誘われ参加すると、義兄となるはずだったウィルコックス侯爵家の嫡男レックスが、婚約者に対し不倫が原因の婚約破棄を言い渡している場面に出くわす。
そして夜会から数日後、アイリーンは父からレックスが新しい婚約者になったと告げられる──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる