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国を救った聖女は、王子の心までは救えない

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 ───サーシャが、カップを受け取って数日後。

「サーシャさま、花火を見ましょう」

 アズレイトから唐突に切り出され、サーシャは頭の中で、はてなマークを並べてしまった。

「......アズさん、花火ってなんですか?」
「え?」

 そもそもがわかっていないので、素直に問うたら間の抜けた返答をいただいてしまった。明らかにドン引きしている。

 サーシャの眉間に皺が寄った。世間知らずで何が悪い。

 でもすぐにアズレイトは、小さな咳払いをしてから説明をした。

「火薬玉を夜空に打ち上げるのです」
「ぅえ、ちょっと、それ駄目!」

 身を起こすことすら満足にできないサーシャは、横になったまま目をひんむいて声を上げた。そしてそのままの態勢で、オロオロとした表情を浮かべる。

「つ、つ、つまり、内乱が勃発したってことですよね?ちょ......それを見物しに行くってことは......ああ、そっか負の感情を浄化すれば止められるってことか。......どうしよう......私......できるかなぁ」
「ぜんぜん違います」

 こんな身体になってまで、そんなことをのたまうサーシャに、アズレイトは至極冷静に否定した。

「夏の訪れを祝う祭りです。花火は実りの神様に捧げるものですので、人間に向けるものではありません」
「あー......そうなんだ」

 とりあえずアズレイトの説明を聞いてサーシャはほっとしたけれど、いまいちピンとこない。

 なにせサーシャは森生まれの森育ち。ふもとの村とはほとんど交流がないので、これまでそういう行事を見たことも参加したこともない。

 それに今のサーシャは、視力を失っている。花火とやらを見ることはできない。

 でも、馬車の外でそわそわとこちらの様子を伺っている騎士たちの気配が伝わってくる。だからサーシャは「見たいな」とはしゃいだ声を出す。

 安堵の息がそこかしこから聞こえた。






 アズレイトが花火見物に選んだ場所は、街道から外れた小高い丘の中腹にある人気の無いところだった。

 夜露に濡れた草の香りが懐かしくて、サーシャは大きく息を吸う。つんっと鼻の奥が痛んだけれど、くしゃみの前触れだと思うことにする。
 
「サーシャさま、寒くはありませんか?」
「大丈夫ですよ、アズさん」
「では、暑くはありませんか?」
「丁度良いですよ」
「身を起こしていて、お辛くはありませんか?」
「ふふっ、お辛くなんかないですよ」

 花火が打ち上げられている合間にそんなことを聞いてくるアズレイトに、サーシャは苦笑を漏らす。

 死期が目の前に迫っているせいで、五感が鈍ってしまっている。だから火薬玉が弾ける爆発音すらも、柔らかく響いて心地よいくらいだ。

 ただ、アズレイトの言葉だけはしっかりと聞き取ることができるのがとても不思議だ。

 そんなことを考えながら、サーシャは花火が打ち上げられる方向を見つめている。

「......サーシャさま」
「なんですか、アズさん?」

 少し緊張したアズレイトの声に、サーシャは返事をしながら、ちょっと身を固くする。どうかここで変なことを言ったりしないでと祈りながら。

 でも、その祈りは神様には届かなかった。 
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