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穏やかに過ぎる時間
もっと勉強しておけば良かった
しおりを挟む時間が経つのは早いもので、私がこのお屋敷で目覚めてからはや1週間が過ぎていた。
部屋を浄化して回ることは、もはや私のルーチンワークとなっており、その作業効率は日を重ねるごとに上がっている。
今では午前中に浄化を終えられるようになり、空いた時間にゼスさんと午後のティータイムを楽しむ余裕まである。
ゼスさんが淹れてくれるお茶は、香りが良くて湯の温度も絶妙でとても美味しい。
私がそれを褒めると途端に顔を真っ赤に染め、照れ隠しに憎まれ口をたたくようになるので、あまり褒められないでいる。
褒められ慣れていないであろう事は一目瞭然で、少しかわいいと思ってしまった。
それにしても、ゼスさんが使っているのを見る度に、魔法って便利だな、と思ってしまう。
いや、私も一応使えるよ?魔法。
人族なら誰でも使える加護魔法が。
でも、《恵みの水》が一度にコップ1杯分程度の水しか出せないのに対し、ゼスさんの水魔法は水瓶1杯分でも余裕で出せる。
冷水でも熱湯でも自由自在だ。
その他にも、私が寒そうにしていたら風魔法で室内の空気を暖めてくれ、温度が下がらないように部屋ごと風の膜で覆ってくれた。
本人は寒さに強いようで、「今まで気づかなくてすまなかった」と申し訳なさそうに謝っていたが。
そんなわけで、魔法が便利だということは分かってもらえると思う。
となれば自分で使ってみたくなるというもの。
「ゼスさん、私も練習すればゼスさんが使っているような魔法を習得できますか?」
とりあえず、できるかどうか直球で訊いてみた。
努力次第で何とかなるなら、ひたすら頑張るのみである。
私の質問に、ゼスさんは珍しく気まずそうな表情をし、話すのを躊躇う素振りをみせた。
いいんですよ、ゼスさん。
ズバっと言っちゃってください。
覚悟はできています。
「落胆するかもしれないが、おそらくカノンには難しいと思う。カノンに限らず人族すべてがそうであるのだが」と言って私に気を遣いつつ詳しい説明をしてくれた。
先ず、魔法とは何かという基本的な説明からだ。
魔法とは、加護魔法などの一部の魔法を除き、自らの魔力を使って空気中の魔素に働きかけ、四大エレメントによって起こる現象を引き起こすことだ。
火を点ける。コップに水を出す。そよ風を吹かせるといった簡単なものから、土壁を出現させる、対象物を氷結させる、竜巻を起こす、火柱を出現させる、などといった大掛かりなものまで様々だ。
そして、これらの魔法を使うには、四大エレメントへの理解が不可欠だという。
それを生まれつきクリアしているのが魔族達だ。
魔素溜まりから生まれた恩恵なのか、彼らは誰に教えられるでもなく魔法の使い方がわかるそうだ。
無詠唱での魔法の発動も、できるのはおそらく魔族のみだという。
四大エレメント、たとえば火を魔法で生み出すとする。
それには先ず、火とはどういう現象なのか、どういった作用を引き起こすのかなどの、火への理解が必要だのだという。
魔族のように『何となく分かる』などという特殊能力が備わっていない人族達は、その条件をクリアできる者が極めて少なく、魔法を習得できた時には高齢になっている者も珍しくないという。
何をどうするのが正解なのか判断できず、滝に打たれたり、火傷覚悟で火の中に手を突っ込んだりと、効果があるのか分からない危険な修行を行ったりもするという。
そこまで努力して火を生み出すくらいなら、火打ち石で十分だ、と思う者が大半だろう。
ちなみに、人族の修行などの情報は、ゼスさんが趣味で調べたものだという。
魔法の研究が趣味だと言っていたけれど、自分のじゃなくて人族の使う魔法に興味があるのかも。
ゼスさんの説明を聞く限り、私が魔法を習得するのは確かに厳しいと思う。
寧ろ、習得できている人族が存在することに驚きを禁じ得ない。
しかし、やるだけやってみてもいいのではないかとも思う。
ダメならそれで諦めもつくだろう。
というわけで、ゼスさん立ち会いのもと、魔法の発動を試してみることになった。
しかし、当初の予想通り、なかなか思うように発動できないでいる。
ゼスさんにコツを尋ねようにも「いつも何となくでやっている」「望む現象を思い浮かべると、魔力が自然に引き出される感じだ」などと、人族の私には到底真似できそうにないアドバイスをされたので、「ありがとうございます。何とか頑張ってみます」と返し、自分との対話に戻った。
とりあえず、最初の説明を思い出そう。
魔法は風、土、火、水の四大エレメントへの理解が必要、だったよね。
先ずは「風」。風はなにでできてる?
ダメだ、分からない。
空気は酸素と二酸化炭素と……窒素?いや、でも空気を生み出してもしょうがない。
風がどういうメカニズムで吹くのかって、学校で習ったっけ?
……うん、一先ず「風」は後回しだ。
次に「土」。……え、土?
なにでできてるかって?
………ああ、土は土だよって言いたい。
いや、成分の話だよね。
ごめん。分からない。次に行こう。
ああ、もっと勉強しておけば良かった。
次は「火」だ。
火は何かが燃えてる状態だよね。
酸素がないと火は燃えないって習った気がする。
……この程度の知識しかないけど、何とかなるかな。
ええと、火を使って起こしたい現象。
爆発?
いやいや、危ない。
もし火魔法が使えるなら、調理の時に火起こしが簡単になるよね。
そのために必要なのはほんの少しの火だ。
頭の中に小さな火が灯るイメージを浮かべる。
空気中の酸素と可燃物が結びつくイメージ?あとは何だろう。
火は熱いから、熱?
暫くイメージを続けるが、結果は思わしくない。
あ、人族って無詠唱では魔法を使えないんだっけ。
詠唱、どんな言葉がいいかな。火を点けるから、《点火》かな。
「《点火》!」
ボゥ……と僅かな音とともに目の前に小さな火が出現した。
まるでちいさな鬼火のように、空中で揺らめいている。
うん、成功みたい。
こうして成功して分かったことがある。私の曖昧だったイメージ。
それが詠唱の言葉を発した瞬間にカタチになった気がした。
詠唱は起こる現象や効果を言葉で宣言することで、足りないイメージを補助する役割がありそうだ。
エレメントに関する深い知識がなくても魔法を使える人族がいるのは、詠唱によるサポートあってのことだろう。
「カノン……それは……まさか成功したのか」
私があれこれ考察していると、目の前に立っているゼスさんが信じられないものを見るように私の魔法(小さい鬼火みたいなもの)を凝視していた。
人族が魔法を習得するには長い年月が必要だと言っていたから、この反応は仕方の無いことだろう。
私でさえ成功するなんて期待してなかったくらいだ。
とりあえずゼスさん。この魔法、どうすれば消えるんですかね。
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