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第3章 リッター・デア・ヴェーヌス
第35話 エインヘリアルの学園生活
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次の日、エリスはツヴァンクラインではなく、例のマシンノイドに乗せられた。
全長十六メートル。さすがにこの大きさではアトリエは狭すぎる。外に出て、広い空き地に出る。見渡すと何事かとヤジウマがちらほら見える。
『この街の名物だと思っているヒトもいるくらいですから気にしなくていいですよ』
通信ウィンドウからラミはそう言ってくれる。
『とりあえず昨日の要領でやってみせろ!』
耳を塞ぎたくなるようなラウゼンの怒声が響く。
スピーカーの音量を小さくできないものだろうかと、エリスは思案する。
そんなことを思っているうちに、目の前に特大のバルーンが出現する。
ざっと三体。一体あたりで三秒で片付けられる。
『よーい、スタート!』
イクミの掛け声とともに、エリスは飛び出す。
「ドワオッ!?」
エリスは予想以上の加速に仰け反る。
忘れていた。この機体にはこれがあった。
思い通りに動かそうとするとそれ以上によく動く。とんだじゃじゃ馬なのだ。
「ああ、もう!」
エリスは文句を言いながら、足を踏ん張らせる。
「てぇい!」
そのままの勢いでケリを放ち、バルーンを割ってみせる。
『おおし、いいぞ!』
「扱いにくいったらないわ! とんでもないモノ作ってくれたわね!」
エリスは文句を言う。
『ラミ、次だ!』
『ラジャーです!』
ラウゼンの号令を受けて、ラミがバルーンを遠隔操作で出現させる。
『さあ、全部叩き落としてみせろ!』
「ええい、わかったわよ! いくらでもやってやるわよ!!」
この日も、エリスはマシンノイドに乗ってバルーンを割り続けた。
次の日、エリスは義手の調整を受けた。
とりあえず間に合わせのものなので、大事に扱えとラウゼンから言われた。
「しかし、お前さん相当荒い使い方しているみたいだな」
「人使い荒いあんたに言われたくないわよ」
「それもそうだな!」
ラウゼンは一本取られたと言わんばかりに大笑いする。
「しかし、鉄製の腕が何度も使い物にならなくなるほど酷使する能力か」
「……どうにも本物の腕じゃないとついていけないみたいなのよ」
「歯がゆいか?」
ラウゼンの問いかけにエリスは黙り込む。
「……そうかもね」
エリスはそれだけ答えて機体のコックピットに乗り込む。
「いい加減名前つけたらどうなの?」
一日ずっと乗り続けたことでどうにか操縦のコツは掴めてきた。同時にこの機体に関して愛着も湧いてきた。それだけに、未だこれとかこいつとかとしか言い様がないのが不憫に感じてならなくなった。
「そうはいうが、こいつはまだ出来ていないんだ。言うなら生まれる前の赤ん坊みたいなもんなだよ今は」
「それでも名前ぐらいつけてもいいんじゃないの?」
「わかってねえな。生む前に名前を決めておく親はいても、決める親はいねえだろ。そういうこった」
「わ、わからないわね……」
それは自分が親というものを知らない孤児だからなのかもしれない、エリスは密かに思った。
「というわけで、お前もつけたい名前があったら遠慮なく言えよ。名付け親なら大歓迎だぜ」
「ちょっと考えておくわ」
とは言っても、すぐに思いつかなかった。
「GFS起動」
エリスは機体を立ち上がらせる。
名前か。少し考えてもみようか。
そんなことを思いながらエリスは今回のターゲット――運び込まれたコンテナを見据える。
「イクミ、そっちの準備はどう?」
『オーケーやで! コンテナ、オープン!』
イクミがポチッとスイッチを押すとコンテナが開く。
中から出てきたのは、ヴァーランス。火星の皇マーズから賞金首デイエスを捕らえた報酬としてダイチがもらった機体だ。これをイクミは惑星間運送サービスに依頼して、火星の自前のハンガーから運び出してもらい、それが今朝届いたのだ。
『マイナ、いけるか?』
『ええ、火星の機体はちょっと重いけどクセは無さそうだからいけるわよ』
乗っているのはマイナだった。
何のためにここまでやるのかというと、実践練習のためだ。
「じゃあ、ボコボコにしてやるわ」
『お、お手柔らかに頼むわよ! 一応無断で借りてるんだから』
このことはダイチに何も伝えていない。もし、壊したらと思うとマイナは気が気ではない。
「平気よ、壊してもあんたが弁償するんだから!」
『なんで私が!?』
「いくわよ、おりゃッ!!」
エリスは一気に間合いを詰めて、殴りかかる。
『ちょッ!』
マイナは慌てて回避する。
「案外すばしっこいわね!」
『それがウリだからね』
「じゃあ、こいつを慣らすにはもってこいね!」
エリスは自分の身体を動かすように地面を蹴り出す。
はじめのうちはその軽量感と加速度に戸惑ったが、徐々に慣れてきた。ただ、この機体のポテンシャルはまったくもって引き出せていない。
まだ身体と機体の動きに違和感がある。それをこうして何度も何度も動かしていくことで解消する。そうすればこの機体はもっともっと強くなる。
なるほど、たしかにこの機体は「生まれる前」という表現がしっくりくる。こうやってどんどんこの機体は誕生に近づいている感覚は高揚していく。
親というものを知らないエリスにとって、これが親の心境なのかもしれないと思えた。
『それじゃあ、反撃するよ!』
「やれるものならやってみなさいよ!」
マイナは言うと、エリスは応じる。
ヴァーランスの腕を振るわれ、エリスの機体は腕を出してガードする。
「マイナ、いつの間に乗りこなしたわけ!?」
『初めてだけど!』
つまり、初めてで自分の手足のように扱っているわけか。
「負けてられないわね!」
エリスは反撃ざまにケリを放ち、後方に飛ぶ。
『調子いいじゃねえか!』
『よし、マイナ! スティックとペイント弾も使ってええで!』
「じいさん! こっちも武器ないの!?」
『無い! まだ作成中だからな!』
ラウゼンはあまりにも堂々と言う。
「ったく、しょうがないわね!」
呆れながらも、エリスは無いものねだりしても仕方が無いと割り切って徒手で戦う。
数分後、ペイント弾をしこたま浴びて、ドロドロになった機体が一体出来上がっていた。
「初日やし、こんなものやな」
「もうちょっと踏ん張れると思ったんだがな」
ラウゼンのボヤキにエリスは苛立たせられた。
エリスが操縦に慣れてないこと、マイナがヴぁーランスを乗りこなしていたこと、そういった要素がありながらも芳しくない結果でエリスはもどかしかった。
「まったく好き勝手離れて撃ち放題……武器があったらもうちょっとマシに戦えたのに……、いや、もうちょっと加速できればこんなことには……!」
エリスはぶつくさ言いながら、マイナを睨みつける。マイナは身の危険を感じ取る。
「マイナ~?」
「私が悪いわけじゃないわよ!」
「そんなのわかってるって! ただ腹いせに! 生身でもスパーしなさい!」
「腹いせにボコられるなんてごめんよ!!」
マイナは逃げ出す。
「待ちなさい!」
エリスは追いかける。
水星人のマイナは本気で逃げれば音速の域にまで達するが、エリスもヒートアップの能力を使えばそれぐらいは出せる。結果的に身体を動かすにはちょうどいい鬼ごっこになるわけだ。
「あやつのチカラを機体に存分に反映出来れば敵は無いのだがな」
マイナを追いかけるエリスを見て、ラウゼンはぼやく。
「それと名前ですね……何かいいものはないでしょうかね?」
ラミが訊くとラウゼンは顎に手をついて「ふむ」とうなる。
「一応、考えてはいる」
「いくぞ!」
ダイチは力一杯剣を振るう。
「こい!」
デランはそれに応じる。
カキィィィィン!!
甲高い金属音が鳴り響き、デランはぐらつく。ダイチは構わず打ち込み続ける。
「へ、やるようになったな! だが!」
デランは気合一声上げて、反撃する。
「おわッ!?」
ダイチは吹き飛ばされる。
「今日はこれぐらいにするか」
デランはそう言って剣を収める。
「ちくしょう……今日こそ一本取られると思ったんだが……」
ダイチは悔しさをにじませる。
「まあ、そう簡単に取らせないってことだ。でも今の連撃は悪くなかったぜ」
「まだお前に本気を出させるまでにはなってないのがな」
「ああ、まだ手加減してた」
デランは悪かったと言わんばかりに手を差し出す。ダイチはその手に引かれて立ち上がる。
「ただ危うく本気をだすところだったぜ。お前、だんだん強くなってるからな」
「そうか?」
「少なくとも入学したばかりの俺よりかは強くなってるぜ」
デランにそう言われるとダイチは腕を握りしめて強くなった感触を確かめてみる。
強くなってないか、強くなったか。その二択の自問に対する自答は、「どちらかというと強くなった」という曖昧なものだった。
エインヘリアルに来てから数日。毎日の実習や組手で鍛えているのはもちろんのこと、授業後こうしてデランとも打ち合っている。
そうして動けなくなる寸前までやっているのだが、なんだかデランのワルキューレ・グラールに向けての調整の為、というより
ダイチの特訓に付き合ってもらっているような気もする。
「それはいいことなんだが……お前の調整になってるのか、こんなんで?」
そこがダイチの不安視するところであった。
「ああ、身体ならしにはなってるな。ただもうちょっと頑張って欲しいところだけどな」
「ど、努力はしてるぜ」
「それはわかってる」
デランは笑顔で言ってくれる。
ダイチにはそれが気を遣ってくれて言っているようにも見えた。しかし、今はどうしようもない。一日二日で簡単に強くなれるものじゃないからだ。
「そっちも終わったんだね」
「終わりましたか?」
闘技場を出るとエドラとアンシアがいた。
二人も別室で同じように訓練していたいようだ。
「ああ、調子はどうだ?」
「もちろん、いいよ」
エドラは気取ること無く言う。
「君の方は?」
「絶好調だぜ! 今からでもグラールに出ても優勝できるぜ!」
「それはよかった」
そんなやり取りを聞いて、ダイチは本当だろうかと少し不安になる。自分は調整相手として役目を果たしているとは言いがたいのに、絶好調なものかと。
「動いたから腹が減ったぜ。早く食堂に行こうぜ」
「ああ……」
四人で食堂に行く。
途中、廊下で何人もの女生徒とすれ違う。
エインヘリアルは騎士を目指す優秀な人材が集まる学園だとは聞いたが、金星では優秀な人材イコール女性という構造が成り立っているため、女生徒ばかりである。しかも、みな美少女なのである。
「エインヘリアルの男子は僕とデランしかいない」
そんなデランの発言を思い出す。わかってはいたが、いざ女生徒に囲まれると気後ればかりしてしまう。美少女ばかりなのだからなおさらだ。特に留学生として入ったばかりの男子生徒ともなれば余計に注目される。
「……あれが、留学生。新しい男か」
「火星人かしら? 異星間交流ってやつ?」
「顔は……悪くない。エドラ君には及ばないけど」
「デラン君とエドラ君も絵になったけど、三人で並ぶのもいいわね」
などとヒソヒソ話で言いたい放題言われている。騎士候補とはいえ、女子の噂話好きはどこの星でも一緒なんだと実感させられる。
ここ数日、こんなことをさせられてようやく慣れてきた。噂話自体を初日の頃に比べたらそう大したものじゃなくなった。日にちが経って慣れてきたせいかもしれない。
食堂に着く。
ここの食堂も高級ホテルと同じような装飾が施されており、シャンデリアや絵画が飾られているせいでとても学食といったものとはとても思えないほど豪華だった。
初日には圧倒されてしまい、昼食がロクに喉も通らなかった。これも数日経てばすっかり慣れたものだ。
「ダイチさんもこれから夕食ですか?」
ミリアが同級生を引き連れてやってくる。
ダイチと同じ日に編入したミリアは、同じ女性とこともあってかあっという間に馴染んだみたいだ。既に友達を何人か作って食堂で夕食を楽しむみたいだった。
「ああ、そうだが」
「でしたらご一緒しましょう」
「いいのか?」
ダイチはミリアだけじゃなく友達のティリスとライムにも確認する。
「いいわよ」
「是非ご一緒させてください」
「それならあの席に座るか」
ダイチ達四人にミリア達三人へ加わって座り込む。
今日は学園の敷地内で採れた野菜を具材にしたシチュー。例のごとく、ミリアはそれを四杯も大皿に盛り付けた特製のトレイをドンと置いた。
「相変わらず、凄いね……」
エドラは引きつった笑顔で言う。
「私にはとても食べられません」
「俺だって無理だ」
デランの意見にダイチは心中で同意する。
「本当に凄い食べっぷりです。憧れます」
ライムは惚れ惚れするような眼差しを向ける。
「ミリアさんの食べっぷりに勝てるやつなんてレーミンぐらいしかいないんじゃない?」
ティリスが言うレーミンとは上級生で、ミリアと同じかそれ以上に食べる生徒として有名らしい。
「ミリア以上に食べる女の子、か……」
ダイチにはちょっと想像できなかった。
「是非ご一緒に食事をしてみたいですね」
ミリアは楽しそうに言う。
それを聞いてダイチはミリアと同じくらい食べる女子と二人で食卓を囲む光景を想像した。きっと見ているだけお腹がいっぱいになることだろう。
ただミリアにとってそれは同じくらい食べる女性という仲間に初めて出会えるチャンスでもあるようで喜んでいるようにしかみえない。
『只今アルヴヘイムの代表生徒達が境界を超えて到着しました』
食堂の立体テレビからアナウンスが聞こえる。
「アルヴヘイムというと、エインヘリアルと同じ騎士養成学園ですか?」
「ええ」
ミリアが訊くと、エドラがうなずき、デランが身を乗り出してテレビを見る。
テレビには精悍な顔つきをした女生徒が三人と引率の教官と思わしき大柄で筋肉質な成人女性と中老の男性がいる。
「彼女達がグラールに出場する代表生徒でしょうか?」
「ええ、この時期に国境を超えてやってくる生徒なんて他に考えらないからね」
エドラが言うと、ダイチは三人の女性を見る。
(こいつらがデランやエドラと戦うのか)
一目見て見目麗しい女性騎士と面持ちで、エインヘリアルの上級生やこの間会ったアグライアに通じる強者の雰囲気を放っている。
「強いね、テレビ越しでも迫力が伝わってくる」
「代表選手に相応しい実力達ね」
パプリアが夕食のトレイを持って言う。そして、何食わぬ顔でダイチ達のテーブルにつく。
「先生、彼女達のことを知っていますか?」
「いいえ。アルヴヘイムは国境を超えた……木星領地になってしまった学園だから、いくら教官でも情報は入ってこないのよ」
「木星領地の方にも学園はあるんですか?」
「ダイチ君は知らなかったわね。このエインヘリアルと同じ騎士養成学園は東西南北に四つあって、その一つが東のアルヴヘイム……彼女達はそこの生徒ね。
彼女達はワルキューレ・グラールに参加するために国境を超えてやってきたのよ」
「国境を超えることなんて出来るんですか?」
「ヴィーナス様や大臣達が木星大使に掛け合ってくれているんですよ。ちなみにその木星大使というのがそこの男性なんですが」
「え、あいつが木星大使?」
ダイチは中老の男性を見てみる。確かに身なりは整っており、風格も感じる。立体テレビには『金星領木星大使官ディバゼル・バウハート』と表示が出ている。
「テレビじゃなかったら、見目麗しい女生徒を侍らせている中年男性といった感じですね」
ミリアは悪意たっぷりに言う。
「ミリア、ちょっとは歯に衣着せて言えよ」
「ああ、心配いらないわ。私も下衆な男という印象だから」
「………………」
ダイチ達男性陣は絶句する。
「ま、まあ、大使の方はともかく……肝心なのは、ワルキューレ・グラールに出場する代表生徒の方だよね」
引きつった顔でエドラは話題を切り替える。
「強いわね。どの娘もうちの代表生徒と十分に渡り合えそうよ」
パプリアはデランとエドラの顔を見回して答える。
「勝てるかどうかは戦ってみないとわからないけど、勝算はあると私は思ってるわ」
「へへ、当たり前だぜ! あんな連中に負けるかよ!」
「ボクも負けるつもりはありませんよ」
そう意気揚々と答えた二人を見て、パプリアは満足気に笑った。
学生寮に戻る。
ダイチ達の部屋は、空いていた一室を使わせてもらうことになったのだが、ミリアと同室ということで一悶着あった。
「男子と女子が同じ部屋で泊まるなんて問題あるんじゃねえか!?」
とダイチは寮長のヒースに抗議した。
「何が問題が?」
そんな風に答えられて、大いに困った。説得に数時間もかかったときはダイチの常識が通じないものだと思い知らされた。
男子生徒なんてほとんど入学しないものだからなのと金星の社会性の問題だと思うと、あとで同室になったエドラが言ってくれた。
そんな一悶着を持って、ダイチはエドラとデランの部屋に入れてもらうことになった。
「まあ、男子が同じ部屋にひとまとめになっていた方が管理は楽そうだ」
などとヒースはぼやいた。
ミリアは同級生になったアンシアと同室になったらしい。彼女とはとても気が合うみたいで夜通し語り合うこともあるんだとか嬉しげに言っていた。
そんなことをダイチは思い出しながら自分の部屋に戻る。
「おかえりなのじゃ!」
そうして部屋でじっと待機していたフルートが元気に出迎える。
「退屈であったぞ! 一人でただじっとしているのは苦痛じゃったぞ! 見回りに来ていた寮長とやらにバレないようにこっそりしていたのはちょいとスリルがあったがのう!」
「あ、ああ、バレなくて何よりだ」
ダイチはホッとする。バレたら、どんな厳罰が待ち受けてるかわかったものじゃない。
自分だけならまだしもデランやエドラにも迷惑がかかるのだから。
「それでダイチは今日はどうじゃったか?」
フルートは目を輝かせる。そんな期待の眼差しを受けているのだが、応えられない自分に少々の歯がゆさを覚えた。
「また負けたよ。実習の『立ち切りパレード』じゃまだ一勝も出来ていないんだ」
立ち切りパレードというのは実戦演習の一つで、生徒達が一対一の戦いを行い、時間がきたら対戦相手を次から次へと代わる。そのお互いが交代して戦う様はまるでパレードのようなことからその名前がつけられている。
この戦いの成績はパプリアがみっちりつけているのだそうだが、毎回実習終了とともに「ダイチ君、今日も一勝もできなかったわね」と残念そうに言ってくるものだから、自分の不甲斐なさに拍車がかかる。
「むむ、そうか。ここの生徒はそこまで強くてたくましいものなのか」
「ああ、強いな」
「じゃが、妾は信じておるぞ。ダイチは必ずや一勝もぎ取ることができると」
「……ありがとう、フルート」
フルートの素直な気持ちが嬉しかった。
「でも、ダイチの動きもだんだん良くなっているよ。今日ももう一息で一勝っていう場面が何度もあったし」
エドラがフォローを入れてくれる。
「そうか……じゃあ、もう明日は一勝できるかもな」
「それはどうかな。あのパレードは実力もそうだけど運も関わってくるからね。実力者にいきなりあたったら最初の一戦でボロボロになってあとはひたすら負け続けるなんてことも結構あるし」
「ああ、そんなこともあったな……」
ダイチにも身に覚えがあった。
「じゃが、逆に言うとダイチにも運が良ければ一勝どころか連勝も出来るということじゃな」
「前向きに言えばそうだね」
「是非ともその勇姿を見届けたいものじゃ」
「いや、そんなことしたら絶対にバレるからやめとけよ」
ダイチは釘を刺す。
フルートが今学園の敷地内にいることは秘密であった。初日に誰にも気づかれること無く学生寮のこの部屋にまで忍び込んできたときにはダイチは仰天した。
どうやって忍び込んできたのか、それは「冥皇のチカラともってすればいけるぞ」とフルートは誇らしげに答えた。
本当かよ、と思ったが、フルートの冥皇としてのチカラは未知数のため、あながち見栄やデタラメで言っているのは限らないとダイチは結論を出した。
問題はこのフルートをどうするかだった。
フルートは「ダイチと一緒にいたい」の一点張りだし、このままエリス達の元へ送るのも気が引けた。
デランやエドラに相談してみたら「ここにいてもいい」と好意的な回答をもらったからダイチも仕方なくこの部屋に住まわせることにした。
「昼間はおとなしく部屋から出ないこと」
「見回りがきても絶対に見つからないこと」
この二つを条件にしたらフルートも了承してくれた。
かくして、女子ばかりの騎士養成学園の学生寮に男子生徒二人、留学生と侵入者が住まう奇妙な一室が出来上がったというわけだ。
「でも、ここまで一途に想われて、ダイチは幸せ者なんだね」
「ば、バカ! からかうな!」
「フフン、妾のダイチへの想いは千年経っても不変じゃからな」
「俺は千年も生きられないぞ……」
「む、そうであったな、すまん」
年齢はともかく、寿命の話になると途端にきまずくなる。
ダイチは失言だったと恥じる。
「その話、出来ればもっと教えてほしいんだけど……」
エドラは少々遠慮気味に言う。
「フルート、君は本当に千歳なのかい?」
「うむ、そうじゃ」
フルートは誇らしく言う。
「とても信じられない……天王星人や海王星人はおよそ百年でボク達の一年分の歳をとるってのは知ってるけど」
「ふん、冥王星人は二四七年じゃな」
「実際目の当たりにするとちょっと信じられないな……」
「俺も最初はちょっと信じられなかった。だけどこいつにはテレパシーとか不思議なチカラがあるからな。それでここまでなんとか忍び込めたみたいだし」
「へえ、そうなのかい」
エドラは感心を寄せる。
「ちょ、ちょっとじゃぞ。なにせ妾のチカラは上手く制御ができんのじゃ! ちょっとでも加減を間違えたら学園ごとドカーンじゃぞ!!」
フルートは身振り手振り必死に動かして説明する。
「そ、それはちょっと怖いね」
「チカラはなるべく使わないに越したことはないってことだ」
「うん、そうだね。出来れば他の星のヒトのチカラも知っておけば戦い方の参考になるかと思ったんだけど」
「そいつは悪かったな、俺も戦いに関してはからっきしだし」
「いや、ダイチは凄いよ」
「そうか? まだ一勝も出来ていないのにか?」
「勝ったか負けたかの問題じゃなくて、適応速度さ」
「適応速度?」
「パプリア先生が言っていたけど、ダイチは戦う度に強くなってるって」
「そんなの誰だってそうじゃないのか?」
エドラは「ううん」と言って首を振る。
「ダイチはその速さが尋常じゃなく速いんだ。剣を振る度に、剣を受ける度に強くなってる。今成長の速さでいったら学園で一番かもしれない」
「そ、そうか……!」
「まあ、それでもボク達との実力にはまだ開きがあるけど」
「う……それ、褒めてんのかよ」
「褒めてるよ。デランだってそれで焦って特訓しているぐらいなんだから」
「デラン……」
デランは部屋に戻ってきていない。学生寮に入る前に別れたのだ。
いつものことだった。デランはいつも夕食の後、夜遅くまで剣の素振りをしているらしい。
「あいつ、そんなに強くなりたいのか?」
「男のボク達は肩身が狭いからね。強くなることでしか学園でやっていけないんだよ。当然その先にある騎士の道だってね」
「騎士の道か……」
ダイチには想像もできない世界であった。
アグライア、レダ、パプリア、この学園の女生徒……金星に来てから強い女性にはたくさん出会ってきた。そんな彼女達が生きる騎士の道。
そこに男の身でありながら入ろうとしているデランとエドラ。
素直に凄いと思えた。
俺もその強さに近づけないことだろうか、とダイチは思った。
「ちょっと、デランを見てくる」
ダイチは剣を持って、外へ出ていく。
「就寝時間にまでは戻ってきてね」
エドラは一言だけ注意してくれた。
全長十六メートル。さすがにこの大きさではアトリエは狭すぎる。外に出て、広い空き地に出る。見渡すと何事かとヤジウマがちらほら見える。
『この街の名物だと思っているヒトもいるくらいですから気にしなくていいですよ』
通信ウィンドウからラミはそう言ってくれる。
『とりあえず昨日の要領でやってみせろ!』
耳を塞ぎたくなるようなラウゼンの怒声が響く。
スピーカーの音量を小さくできないものだろうかと、エリスは思案する。
そんなことを思っているうちに、目の前に特大のバルーンが出現する。
ざっと三体。一体あたりで三秒で片付けられる。
『よーい、スタート!』
イクミの掛け声とともに、エリスは飛び出す。
「ドワオッ!?」
エリスは予想以上の加速に仰け反る。
忘れていた。この機体にはこれがあった。
思い通りに動かそうとするとそれ以上によく動く。とんだじゃじゃ馬なのだ。
「ああ、もう!」
エリスは文句を言いながら、足を踏ん張らせる。
「てぇい!」
そのままの勢いでケリを放ち、バルーンを割ってみせる。
『おおし、いいぞ!』
「扱いにくいったらないわ! とんでもないモノ作ってくれたわね!」
エリスは文句を言う。
『ラミ、次だ!』
『ラジャーです!』
ラウゼンの号令を受けて、ラミがバルーンを遠隔操作で出現させる。
『さあ、全部叩き落としてみせろ!』
「ええい、わかったわよ! いくらでもやってやるわよ!!」
この日も、エリスはマシンノイドに乗ってバルーンを割り続けた。
次の日、エリスは義手の調整を受けた。
とりあえず間に合わせのものなので、大事に扱えとラウゼンから言われた。
「しかし、お前さん相当荒い使い方しているみたいだな」
「人使い荒いあんたに言われたくないわよ」
「それもそうだな!」
ラウゼンは一本取られたと言わんばかりに大笑いする。
「しかし、鉄製の腕が何度も使い物にならなくなるほど酷使する能力か」
「……どうにも本物の腕じゃないとついていけないみたいなのよ」
「歯がゆいか?」
ラウゼンの問いかけにエリスは黙り込む。
「……そうかもね」
エリスはそれだけ答えて機体のコックピットに乗り込む。
「いい加減名前つけたらどうなの?」
一日ずっと乗り続けたことでどうにか操縦のコツは掴めてきた。同時にこの機体に関して愛着も湧いてきた。それだけに、未だこれとかこいつとかとしか言い様がないのが不憫に感じてならなくなった。
「そうはいうが、こいつはまだ出来ていないんだ。言うなら生まれる前の赤ん坊みたいなもんなだよ今は」
「それでも名前ぐらいつけてもいいんじゃないの?」
「わかってねえな。生む前に名前を決めておく親はいても、決める親はいねえだろ。そういうこった」
「わ、わからないわね……」
それは自分が親というものを知らない孤児だからなのかもしれない、エリスは密かに思った。
「というわけで、お前もつけたい名前があったら遠慮なく言えよ。名付け親なら大歓迎だぜ」
「ちょっと考えておくわ」
とは言っても、すぐに思いつかなかった。
「GFS起動」
エリスは機体を立ち上がらせる。
名前か。少し考えてもみようか。
そんなことを思いながらエリスは今回のターゲット――運び込まれたコンテナを見据える。
「イクミ、そっちの準備はどう?」
『オーケーやで! コンテナ、オープン!』
イクミがポチッとスイッチを押すとコンテナが開く。
中から出てきたのは、ヴァーランス。火星の皇マーズから賞金首デイエスを捕らえた報酬としてダイチがもらった機体だ。これをイクミは惑星間運送サービスに依頼して、火星の自前のハンガーから運び出してもらい、それが今朝届いたのだ。
『マイナ、いけるか?』
『ええ、火星の機体はちょっと重いけどクセは無さそうだからいけるわよ』
乗っているのはマイナだった。
何のためにここまでやるのかというと、実践練習のためだ。
「じゃあ、ボコボコにしてやるわ」
『お、お手柔らかに頼むわよ! 一応無断で借りてるんだから』
このことはダイチに何も伝えていない。もし、壊したらと思うとマイナは気が気ではない。
「平気よ、壊してもあんたが弁償するんだから!」
『なんで私が!?』
「いくわよ、おりゃッ!!」
エリスは一気に間合いを詰めて、殴りかかる。
『ちょッ!』
マイナは慌てて回避する。
「案外すばしっこいわね!」
『それがウリだからね』
「じゃあ、こいつを慣らすにはもってこいね!」
エリスは自分の身体を動かすように地面を蹴り出す。
はじめのうちはその軽量感と加速度に戸惑ったが、徐々に慣れてきた。ただ、この機体のポテンシャルはまったくもって引き出せていない。
まだ身体と機体の動きに違和感がある。それをこうして何度も何度も動かしていくことで解消する。そうすればこの機体はもっともっと強くなる。
なるほど、たしかにこの機体は「生まれる前」という表現がしっくりくる。こうやってどんどんこの機体は誕生に近づいている感覚は高揚していく。
親というものを知らないエリスにとって、これが親の心境なのかもしれないと思えた。
『それじゃあ、反撃するよ!』
「やれるものならやってみなさいよ!」
マイナは言うと、エリスは応じる。
ヴァーランスの腕を振るわれ、エリスの機体は腕を出してガードする。
「マイナ、いつの間に乗りこなしたわけ!?」
『初めてだけど!』
つまり、初めてで自分の手足のように扱っているわけか。
「負けてられないわね!」
エリスは反撃ざまにケリを放ち、後方に飛ぶ。
『調子いいじゃねえか!』
『よし、マイナ! スティックとペイント弾も使ってええで!』
「じいさん! こっちも武器ないの!?」
『無い! まだ作成中だからな!』
ラウゼンはあまりにも堂々と言う。
「ったく、しょうがないわね!」
呆れながらも、エリスは無いものねだりしても仕方が無いと割り切って徒手で戦う。
数分後、ペイント弾をしこたま浴びて、ドロドロになった機体が一体出来上がっていた。
「初日やし、こんなものやな」
「もうちょっと踏ん張れると思ったんだがな」
ラウゼンのボヤキにエリスは苛立たせられた。
エリスが操縦に慣れてないこと、マイナがヴぁーランスを乗りこなしていたこと、そういった要素がありながらも芳しくない結果でエリスはもどかしかった。
「まったく好き勝手離れて撃ち放題……武器があったらもうちょっとマシに戦えたのに……、いや、もうちょっと加速できればこんなことには……!」
エリスはぶつくさ言いながら、マイナを睨みつける。マイナは身の危険を感じ取る。
「マイナ~?」
「私が悪いわけじゃないわよ!」
「そんなのわかってるって! ただ腹いせに! 生身でもスパーしなさい!」
「腹いせにボコられるなんてごめんよ!!」
マイナは逃げ出す。
「待ちなさい!」
エリスは追いかける。
水星人のマイナは本気で逃げれば音速の域にまで達するが、エリスもヒートアップの能力を使えばそれぐらいは出せる。結果的に身体を動かすにはちょうどいい鬼ごっこになるわけだ。
「あやつのチカラを機体に存分に反映出来れば敵は無いのだがな」
マイナを追いかけるエリスを見て、ラウゼンはぼやく。
「それと名前ですね……何かいいものはないでしょうかね?」
ラミが訊くとラウゼンは顎に手をついて「ふむ」とうなる。
「一応、考えてはいる」
「いくぞ!」
ダイチは力一杯剣を振るう。
「こい!」
デランはそれに応じる。
カキィィィィン!!
甲高い金属音が鳴り響き、デランはぐらつく。ダイチは構わず打ち込み続ける。
「へ、やるようになったな! だが!」
デランは気合一声上げて、反撃する。
「おわッ!?」
ダイチは吹き飛ばされる。
「今日はこれぐらいにするか」
デランはそう言って剣を収める。
「ちくしょう……今日こそ一本取られると思ったんだが……」
ダイチは悔しさをにじませる。
「まあ、そう簡単に取らせないってことだ。でも今の連撃は悪くなかったぜ」
「まだお前に本気を出させるまでにはなってないのがな」
「ああ、まだ手加減してた」
デランは悪かったと言わんばかりに手を差し出す。ダイチはその手に引かれて立ち上がる。
「ただ危うく本気をだすところだったぜ。お前、だんだん強くなってるからな」
「そうか?」
「少なくとも入学したばかりの俺よりかは強くなってるぜ」
デランにそう言われるとダイチは腕を握りしめて強くなった感触を確かめてみる。
強くなってないか、強くなったか。その二択の自問に対する自答は、「どちらかというと強くなった」という曖昧なものだった。
エインヘリアルに来てから数日。毎日の実習や組手で鍛えているのはもちろんのこと、授業後こうしてデランとも打ち合っている。
そうして動けなくなる寸前までやっているのだが、なんだかデランのワルキューレ・グラールに向けての調整の為、というより
ダイチの特訓に付き合ってもらっているような気もする。
「それはいいことなんだが……お前の調整になってるのか、こんなんで?」
そこがダイチの不安視するところであった。
「ああ、身体ならしにはなってるな。ただもうちょっと頑張って欲しいところだけどな」
「ど、努力はしてるぜ」
「それはわかってる」
デランは笑顔で言ってくれる。
ダイチにはそれが気を遣ってくれて言っているようにも見えた。しかし、今はどうしようもない。一日二日で簡単に強くなれるものじゃないからだ。
「そっちも終わったんだね」
「終わりましたか?」
闘技場を出るとエドラとアンシアがいた。
二人も別室で同じように訓練していたいようだ。
「ああ、調子はどうだ?」
「もちろん、いいよ」
エドラは気取ること無く言う。
「君の方は?」
「絶好調だぜ! 今からでもグラールに出ても優勝できるぜ!」
「それはよかった」
そんなやり取りを聞いて、ダイチは本当だろうかと少し不安になる。自分は調整相手として役目を果たしているとは言いがたいのに、絶好調なものかと。
「動いたから腹が減ったぜ。早く食堂に行こうぜ」
「ああ……」
四人で食堂に行く。
途中、廊下で何人もの女生徒とすれ違う。
エインヘリアルは騎士を目指す優秀な人材が集まる学園だとは聞いたが、金星では優秀な人材イコール女性という構造が成り立っているため、女生徒ばかりである。しかも、みな美少女なのである。
「エインヘリアルの男子は僕とデランしかいない」
そんなデランの発言を思い出す。わかってはいたが、いざ女生徒に囲まれると気後ればかりしてしまう。美少女ばかりなのだからなおさらだ。特に留学生として入ったばかりの男子生徒ともなれば余計に注目される。
「……あれが、留学生。新しい男か」
「火星人かしら? 異星間交流ってやつ?」
「顔は……悪くない。エドラ君には及ばないけど」
「デラン君とエドラ君も絵になったけど、三人で並ぶのもいいわね」
などとヒソヒソ話で言いたい放題言われている。騎士候補とはいえ、女子の噂話好きはどこの星でも一緒なんだと実感させられる。
ここ数日、こんなことをさせられてようやく慣れてきた。噂話自体を初日の頃に比べたらそう大したものじゃなくなった。日にちが経って慣れてきたせいかもしれない。
食堂に着く。
ここの食堂も高級ホテルと同じような装飾が施されており、シャンデリアや絵画が飾られているせいでとても学食といったものとはとても思えないほど豪華だった。
初日には圧倒されてしまい、昼食がロクに喉も通らなかった。これも数日経てばすっかり慣れたものだ。
「ダイチさんもこれから夕食ですか?」
ミリアが同級生を引き連れてやってくる。
ダイチと同じ日に編入したミリアは、同じ女性とこともあってかあっという間に馴染んだみたいだ。既に友達を何人か作って食堂で夕食を楽しむみたいだった。
「ああ、そうだが」
「でしたらご一緒しましょう」
「いいのか?」
ダイチはミリアだけじゃなく友達のティリスとライムにも確認する。
「いいわよ」
「是非ご一緒させてください」
「それならあの席に座るか」
ダイチ達四人にミリア達三人へ加わって座り込む。
今日は学園の敷地内で採れた野菜を具材にしたシチュー。例のごとく、ミリアはそれを四杯も大皿に盛り付けた特製のトレイをドンと置いた。
「相変わらず、凄いね……」
エドラは引きつった笑顔で言う。
「私にはとても食べられません」
「俺だって無理だ」
デランの意見にダイチは心中で同意する。
「本当に凄い食べっぷりです。憧れます」
ライムは惚れ惚れするような眼差しを向ける。
「ミリアさんの食べっぷりに勝てるやつなんてレーミンぐらいしかいないんじゃない?」
ティリスが言うレーミンとは上級生で、ミリアと同じかそれ以上に食べる生徒として有名らしい。
「ミリア以上に食べる女の子、か……」
ダイチにはちょっと想像できなかった。
「是非ご一緒に食事をしてみたいですね」
ミリアは楽しそうに言う。
それを聞いてダイチはミリアと同じくらい食べる女子と二人で食卓を囲む光景を想像した。きっと見ているだけお腹がいっぱいになることだろう。
ただミリアにとってそれは同じくらい食べる女性という仲間に初めて出会えるチャンスでもあるようで喜んでいるようにしかみえない。
『只今アルヴヘイムの代表生徒達が境界を超えて到着しました』
食堂の立体テレビからアナウンスが聞こえる。
「アルヴヘイムというと、エインヘリアルと同じ騎士養成学園ですか?」
「ええ」
ミリアが訊くと、エドラがうなずき、デランが身を乗り出してテレビを見る。
テレビには精悍な顔つきをした女生徒が三人と引率の教官と思わしき大柄で筋肉質な成人女性と中老の男性がいる。
「彼女達がグラールに出場する代表生徒でしょうか?」
「ええ、この時期に国境を超えてやってくる生徒なんて他に考えらないからね」
エドラが言うと、ダイチは三人の女性を見る。
(こいつらがデランやエドラと戦うのか)
一目見て見目麗しい女性騎士と面持ちで、エインヘリアルの上級生やこの間会ったアグライアに通じる強者の雰囲気を放っている。
「強いね、テレビ越しでも迫力が伝わってくる」
「代表選手に相応しい実力達ね」
パプリアが夕食のトレイを持って言う。そして、何食わぬ顔でダイチ達のテーブルにつく。
「先生、彼女達のことを知っていますか?」
「いいえ。アルヴヘイムは国境を超えた……木星領地になってしまった学園だから、いくら教官でも情報は入ってこないのよ」
「木星領地の方にも学園はあるんですか?」
「ダイチ君は知らなかったわね。このエインヘリアルと同じ騎士養成学園は東西南北に四つあって、その一つが東のアルヴヘイム……彼女達はそこの生徒ね。
彼女達はワルキューレ・グラールに参加するために国境を超えてやってきたのよ」
「国境を超えることなんて出来るんですか?」
「ヴィーナス様や大臣達が木星大使に掛け合ってくれているんですよ。ちなみにその木星大使というのがそこの男性なんですが」
「え、あいつが木星大使?」
ダイチは中老の男性を見てみる。確かに身なりは整っており、風格も感じる。立体テレビには『金星領木星大使官ディバゼル・バウハート』と表示が出ている。
「テレビじゃなかったら、見目麗しい女生徒を侍らせている中年男性といった感じですね」
ミリアは悪意たっぷりに言う。
「ミリア、ちょっとは歯に衣着せて言えよ」
「ああ、心配いらないわ。私も下衆な男という印象だから」
「………………」
ダイチ達男性陣は絶句する。
「ま、まあ、大使の方はともかく……肝心なのは、ワルキューレ・グラールに出場する代表生徒の方だよね」
引きつった顔でエドラは話題を切り替える。
「強いわね。どの娘もうちの代表生徒と十分に渡り合えそうよ」
パプリアはデランとエドラの顔を見回して答える。
「勝てるかどうかは戦ってみないとわからないけど、勝算はあると私は思ってるわ」
「へへ、当たり前だぜ! あんな連中に負けるかよ!」
「ボクも負けるつもりはありませんよ」
そう意気揚々と答えた二人を見て、パプリアは満足気に笑った。
学生寮に戻る。
ダイチ達の部屋は、空いていた一室を使わせてもらうことになったのだが、ミリアと同室ということで一悶着あった。
「男子と女子が同じ部屋で泊まるなんて問題あるんじゃねえか!?」
とダイチは寮長のヒースに抗議した。
「何が問題が?」
そんな風に答えられて、大いに困った。説得に数時間もかかったときはダイチの常識が通じないものだと思い知らされた。
男子生徒なんてほとんど入学しないものだからなのと金星の社会性の問題だと思うと、あとで同室になったエドラが言ってくれた。
そんな一悶着を持って、ダイチはエドラとデランの部屋に入れてもらうことになった。
「まあ、男子が同じ部屋にひとまとめになっていた方が管理は楽そうだ」
などとヒースはぼやいた。
ミリアは同級生になったアンシアと同室になったらしい。彼女とはとても気が合うみたいで夜通し語り合うこともあるんだとか嬉しげに言っていた。
そんなことをダイチは思い出しながら自分の部屋に戻る。
「おかえりなのじゃ!」
そうして部屋でじっと待機していたフルートが元気に出迎える。
「退屈であったぞ! 一人でただじっとしているのは苦痛じゃったぞ! 見回りに来ていた寮長とやらにバレないようにこっそりしていたのはちょいとスリルがあったがのう!」
「あ、ああ、バレなくて何よりだ」
ダイチはホッとする。バレたら、どんな厳罰が待ち受けてるかわかったものじゃない。
自分だけならまだしもデランやエドラにも迷惑がかかるのだから。
「それでダイチは今日はどうじゃったか?」
フルートは目を輝かせる。そんな期待の眼差しを受けているのだが、応えられない自分に少々の歯がゆさを覚えた。
「また負けたよ。実習の『立ち切りパレード』じゃまだ一勝も出来ていないんだ」
立ち切りパレードというのは実戦演習の一つで、生徒達が一対一の戦いを行い、時間がきたら対戦相手を次から次へと代わる。そのお互いが交代して戦う様はまるでパレードのようなことからその名前がつけられている。
この戦いの成績はパプリアがみっちりつけているのだそうだが、毎回実習終了とともに「ダイチ君、今日も一勝もできなかったわね」と残念そうに言ってくるものだから、自分の不甲斐なさに拍車がかかる。
「むむ、そうか。ここの生徒はそこまで強くてたくましいものなのか」
「ああ、強いな」
「じゃが、妾は信じておるぞ。ダイチは必ずや一勝もぎ取ることができると」
「……ありがとう、フルート」
フルートの素直な気持ちが嬉しかった。
「でも、ダイチの動きもだんだん良くなっているよ。今日ももう一息で一勝っていう場面が何度もあったし」
エドラがフォローを入れてくれる。
「そうか……じゃあ、もう明日は一勝できるかもな」
「それはどうかな。あのパレードは実力もそうだけど運も関わってくるからね。実力者にいきなりあたったら最初の一戦でボロボロになってあとはひたすら負け続けるなんてことも結構あるし」
「ああ、そんなこともあったな……」
ダイチにも身に覚えがあった。
「じゃが、逆に言うとダイチにも運が良ければ一勝どころか連勝も出来るということじゃな」
「前向きに言えばそうだね」
「是非ともその勇姿を見届けたいものじゃ」
「いや、そんなことしたら絶対にバレるからやめとけよ」
ダイチは釘を刺す。
フルートが今学園の敷地内にいることは秘密であった。初日に誰にも気づかれること無く学生寮のこの部屋にまで忍び込んできたときにはダイチは仰天した。
どうやって忍び込んできたのか、それは「冥皇のチカラともってすればいけるぞ」とフルートは誇らしげに答えた。
本当かよ、と思ったが、フルートの冥皇としてのチカラは未知数のため、あながち見栄やデタラメで言っているのは限らないとダイチは結論を出した。
問題はこのフルートをどうするかだった。
フルートは「ダイチと一緒にいたい」の一点張りだし、このままエリス達の元へ送るのも気が引けた。
デランやエドラに相談してみたら「ここにいてもいい」と好意的な回答をもらったからダイチも仕方なくこの部屋に住まわせることにした。
「昼間はおとなしく部屋から出ないこと」
「見回りがきても絶対に見つからないこと」
この二つを条件にしたらフルートも了承してくれた。
かくして、女子ばかりの騎士養成学園の学生寮に男子生徒二人、留学生と侵入者が住まう奇妙な一室が出来上がったというわけだ。
「でも、ここまで一途に想われて、ダイチは幸せ者なんだね」
「ば、バカ! からかうな!」
「フフン、妾のダイチへの想いは千年経っても不変じゃからな」
「俺は千年も生きられないぞ……」
「む、そうであったな、すまん」
年齢はともかく、寿命の話になると途端にきまずくなる。
ダイチは失言だったと恥じる。
「その話、出来ればもっと教えてほしいんだけど……」
エドラは少々遠慮気味に言う。
「フルート、君は本当に千歳なのかい?」
「うむ、そうじゃ」
フルートは誇らしく言う。
「とても信じられない……天王星人や海王星人はおよそ百年でボク達の一年分の歳をとるってのは知ってるけど」
「ふん、冥王星人は二四七年じゃな」
「実際目の当たりにするとちょっと信じられないな……」
「俺も最初はちょっと信じられなかった。だけどこいつにはテレパシーとか不思議なチカラがあるからな。それでここまでなんとか忍び込めたみたいだし」
「へえ、そうなのかい」
エドラは感心を寄せる。
「ちょ、ちょっとじゃぞ。なにせ妾のチカラは上手く制御ができんのじゃ! ちょっとでも加減を間違えたら学園ごとドカーンじゃぞ!!」
フルートは身振り手振り必死に動かして説明する。
「そ、それはちょっと怖いね」
「チカラはなるべく使わないに越したことはないってことだ」
「うん、そうだね。出来れば他の星のヒトのチカラも知っておけば戦い方の参考になるかと思ったんだけど」
「そいつは悪かったな、俺も戦いに関してはからっきしだし」
「いや、ダイチは凄いよ」
「そうか? まだ一勝も出来ていないのにか?」
「勝ったか負けたかの問題じゃなくて、適応速度さ」
「適応速度?」
「パプリア先生が言っていたけど、ダイチは戦う度に強くなってるって」
「そんなの誰だってそうじゃないのか?」
エドラは「ううん」と言って首を振る。
「ダイチはその速さが尋常じゃなく速いんだ。剣を振る度に、剣を受ける度に強くなってる。今成長の速さでいったら学園で一番かもしれない」
「そ、そうか……!」
「まあ、それでもボク達との実力にはまだ開きがあるけど」
「う……それ、褒めてんのかよ」
「褒めてるよ。デランだってそれで焦って特訓しているぐらいなんだから」
「デラン……」
デランは部屋に戻ってきていない。学生寮に入る前に別れたのだ。
いつものことだった。デランはいつも夕食の後、夜遅くまで剣の素振りをしているらしい。
「あいつ、そんなに強くなりたいのか?」
「男のボク達は肩身が狭いからね。強くなることでしか学園でやっていけないんだよ。当然その先にある騎士の道だってね」
「騎士の道か……」
ダイチには想像もできない世界であった。
アグライア、レダ、パプリア、この学園の女生徒……金星に来てから強い女性にはたくさん出会ってきた。そんな彼女達が生きる騎士の道。
そこに男の身でありながら入ろうとしているデランとエドラ。
素直に凄いと思えた。
俺もその強さに近づけないことだろうか、とダイチは思った。
「ちょっと、デランを見てくる」
ダイチは剣を持って、外へ出ていく。
「就寝時間にまでは戻ってきてね」
エドラは一言だけ注意してくれた。
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